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杏姫と騎士見習い2

エスコートと言っても彼は屋敷に来るのは初めてなので、必然的に私が彼の手をひいて歩いていた。

公爵家の庭と言っても、豪華なものは何も無い。あるとしても腕のいい庭師たちが毎日懸命に手入れをしてくれている花や樹木などばかりである。


「特に珍しいものはありませんけど、ここの庭師たちはとても腕がいいのでちゃんと手入れされていて私はとても落ち着きます。」

「そうですね、私も心が落ち着いていいと思います。」


私にしてはかなり頑張っていると思う、元々無口で他人と関わる事が苦手な私が、私よりもっと口数の少ないノアに必死に話しかけているからだ。


(……私が話しかけないと何も話さないからしんどいわ…かと言って黙ったままなのもやっぱりしんどいし。)


部屋の外に出ればマシかと思ったけど、やっぱりしんどい。

少し寒く感じてきたので、少し陽のあたる場所に向かおうとベンチに向かうと茶色のベンチの上で灰色の毛皮が丸まっていた。


「…!キティ!!!」


気まずい空気に救世主有りとつい大声で叫んでしまった。

キティはお昼寝していただろうにビクリと体を震わせて、こちらを見る。起き上がるとぐぅーっと伸びをしてすぐに飛びついてきた。


「まぁ!起こしてしまったわねごめんなさい、こんな所にいたのね…寒くない?」

「にゃぁん」


可愛すぎて我を忘れて抱きしめたり撫でたりしていると


「…………サーシャ?」


隣でずっと黙っていたノアがぽつんと呟いた。


「サーシャ…?この子はキティよ。」

「…あっ、失礼しました。……以前見かけた猫に似ていたので…」

「あらそうでしたの、もしかしたらキティの家族かもしれないですね。」


野良猫だろうか?わざわざ野良猫に名前をつけるなんて余程の猫好きなのだろう。


「…良ければキティを触りますか?」

「良いんですか?」

「キティがいいならいいと思いますわ。」


ノアは恐る恐るキティの頭に手を伸ばしてそっと触れる。普段はあまり他人に懐かないキティが黙ってノアに撫でられている。


「猫お好きなんですの?」

「………動物は好きです。」


顔を赤くしてノアはキティを撫で続ける。

キティはその後、私の腕からすり抜けてどこかに行ってしまった。


「ありがとうございます、触らせていただけて。」

「別にお礼なんて要りませんわ。」

「あの…アン様は…」

「アンで構いませんよ、私も貴方をノアと呼びますから。」


そう言うと驚いたように目を丸くして驚いている。


「……アンというお名前の由来はどこから?」

「私の名前は乳母が付けてくれたようです、杏の色によく似た瞳の色だから……と言っていた気がします。」

「杏…ですか?聞いたことはありますが見たことはありません。」

「まあ、私の部屋に植物の図鑑があってそこに杏の絵が載っていた気がします。良ければ見ますか?」


嬉しそうにコクンと頷いたノアの手を引っ張って部屋に向かった。

部屋の本棚からいつも読んでいる図鑑を取り出す、キャシーが初めてくれた本で嬉しくて毎日読んで大切にしていた。


「これが杏ですわ。」


ペラペラとペ―ジを捲り、杏の実や杏の花の絵が載ったペ―ジを指をさしながらノアに見せる。


「…………ノア?どうしましたの??」


ノアはじっとそのペ―ジを食い入るように見ていたかと思うと、顔を上げて今度は私の目を見つめ出した。


「ノア、あんまり見つめられると恥ずかしいのだけど…。」

「…あっ、いや申し訳ない。……確かに貴方の瞳の色と杏の実の色は似ているなと思って…。」

「そうでしたの、杏はこの地方には少ないみたいで私まだ見たことないんですの。」


前の記憶の私も死ぬまで杏を見ることは無かった……例え目の前にあったとしても見る気は起きなかっただろうと思うが。


「貴方は杏は好きなのですか?」

「……いいえ嫌いです、本当に大嫌いですわ。」


杏の花言葉は臆病、疑い…まるで前の私を表しているみたいで嫌だった、杏姫なんて嫌味にしか聞こえない、杏の絵を見る度にアンという名前が嫌いになる。

聞かれたので咄嗟に頭に思ったことを口に出してしまい、気まずい空気が二人の間に流れる。


「あっ…ごめんなさい、こんなお話聞きたくもなかったでしょう…」

「いいえ全然、自分は杏に興味を持ちました、いつか実物を見てみたいです。貴方も見に行きませんか…きっと好きになれなくても嫌いにはならないと思うんです。」


ノアの瞳の奥の紫色の宇宙が真っ直ぐに私を見つめるから、少し心が温かくなって私は不思議と笑顔になっていた。


「ありがとうノア、いつか連れて行ってくださいましね。」

「ええ、約束しましょう。」



彼がウォ―ド伯爵家の次男なら前の記憶で私を拘束したノアとはきっとこの約束が果たされる日は来ないだろうけど、ノアとの約束のおかげで私も少し杏が嫌いでなくなったような気がした。


