杏姫と白百合姫の冬
段々と寒くなっていくにつれて、日が暮れるのが早くなった。
私は今、自分の部屋でソファーに座りマフラーを編んでいる。何故か姉とキティも遊びに来ていた。
「寒そうね…私、冬が苦手なの。アンは冬は好き?」
「わたしも嫌いよお姉さま、だってとても寒いから。」
「ふふふっ一緒ね、でも大丈夫よ。これからは少し温かくなるわ。」
姉はそう言うと私の隣にピッタリとくっついて座った。
「確かにあたたかいけど…編み物がしずらいのお姉さま。」
「えーいいじゃない、そのマフラーは誰にあげるの?」
姉は私の手元に指を指す、父に貰った紺色の毛糸をマフラーにしようと編んでいた所である。
「おとうさまよ、せっかく貰ったから作っておこうと思ったの。」
「私にはないの?」
「欲しいの?お姉さま??」
姉は母が生きていた時に買ってもらった高級な防寒具が沢山あるはずである、わざわざ私の編んだマフラーを使う必要は無い。
姉は少し悩むような仕草をしていた。
「じゃあ…私がアンに作ってあげるわ!」
「…まぁ?お姉さま編み物はにがてじゃない…無理しなくていいのに。」
「アンが教えてくださるのでしょう?私もお父様に毛糸をおねだりしてくるわ!楽しみにしていてね!」
嬉しそうにニコニコと笑う姉につられて少しだけ頬が緩む。
姉は最近、何かと理由をつけて傍にいてくれるようになった、勿論姉の侍女達は嫌そうな顔をする者が大半だが、母が亡くなってから優しくしてくれる人も増えてきた。
「そういえば、キャシーの兄が来週に屋敷に来るのでしょう?」
「ええ、おとうさまとお話することがあるみたいよ。」
「騎士の方ですって!どんな人なのでしょうね?かっこいいといいわぁ!」
「お姉さま、彼は既婚者で私達と同じくらいの子供もいるのよ…」
「もう!アンったら!そういうのではないの!!」
頬を膨らませて少し拗ねた姉は、母が亡くなってから少し強くなったように見える。
姉と向かい合って楽しくおしゃべりをする時間はとても楽しい、1人ではない安心感をゆっくりと噛みしめる。
「アンはいつと同じ髪型ね…私とおそろいにしない?絶対に可愛いと思うの!」
「嫌よお姉さま、これでいいの…。」
「私のお下がりのリボンやカチューシャとか沢山あげたでしょ?お父様からのプレゼントもあるのに全然使わないんだから…。」
姉はお下がりと言ってリボンやぬいぐるみ、ドレスなどを沢山くれた。どれも新品のように綺麗な物で、
「1回も使ってないわ、貴方のものよ。」
と何故か少し安心したかのように姉は笑っていた。
貰ったお下がりの中には、あの日父を騙すためにつけた黒色のリボンがあった。
「あっ、じゃあ!こうすればいいんじゃない?」
姉は慣れた手つきで両サイドの髪の毛を編み込んでいき、後ろの髪の毛を持ち上げて2つの三つ編みを後ろでまとめてから髪をおろしてくれた。
「まぁ!私凄いわ!とっても綺麗に出来たもの!清楚なお嬢様みたいになったわ!!」
「お姉さまありがとう……だけどその言い方ですと私が清楚で無いみたいに聞こえるわ。」
そっと三つ編みに触れる、家族に髪を整えてもらった事は初めてで、すごく嬉しかったけどそれ以上にこそばゆい感じがして顔が赤くなった。
「まぁ!ふふふっ、気に入ったかしら?」
姉は私の様子に嬉しいのかニコニコと顔を覗いてくる。
「もう、からかわないでお姉さま…。」
「アンったら可愛いんだから!これから毎日してあげる!この髪型だけでなくて色んなアレンジをするのも楽しそうね!」
「毎日は大変だからたまにでいいわ…」
「じゃあ、編み物を教えてくれる代わりに私が髪のアレンジを教えてあげる!それでいいでしょう?」
膝の上で眠っていたキティが起きたのか、くわぁと大きな欠伸をして伸びをする。灰色の毛並みの子猫の青い瞳が私の緩んだ顔を映し出す。
「お姉さま、キティが毛糸で遊ばないように気をつけて…」
「駄目みたいねアン、キティったらもう毛糸にロックオンしているわ。」
姉が毛糸を上にあげようとすると、キティは飛びかかって遊んでいる。姉の楽しそうな笑い声とキティの甘えるような鳴き声に少し前まで寂しかった部屋が明るさを取り戻すようだった。
気づいたら自分も加わって遊んでいた、毛糸は少しぐちゃぐちゃになったけど、いつの間にか部屋に響く笑い声に自分の声も入っていた。
遊び疲れて2人でその場に崩れ込む、キティがその間に入り込んできた。姉と顔を合わせると外はとても寒そうなのに、私達の頬はりんごのように赤くてそれがまた面白かった。
「楽しいわねアン、私とても幸せなの。アンはどうかしら?」
「………えぇお姉さま、とても楽しいわ。」
ふふふっと姉につられて笑うと、姉は少し驚いてから幸せそうに微笑んだ、私を真っ直ぐに見つめる姉の目は少し赤くなっていて潤んでいる。
「お姉さま?体がしんどいの?」
「……違うの…違うのよ、アン…大丈夫なの…。」
姉はそう言うと体を仰向けにして天井を見つめていた。
ーーーウトウトと眠たくなる、いつも窓の外を見て本を読んでいた私が、こんなに幸せでいいんだろうか?
ふと、キティが顔を上げて部屋の隅を見つめ出した。その方向に顔を向けると「私」が床に寝転ぶ私達をじっと見つめている。
母が死んでから「私」は何も話さなくなった、代わりにずっと見つめている。
表情は少し寂しそうで、部屋の隅にぽつりと佇む姿は冬の寒さと似たような、温もりなんて一切なさそうで少し悪寒がした。
姉の肩に頭を乗せる、眠たそうに目を擦る姉は温かくて柔らかい。以前の私が知るはずのなかった温もりに心が温かくなる。
「……ねぇお姉さま。」
「ん?何かしらアン…」
前の私は姉に嫉妬心を燃やして、その結果首を断たれて死んだ。あの時私は絶望していた、くだらない恋に燃え尽きたあとに残ったものは何も無くて、守ってくれる人も傍にいてくれる人もいなかった、牢屋はとても寒くて冷たくて寂しくて……悲しかった。
………冬は嫌い、寒いのは嫌いよ、冬の牢屋は嫌い……足の先が冷たくて感覚がなくなるの…もう懲り懲りよ。
姉がギュッと手を握ってきた、じんわりと温かくて涙が溢れそうになる。
「大丈夫、寒くない?……今年の冬は寒いから気をつけてね。」
「えぇお姉さま、でも大丈夫よ…これからの冬は少し温かくなるわ。冬が楽しみなの………不思議ね。」
「ふふふっ、………雪が積もったら一緒に遊ぼうね。」
それから2人で手を繋いだまま眠りに落ちた。
静かになった部屋に2人の姉妹の寝息が響く。