ほんの些細な出来心でした――by浦和
気楽に楽しんでくれれば何よりです。
「ふう。てか、何で俺達は今、山登りなんてしてるんだっけか?」
本来の目的を見失いがちな俺は空気読まず呟く。うなじから背中の辺りまで嫌な汗が滲む。
「そりゃーなあ? 何でだろうな」
友人……と呼べるかどうかは謎だが、一応俺が築き上げた大学のフットサルサークルのメンバーである鳩ヶ谷はなんだかもう既に神の境地で俺同様やる気が失せたみたいだ。
急な傾斜とべギラマみたいな夏の陽光がまるで俺達の素肌をファーサイドからのセットプレーみたいに襲い掛かる。あるいは快速ウイングのインターセプトから始まる高速カウンターみたいに。
「あんたらは良いわよ。私ったらUVカットの日焼け止めクリーム持って来るの忘れちゃった。誰か持ってない? 朝塗ってからもう随分経つからそろそろ効果が途切れてきちゃってるかも」
何だか、ロープレの物語の序盤で回復アイテムを道具屋で買い占めるのを忘れたみたいにそう発言したのは浦和だ。俺達のサークルのマネージャー的役割を果たしている。
「仮に持ってたら?」
「ぶんどる」
「仮に……盗んでたとしたら」
「良い趣味してるじゃないの、仮に盗んでたとしたら私の身代わりとしてヒグマの餌にしてあげるわ。光栄に思いなさい」
深谷と言う唯一のオタク系フットサルプレーヤーはまるで電気椅子に座り込んで感電死寸前の死刑囚みたいにブルルと震えた。
「ほら、深谷がヒグマの餌になるのは良しとして2人ともチンタラ歩いてんじゃねえよ。もう少しで目的地だ」
「何でそんな事分かるのよ」
「男の勘さ」
鳩ヶ谷はウインクした。
「全くもって一番あてにならないものを見た気がするわ。オェ!」
そして全くもってキマッていなかった。本人は俺、かっこよすぎるとか小宇宙を彷徨っている愉悦に浸っていたが。浦和が吐き気がするのも色んな意味で無理もない。
季節は8月の上旬。
コイツ等は先程も申し上げた俺事川口がこのフットサルサークルを起ち上げた新規メンバーである。
故にたった4人しかいない。
大学の夏季休暇を利用して夏合宿を励んでいた。目的地は山だった。
なぜ俺達はこのくそ暑い時期に登山を楽しんでるのか?
そこには大いなる目的が……。アホで間抜けな俺達。
ここ砂漠地帯ならまだオアシスとか夢の楽園、微かな希望に縋り付く事が出来たかもしれないのに。
物語がエンディングを迎える前に、熱中症でぶっ倒れりゃ良いけど、遭難すりゃ良いけど、スズメバチの巣にでも突っ込まれりゃ良いけど、グリズリーにでも遭遇すれば良いけど、山賊に襲われれば良いけど……兎にも角にも話は進む。
ここ等辺で種明かしと行こうか。少し前、大学の夏季休暇が始まる直前。講義が終わった後の出来事にタイムスリップする。
*
「所詮俺たちゃ落ちこぼれだ!」
「そうだ!」
「……今回我がフットサルサークルはこの夏、合宿をする事にした!」
「した!」
俺と鳩ヶ谷2人は文字通り杯を呷ってバカ騒ぎをしていた。
因みに2人ともギリギリセーフで二十歳。酒も煙草もやりたい放題だ。
場所は大学キャンパスのA棟。主に教員室やサークル活動を行っている団体の部屋が割り当てられている。んな場所で酒や煙草を楽しむのは御法度なのだが……俺達2人はギリギリセーフで二十歳。酒も煙草もやりたい放題だ。
落ちこぼれだ! とか喚いているのは俺、川口。便乗しているのは鳩ヶ谷。
実は俺達は……バカだからかもしれないが偏差値70前後の優秀な高校を卒業。世間一般では一流と呼ばれる私立理系大学の新設校――『聖コンヴァルテ大学』なる謎大学へとBFの大学を蹴って入学する事に成功した。
創設者はスペインのコンヴァルテ・ガルシア。元スペイン無敵艦隊、軍隊所属の謎めいた昭和のど偉いオッサンである。
どす黒く汚い金と権力により建立された築30年にも満たない『聖コンヴァルテ大学』。
場所は日本の首都東京。山手線の路線圏内にある。高田馬場と目白の中間地点。
学部、学科は1つだけ。どことなく奇異で大学偏差値で言えば60前後。
卒業後の進路は皆大学院に通わず普通に小売り製造業や公務員、サラリーマン等何を目的に生きているのか分からないバラバラな就活を行っている。
在学中に取れる資格は教員免許や理学療法士、臨床心理士、司書、学芸員等普通の真面な資格だ。
一体どんな学部学科なのか?