「アン!ノア!そこにいたのね…!まぁ素敵2人で仲良く本を読んでいらっしゃったの?そろそろおやつにしましょう!美味しいクッキーとお茶があるのよ!!」

「お姉さまそれはとても楽しみだわ、早く行きましょう。」

「ええ、ロ―ゼが先に準備をしに行ったの!手伝いに行きましょう!」


姉が差し出した手を握り歩き出す。


「ノア、貴方もいかがですか?行きましょう。」


ノアに手を差し伸べると彼はとても柔らかい表情で私の手を取った。


「ノア!ずるいじゃない!私もリリィの妹さんとお喋りしたかったわ!」

「はぁ…姉さんはリリィさんと楽しく話してただろ…?」

「まあ嫌だ、弟の癖に姉に歯向かうつもりかしら?いいのよウォ―ド家の人間は女でも強いんですもの!かかってきなさい!!」

「ロ―ゼ、今はお茶会よ?レディがはしたないことしちゃダメよ!アンが真似しちゃうわ!!」


いつもは姉と2人だけのお茶会が今日はとても賑やかになった、ウォード伯爵家の領地の特産品茶葉はとても美味しい。


「このお茶はとても美味しいですね、お姉さまの用意してくれたクッキーにとてもよく合います。」

「これは我が家の領地の特産品ですの!とても美味しいと評判ですのよ、アンはお目が高いのね!」

「当然よ!アンはとっても物知りなんだから!!」

「……お姉さまやめてください。」


4人で楽しくお茶をして過ごした、ローゼとノアは夕方になると帰ることになり、帰りたくないと駄々をこねるローゼと帰って欲しくないと駄々をこねる姉を私とノアで無理やり引き離した。


「ノア、これをウォ―ド伯爵の部下であるオスカーに渡して頂けませんか?私の恩人の兄君なのです。」

「はい、オスカーに渡しておけば良いのですね………あの、その代わり…なんてずるいことを申してもいいですか?」

「ええ、なんでしょう??」

「自分はこれから騎士見習いとして訓練隊に所属します。いずれ自分は騎士になります……1人前になるのにはかなり時間がかかると思うのですが………。」

「???ええそうでしょうね?」

「………待っていてくださいませんか?一緒に杏を見に行く約束を待っていてください。忘れないで欲しいのです…。」


私は頷くと彼は満足したようににこりと笑い馬車に乗って行った。

ただ一緒に杏を見に行く約束をしただけなのに、そんなにも気に入ってくれたのなら少し嬉しい。


「寂しいわ!寂しいのよアン!ロ―ゼもノアもまたしばらく会えなくなるの!ロ―ゼは婚約者が決まって花嫁修業が始まるらしいし、ノアは騎士見習いとして訓練隊に所属するらしいし!」

「お姉さま、お気持ちはとてもわかるけど仕方の無いことだわ。」

「…私ももうすぐ婚約者が決められるの……嫌だわ、知らない人と婚約なんて!ロ―ゼも泣いていたの!きっと辛いことだらけ!」


姉が私に弱音を吐くことは珍しかった、私の肩に頭を埋めてか細く泣く姉の姿は私よりも小さく見えて…傍にいなければいけないと思った。


「お姉さま泣かないで、お姉さまらしくないわ…未来をそんなに暗く見てはダメよ、お姉さまの未来は希望に満ち溢れてるはずよ…それにもし辛いのなら、私が助けますから。必ず傍にいますから…。」


―――だから泣かないで。大丈夫よリリィ、近い未来に必ず、貴方は私の愛した人に愛されるの。貴方と私の最愛の人は貴方を愛してくれるのよ、とても深く深く…貴方を傷つけた私を、貴方の代わりに殺す程に貴方を愛してくれる人がきっと現れるの。


「アン………そばにいてね、ずっとずっとそばにいて。」

「ええお姉さま、もちろんよ……死がふたりを分かつまでそばに居ると誓うわ。」


震える姉の手を握り、そっと体を預ける。2人で支え合うようにして目を閉じて眠りに落ちる…瞼を閉じれば海色の髪をした彼――オスニエルが笑っている。


空色の瞳を細めて恥ずかしそうに笑う彼に私は何度も好きになった、彼の前だと私の心はまるで綿菓子のようにフワフワで甘くて、ゆっくりと溶けていくような幸福感にどっぷりと浸っていた。

彼が最期――私を見る目は殺意に満ちていて優しい彼の面影など一切無かったけど、殺されても私は彼に恋したことに後悔などなかった。


―――まだ私は彼に恋しているのかしら…?大好きな姉が未来に好きになる人を……その人も姉を好きになるとしても?

私はまた、ギロチンの前に立つのかしら?石を投げられ罵倒を浴びて、愛する人たちからの軽蔑の目を向けられて死ぬのかしら?

駄目ね、弱くなってしまったわ。私の目的は愛される事、誰かに心の底から愛されたい。

私は、きっとオスニエルに愛されたいわけじゃない。前の私と今の私は違う。


「お姉さま、私もね、好きだったの。」


すやすやと眠る姉に語りかける、返事など返ってくるわけがないのに私はどうしても伝えたかった。


「彼のこと愛していたのよ。」


涙が溢れて止まらなくなる、姉の姿を見たからか、それともノアとの約束のせいなのか……自分がどうしていいのか分からなくなった。


「ねえ私、他の人のことを好きになれるかしら?前の私に引っ張られずにすむかしら?」


前の私のように、また彼を愛してしまえば…報われない恋にその身を焦がした私の末路は冷たい牢屋とギロチンの前である。


「死にたくないけど、それ以上に……誰からも愛されないかもしれないことが怖いの。」


いつか姉も私の手を離して遠くに行ってしまう、約束なんて紙切れのように破って無くなってしまう。

母のようにみんな私の傍から離れて言ってしまう。……どうしようもなく誰かに抱きしめて欲しくなった。


悲しくて哀しくて涙を流して姉を起こさないように嗚咽を堪えていた。



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