物語が消えた理由
「レオンさんは何をしてらっしゃるんですか?」
いくら能天気なクリスでも、仕事内容を聞かずに話を受けるほどアホではない。
そこまでのアホだったら今頃詐欺にひっかかって借金まみれになっていただろう。
すべては「契約は計画的に!」とクリスに教えこんだ母のおかげである。
「……君は、童話って知ってるかい?」
レオンは伏し目がちにそう言った。
その声は弱々しく不安気で、どこか淡い希望を抱いているようだった。
「いえ、知りません……」
クリスが首を横に振るとレオンはさっきまでの笑顔からは想像がつかないほど悲しそうな、苦しそうな顔をする。
それは先程クリスが魔法の存在を知らないと言った時と同等、否、それ以上に絶望していた。
「数百年前、物語は「嘘」と弾圧された。童話というのは、物語の一種だ」
レオンは下を向き、童話についてポツポツと話し出した。
膝の上で握りこぶしを作ったレオンになにか感じとった赤ずきんは、そっと席を外した。
クリスはただ真っ直ぐ、交わることのない視線をレオンに向けている。
「確かに物語は作り話だ。だが、そこには夢が、理想が、作者の想いが詰まってる。
「嘘」なんて軽い言葉でなくしていいものじゃない」
レオンはハッキリとそう告げ、視線をあげる。
若葉のような色をした瞳は力強くクリスの瞳を捉えていた。
「私は、忘れられた「物語」たちを復活させるための研究をしているんだ」
「それって犯罪じゃ……」
「いわゆる国賊ってやつだな」
「嫌ですよ! 犯罪者なんて!」
「そうか、なら仕方ない」
仕事内容聞いといてよかったと思ったのと束の間、さっきまで席を外していた赤ずきんがいつの間にか銃を構えていた。
こめかみに向けられた銃口、赤ずきんの茶色い瞳は初めて出会った時のように敵意剥き出しで、殺気立っていた。
「なっ?!」
「ここの存在を知られた以上、生きて返すわけにはいかないんだ」
クリスたち三人しかいないこの特殊な空間では銃声など抑止力にならない。
ましてやクリスは王都に来て間もないので知り合いなどいるはずもない。
ここで死んでも心配する人、不審がる人はいない。
クリスの背中にひんやりとした汗が一筋流れた。
「申し訳ないが、こっちも命懸けで犯罪者をやっているんだ。情報漏洩の危険をみすみす逃すわけないだろ」
優しさの欠片もない低くずっしりとした声音と揺るぎない真っ直ぐな眼差しがレオンの本気度を物語っていた。
「絶対に言いませんから!」
「信用できるわけないでしょ」
「うっ……」
レオンの重厚な声に続き、赤ずきんの目もキッと釣り上がる。
普通に考えて「絶対に言わない」なんて言葉を信じられる人間なら口封じしようなんて思わないだろう。
絶対絶命、そんな言葉がクリスの頭をよぎった時、レオンはさっきまでの真剣な顔を崩しニコリと笑った。
なにか企んでるような笑みではない、優しさを内包した静かな笑みだ。
顔立ちの整ったレオンの儚げな笑みは男のクリスですら思わず見入ってしまうほど美しかった。
「私はね、できれば人殺しはしたくないんだ。だが、無理やり助手にしたところでいつ裏切られるかと気を張らなきゃいけない。
だから君には知って欲しい。なぜ物語という存在が消えてしまったのか」
子供を諭すように紡がれたその言葉は不思議な程にクリスの好奇心を惹きつける。
クリスは銃を向けられてることも忘れて、レオンの話を聴いていた。
「嘘だからじゃないんですか?」
「表向きはね。でもそれだけの理由で民衆を敵に回す政策をするはずがない」
「反乱が起きたんですか?」
好奇心は猫を殺すと言うが、それでも疑問は尽きることはない。
教えたい、知りたい。
お互いの利害が一致しているからこそ、物騒な状況下であっても気にせずに会話を進めていた。
「もちろん。今と違って当時は当たり前に「物語」があったからね。多くの作家や読者が立ち上がった。
でも、ほとんどの書物は焼かれ、多くの作家が殺された」
「酷い……」
法はあるが絶対王政のシーマニア王国では飾りみたいなもので、死刑というのは珍しくない。
だが、罪を犯していない人間を強制的に罪人にし処刑するというのはあんまりだ。
クリスは極悪非道な過去の王に心の中で悪態をついた。
「なぜ当時の王がこんな事をしたのか、本当のことはわからないけど、私は魔法にあるんじゃないかと思ってる」
「なんでですか?」
「物語には摩訶不思議なことが多く描かれているからね。魔法の存在を隠したくてこんな手段に出たんじゃないかって思ったんだ」
実際、今も昔も魔法の存在はほぼ知られてないからね。と言葉を続けたレオンは推測の域をでないと言っている割に得意気な顔をしていた。
よっぽどこの説に自信を持っているらしい。
「でもなんで「童話」なんですか?レオンさんの話を聞く限り物語には他にも種類があるんですよね?」
クリスはまたひとつ自分の中の疑問を吐き出した。
「なんで、か……」
レオンは答え辛そうに顎に手を当てた。
定番の考える人のポーズである。
「ならこれを見せた方が早いな」
レオンはそう言うと立ち上がって窓際の作業机と思しき場所へ歩いていった。
そして、物が散乱してる机の上から黒い本を取りあげクリスに手渡す。
表紙にも背表紙にも何も書かれていない真っ黒な本をめくると、ただひたすら文字が羅列しているだけで、クリスにはこれが何を意味するのかまったくわからなかった。