平成生まれの大学『聖コンヴァルテ大学』では『オカルト学部オカルト学科』を教鞭に取り素晴らしく世の中の役に立たない努力の結晶が詰め込まれている。
心霊スポット巡り、予定説、ウンモ星人との交流セミナー、優しいタイムマシンの作り方……etc.主な活動がコレである。発想の転換。未来を先取り。流行の最先端。
4年間、何に投資し学んでいくかは人それぞれである。直訳すると人生の無駄遣いだ。
ある意味BF大学に入学してせっせとマクロ経済学でも学んだ方がよっぽど価値がある。
*
『聖コンヴァルテ大学』キャンパスA棟の一室にて酒と煙草に耽溺している俺等――川口と鳩ヶ谷は悪魔に憑りつかれた呂律の回っていない口調で話し合う。誰かエクソシストを大至急ロシアから派遣してくれ。
「俺達の夢はなんら?」
「夢? 夢ってなんら?」
「バッキャローんな事も分からんでおめーこん大学入ったってか?」
居酒屋かバーの酔客。俺と鳩ケ谷は2人とも新橋のサラリーマンにでもなったのか?
俺達2人の進路。夢とやらはNASAで働く事。
そんな折、新たなる珍客が2名この場に出現。
ガラッ! と、白いスライドドアが開き、中の酒と煙草の臭気に一瞬吐き気が襲いかかる。
顔を顰めたのは唯一フットサルサークル部員女マネージャーの浦和だ。おまけで深谷。
2人はこれから行われる大事なミーティングの酒の肴。茶菓子類の買い出しに行っていた。
「うわ、くっさ! 何コレどーなってんの!?」
浦和は容赦なく吐き捨て口と鼻を片手で塞ぎ、深谷もビニール袋片手に状態異常系魔法解除の呪文詠唱を行う。
「お! 帰って来たー」
「お前等も飲めー」
「何やってんのよ! 構内は酒と煙草は御法度なんだからね!」
女マネージャーの浦和は俺と鳩ヶ谷が手にしていた酒&煙草を引っ手繰った。
「全く僕の目が届かない所で何やってんだか……。君達には一度良識ってものを御教授してあげたいくらいだよ」
アニオタフットサルプレーヤー深谷も呆れてそんな事をほざき宣う始末。
「あー俺達の大事なエリクサーがー」
「あー俺達の大事なアル・イクシルがー」
「あんた等、酔ってんのに何でオカルトチックな専門用語が冷静に飛び出てくるのよ! 仕方ないわね私が世の中のモラルを今から身体でビシバシ叩き込んでくれるわ」
――wait please――
格ゲー3本ゲージをスーパーキャンセルしたトリプルコンボで見事に俺の鳩尾を抉り、格ゲー3本ゲージを青田買いしてワンタッチでフルに使い見事に鳩ヶ谷の顎を砕き、俺等の朦朧とした意識を更に朦朧とさせた後、このまま冥府を彷徨わせるのも癪なので持っていた護身用のスタンガンで俺と鳩ヶ谷の意識を覚醒させた。
――そんでもって話は本題に入る。
「……さて、一体全体俺と鳩ヶ谷に何が起きたのか? 記憶が曖昧だし面倒臭いので割愛しよう。今年の夏、俺達フットサルサークルは夏期合宿を行う事にした! 場所は静岡県の伊豆だ」
「誰か文句のある奴は挙手してくれ」
「はーい。何で伊豆なんですかー。ワイハとかじゃないんですかー」と早速浦和。
「はーい。何で伊豆なんですかー。アキバとかじゃないんですかー」と颯爽と深谷。
このフットサルサークルにはバカしかいないのか?
「俺達はまずフットサルサークルだ。ワイハやアキバに行ってどうする」
鳩ヶ谷が相手の基本的人権の尊重、日本国憲法第13条の規則を破壊しそのまま封印する。
もちろんブーイングの嵐。諌めたのは俺事このフットサルサークルのリーダーである川口だ。
「まあ、待て。俺達はフットサルサークルの更にそれ以前にこの『オカルトエロティック学園』の『オカルト学部オカルト学科』に所属している。先週から大騒ぎになっているニュースをもう忘れたのか? 皆の衆」
「何よその『オカルトエロティック学園』って」と早速浦和。
「あ、それってもしかしてあのニュース?」と颯爽と深谷。
――そう。日本が令和に入って間もない一大スクープ事件こそ今回の目的――
場所は静岡県伊豆諸島の小さな山道で突如ミステリーサークルが発見されたのだ!
「それを確認しに行くぞー!」
「おー!」
全会一致で可決。こうして俺達は人生の苦行。時間の無駄遣いなる果てしない時空旅行に勤しむ事になった。バカ万歳である。フットサルはどこへ行った?
読んでくれた方ありがとうございました。