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杏姫と父の話

―――誰かに抱かれている気がする。運ばれている…?


あれから眠ってしまい、気がつくと今誰かに横向きに抱かれて運ばれている。頭が少し揺れて目が覚める。


「…………お父様?」


目をゆっくりと開けると、父の顔が目に入る。


「…アンもリリィも遊び疲れたんだな…だとしてもあそこで寝たら風邪をひく。お前は身体が弱いから特に気をつけなさい……。」


優しそうな目をして私を見つめる、前の記憶では1度も向けられたことの無い感情に戸惑う。


「私は大丈夫ですから……お姉さまの所に行ってあげてくださいまし。」

「リリィは侍女達に任せたよ、起こそうとしたら睨まれてね……随分と彼女には嫌われてしまったようだ。」


少し悲しそうに笑う父と姿は、どこか諦めているような寂しそうな感情が伝わってきた。


「お姉さまはきっと難しい年頃なのです、お父様のことを嫌いなはずがないわ。だからお父様もお姉さまのことを許してあげて…。」

「リリィにも……勿論アンにも嫌われて仕方の無いことを私はしてきたんだ…当然の結果だよ。」


私の部屋に辿り着くと、父は私をベットの上にそっと降ろして、私の頭を優しく撫でた。


「アン、それでもね…私はお前が優しい子に育ってくれたことが何よりも安心していることなんだよ。ありがとう……。」

「…お姉さまやキャシーがいてくれたお陰よ………それに私は優しくなんか無いわ、嫉妬心も強くて醜いもの……。」

「嫉妬も怒りも嘆きも…優しさも……全てが備わってこその人間だ、アンがそれを自覚しているのなら、それは何よりお前が人間であることの証明だからね……安心しなさい。」


今の父は私の全てを肯定しようとしてくれる、慣れない手つきで私の頭を撫でる父は本当に不器用な人間なんだろう。


「もし私が将来、醜い感情に飲み込まれてどうしようもない所まで…底の底まで落ちてしまったら?貴方は私をどうしますか?」


あの時の私には父だけが頼りだった、死にたくない…助けて欲しい、そう思いながら藁にもすがる思いで、1度もこちらを見ることのなかった父に初めてお願いをした。

それをいとも簡単に払い除けたのは、今こうして私の頭を撫でる優しい父である。


「………彼女と…お前達の母の墓の前で約束をした…2人を幸せにすると、何があってもそばに居ると…。」

「お父様はお母様を愛していましたか…?」

「愛しているよ、これからも…彼女との日々は思ったように行かなかったけれど、最愛の彼女との間に2人も子宝に恵まれた。それが一番幸せな事なんだ……今度こそ信じてくれないか?」


信じれる……わけが無いけども、少しだけ父の事を知れた事が嬉しくて頷いた。きっと将来、もしまた手を伸ばしても助けてくれるか分からないけど…今こうして頭を撫でてくれているという事実が私の幸せだった。


少しずつ目の前が暗くなる、眠たくて身体が重たく…意識がとろけていく。


「……アン、また寂しくなったら書斎に来なさい。今度はリリィのフリなどしなくていいから…そのリボンはお前にあげた物だから。あの日、来てくれた事が私はとても嬉しかったんだよ、妻を…母親を愛してくれていたことに気づけてよかった…。」


眠るアンの額に優しく唇を落として、去っていった。




とても酷い夢を見た。


そこは私が最期を迎えたあのギロチンの前で、私は周りからの暴言の嵐や飛んでくる石に震えている。

目の前を向けばオスニエルの殺意の籠った眼差しと姉の悲しそうな顔が目に入る。


―――死にたくない。殺さないで、まだ生きていたいの!


心の中で強く願う、夢の中ならばせめて逃げることもできるのに、身体は金縛りにあったかのように動かない。


ギロチンの台に首を置く、死ね死ね死ねと色んな所から聞こえてくる。


―――聞きたくない、せめて耳を塞がせて!怖い怖い怖い…お姉さま!お父様!助けて…!


涙が出るが、夢の中だからだろうか頬を伝う感覚も、涙の温度も私には何も伝わらなかった。


……何故か突然、何も聞こえなくなった、閉じていた目を開くとギロチンも周りの野次馬もオスニエルも姉もみんな居なくなっていた。

誰かが私の耳を後ろから塞いでいた。

振り返ろうとするとそこで私の夢は終わった。


「………!アン!アンったら!起きて起きて!!」

「……んあっ!お姉さま!?どうしたのですか?」


目を開けると姉が泣きそうな顔でこちらを見つめる。


「起きたらアンが居ないから部屋にいるんだと思って来たら!アンが泣きながらうなされてるんだもの!!心配したのよ…!」


目に涙を溜めて私を見つめる優しい姉、ほっとして私は姉を抱きしめた。


「アン?どうしたの?珍しいわね…ふふふっ!ギュ―ッとし返してやる!」

「お姉さま!力が強いわ!あっ!待っ…!くすぐらないでくださいまし!!」


2人で仲良くじゃれ合う、姉のお陰で夢のことはすっかり気にしなくなっていた。


「お父様は今日出発ですか?お姉さまお見送りに行かないと。」

「お父様が家を空けることなんて珍しいことでもないし…いらないんじゃない??」

「お姉さまったら…お父様も喜ばれますよ、そうだ!お土産おねだりしに行きましょう?」

「まぁ素敵ねアン!私新しい紅茶が欲しいところだったの!!」


それからクロエと服を着替えて、姉に髪を整えてもらい2人で手を繋いで父の元に向かう。父は屋敷の外で部下たちと確認の作業を行っていた。


「お父様!私とアンがお見送りに来たわ!」

「リリィ、アン…来てくれたんだな。」


そう言うと父は嬉しそうに目を細めて私達を見ている。


「リリィ、お姉さんの君にアンの事を任せれるか?」

「お父様よりは守れる自信あるから大丈夫よ!私新しい紅茶が欲しい!!」

「わかった…任せてくれ、アンは何かあるか?」

「………私は…新しい刺繍の糸が欲しいです。」


緊張しながらも初めて父におねだりをする、全身から汗が吹き出して血の気が引くような感覚に襲われる。


「…そんなに怖がらなくてもいい、お前も私の娘なのだからこれからは好きにしなさい。」

「はい、お父様。」

「お父様が怖がらせるのが悪いのよ…全く…。」


姉は私の少し前に出て握っていた手を少し強く握る。


「大丈夫なようだね、ありがとう行ってくるよ。」

「あの…!お父様!!」


私は片手に持っていた物を父に差し出す、……何回も練習してやっと完成したマフラーを父に差し出した。


「私にくれるのかい?」

「今年の冬は寒いから、きっと必要だと思ったのです。」


父は私からマフラーを受け取ると嬉しそうに私を見つめる。


「ありがとう、お土産を期待していなさい。」


父達が屋敷から離れていく、少し寂しくなるが無事に帰ってくることを祈る。


「お姉さま、私がまた怖い夢をみたら助けてくれる?」

「勿論よアン、何回でも助けてあげる。」


2人で手を繋いで笑い合う。


「屋敷に帰りましょう、お外は少し寒いから…帰ったら私とお茶でもどうかしら?美味しいお茶請けがあったのよ!」

「まあ素敵ねお姉さま、是非そうしましょう。」


私達の頬を冷たい風が撫でて、ひんやりとした空気が私達の肌をチクチクと刺すような感覚に屋敷の暖炉と父の手の温度が恋しくなった。

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