白魔女2
白魔女の続きです。
何て事になったんだろう。
目の前で優雅に紅茶を啜る男に、マチルダは困惑しかない。
輝く金色の髪、金色の瞳、柔らかい笑みは誰もが魅了されてしまうこの国の王レオナルド・バスチアナ様。
齢十八にして先代王から王の座を引き継ぐ程の文武、容姿共にその全てが優れ、歴代でも類を見ないとされている。
王宮侍女とは言っても下級侍女、つまりは洗濯婦と変わらないマチルダにとっては雲の上よりも遥か遠い存在である。
その姿を見られる機会も少ないが、そのマチルダを王の瞳に映す事など一生ない事だと思っていた。
思っていたのに。
レオナルド付きの従者が何故自分がこんな所に、という不機嫌さも隠さずに、何枚もあるシーツの山を侍女仲間達と切り崩しているマチルダを呼びに来た。
大げさに溜息をついて覚悟を決めたマチルダは大人しく後に続いていくと、足を踏み入れた事がない王宮の奥へと奥へと進んで行く。
進むにつれて、廊下の装飾品はマチルダでも分かるくらい高級そうな物になり、無駄に大きな扉の数も減る。
辿り着いたのは、触れるのを躊躇う程の豪華なドアハンドルの付いたこれまた豪華な扉だった。
コンコンコン。
「入れ。」
ーーーーやっぱり。
中から聞こえた声にマチルダは落胆した。
もしかしたらという一縷の希望はたった今潰えた。
マチルダを連れて来た従者は、その豪華なドアハンドルに手を掛け扉を開く。
中にいたのは、マチルダが予想していた通りの人物。
そうでなければいいと思っていたその人、国王レオナルドは、片手をひらひらと振り、従者を下げさせる。
抗議をするかのように目を大きく開いた従者だが、レオナルドが再度片手を上げたので、渋々頭を下げ、マチルダを一瞥してから部屋を退出した。
持っていた紅茶のカップを音も立てずにソーサーに戻したレオナルドはマチルダを瞳に映し、口を開く。
「ああ、ようやく会えたね。この間といい名前を知られているというのにうまく逃げるものだから、私自から迎えに行こうかと思っていたよ。」
先日、契約悪魔であるフィルとの会話を聞かれ、マチルダが<白魔女>だという事が、よりにもよって国王であるレオナルドに知られてしまった。
フィルの魔力で記憶の操作を行おうとするも、何故かレオナルドには効かず、仕方ないのでマチルダはその場を逃げたのである。
決死の全速力だ。
だが諦めてはもらえなかったらしい。
それから何度か王からの呼び出しにマチルダはマチルダでない振りをしながら、あの手この手を使い逃れてきたのだが、あまりに頻繁なので仲間達の手前もあり、マチルダが折れる事になった。
「案外......しつこいですね。」
「ははは!逃げると追いたくなるものじゃないかな?国王相手にはっきり言うなんてさすが<白魔女>だね。」
うぅっと怯むマチルダにレオナルドは続ける。
「協力を申し出たからには約束を果たそうとしたんだけどな。ボーンズ伯爵家行きたくない?」
マチルダのポケットの中身がふるりと震えたの気づき、そっとスカートの上から手を乗せる。
「フィル......?」
「ああ、君の悪魔は今は出て来られないんじゃないかな?」
「なんで......」
「この部屋は何代も前の王が使っていた部屋なんだけど、その王は王であると同時に聖職者でもあったんだ。何代も前の話だから、あくまで文献で語られている事だけど、どうやら神力があったと言われているんだよ。悪魔が出て来られないのであれば、確かにそうであったのかもしれないね。」
なんて事をーーー!!!
「今すぐこの部屋から出なきゃ.....!」
踵を返すマチルダの腕をレオナルドが捕まえる。
「大丈夫。この空間に姿を現せないだけで、本人に影響はないよ、たぶん。話をするのに君の悪魔は過保護だから少し邪魔だったんだよね。」
マチルダでなければ、誰もが蕩けて消えてしまうだろう笑顔だが、黒い。黒すぎる。真っ黒焦げだ。
きっとアレ呼ばわりされた事を根に持っているのだろう。
中々、執念深い。
口元をひくつかせたマチルダのポケットが、先程よりも大きく震えた瞬間、ポケットから黒い影が伸びてきて、マチルダの腕とそれを掴むレオナルドの手を覆う。
「わわわっ何これ!?」
驚いたレオナルドが手を離すと影はふわっと消えた。
「.....ふーん、中々執念深いね。」
きらりと金色の瞳が光る。
どちらもね。とは口に出せないけど。
影のかかったレオナルドの手に目をやる。
「......国王様にも神力が血に宿っているんですね。」
「私に?」
マチルダの言葉に首を傾げる。
さらさらと後ろで緩く結ばれた金色の髪が揺れる。
ああ、美しいな。こんなにも神に愛されている印を持っていたではないか。
何故気づかなかったんだろう。
「はい。いくら神力の残るこの部屋の中だとしても、フィル....私の契約している悪魔は上級悪魔の中でも五本の指に入る力を持っています。その悪魔の瘴気に当てられてなんともなっていないのは、その宿した力のせいかと.....」
だから記憶操作も出来なかったんだろう。
この人に魔力の類はきっと効かない。
それこそ命を奪う程のものでなければ。
.......不敬になるからこれも言わない。
ふーん、とレオナルドは自身の手を表裏と返す。
「何にもそういった事を感じた事はないけど....」
レオナルドは開いていた手の平で拳を作る。
「周りはそう思っているのかもね。自分で言うのもなんだけど、幼い頃から言われた事は割と何でもすぐ出来たから<神童>なんて言われちゃったりしてさ。
早くに王の座を譲り受けたのも、その力のおかげなのかな。」
まるで自嘲しているような言い草だ。
マチルダは一つ溜息を吐いた。
「正直、励ますとかめんど.....苦手なんですけど、私の話で言えばですね、私に宿っている魔力とフィルの力があれば国を一つ作って女王になれるかって言ったらなれないんですよ。素質もあるでしょうけど、私はその努力をしていないからです。国王様は国を治めるための、国王になるための努力をされたんでしょう?その成果が力のおかげだとしても、努力をされたのは国王様自身ではないのですか?」
マチルダの言葉を聞いたレオナルドは、きょとんとした表情でしばらくマチルダを見つめた。
な、なんだろう.......
面倒という言葉を聞かれたか......!?
あ!それとも侍女なんかが生意気過ぎ!?
不敬か?これは不敬罪か!?
逃げようっっっ!!!
再び、踵を返したマチルダの後ろから、ふっとレオナルドの笑いが溢れる。
「.......いいね、君。面白いとは思っていたけど、これは本当に気に入っちゃったな。」
ふふふ、と笑うレオナルドに何とも言えない恐怖を感じたマチルダは今度こそ部屋を後にする。
全速力で。
フィルの《食事》の話を聞きそびれた。
また間も空かない内に呼び出されるだろう。
だが今は逃げた方がいいと本能が告げていたのだ。
今回 フィルの出番が.......