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魔法空間

 ツリーハウスの中はクリスが思ってたよりも広く、なんと二階まで存在していた。

 木製の机の上は紙やペンなどが散乱し、床はゴミで溢れかえっている。

 典型的な掃除できない人の部屋といった感じだ。


 クリスは物珍しそうに辺りを見回す。

 田舎にいた時には見たことも無い不思議な道具がそこかしこに散らばっているのだから興味をそそられるのも仕方ないことだろう。


 その中でも一際目を引いたのが背表紙が真っ白な本がぎっしりと並べられた本棚だった。

 図書館に置いてあるような大きな本棚なのにクリスの知っている歴史書は一冊もない。


 何も文字が書かれていないその本たちはなんのためにそこにあるのか、クリスにはまったく検討がつかなかった。


 そんな風にこの不思議現象から目を背けているとテーブルを片付け終わった赤ずきんがお茶を二つ運んできた。


「粗茶ですが」


 向かい合って座るクリスとレオンにそう言って差し出すと、赤ずきんはレオンの隣、つまりクリスの向かい側に座った。


 差し出されたお茶を一口飲む。

 茶葉が違うのか田舎で飲んでいたものとはまったく違う味にクリスは初めて街を見た時のような新鮮差を感じた。


「君、名前は?」

「クリスです」


 レオンのこの言葉から簡単な自己紹介が始まる。


「あの、お二人のお名前は……」

「私はレオン、こっちは赤ずきんさ」

「赤ずきんってニックネームじゃないんですか?」

「そうよ」


 親のネーミングセンスを疑う名前だったが、当の本人が納得しているようだったのでクリスはそれ以上何も言わなかった。

 本人が気にしてないならそれでいいかという楽観的な思考回路はクリスの長所でもあり短所でもある。


「えっと……ここはなんなんでしょうか」


 あまりにも会話が続かず、無言の時間に耐えられなかったクリスはずっと疑問に思っていたことを思い切って口にした。


 なぜ一瞬で景色が変わるという超常現象が起きたのか。

 実はこれは夢なのではないかとも思ったが、背中を打ちつけた時の痛みや先程つねってみた太もものヒリヒリとした痛みから現実逃避を諦めたのだ。



「クリスは魔法って知ってるかい?」

「魔法?」


 聞きなれない単語に思わず聞き返す。

 その言葉が何を意味するのかまったくわからないが、このタイミングで訊いたということは、この現象の理由、もしくは原因に関わっているのだろう、ということだけは理解した。


 レオンはクリスの返答に若干眉を下げ「まあ、知らないよな」と呟いた。

 その表情はどこか寂しそうで、魔法の存在を知らないのが当たり前であることに嘆いているようだった。


「簡単に言えば不思議な力さ。ここは私の魔法で作られた世界。普通の人間は入ってこられない」


 だから赤ずきんがあんなにも警戒していたのかと、クリスはあの時の過剰防衛のような態度に勝手に納得した。


 銃を突きつけられたことをそんな簡単に受け入れていいのかと思わなくもないが、知らない人がいきなり家の鍵開けて入ってきたら怖いもんねという楽観的な思考回路が、何度も言うようにクリスの長所であり短所なのだ。


「じゃあなんで僕は来れたんでしょう?」


 今までのレオンの話を聞いて新たに浮上した疑問をクリスは率直に伝えた。

 今まで侵入者がいなかった特別な場所に、なぜ招かれざる客の自分が辿り着いてしまったのか。

 その疑問はもっともで、レオンは思案するように下を向き、自信なさげに口を開いた。


「あくまで仮説だけど、私と繋がりを持つ万年筆が君の魔力に反応してここに導いたんじゃないかないかな」


 クリスはそっとあの時のことを思い出した。

 路地裏で最初に光ったのは、たしかに握りしめた万年筆だった。


 おそらく、レオンの仮説は正しいのだろう。

 ただ、そう考えるとまた新たに疑問が浮かぶ。

 この際だし全ての疑問をぶつけてやろうかと思ったクリスは、三度、疑問を口にした。


 知りたがりというか、好奇心旺盛というか、謎を謎のままにしておけないところも、クリスの長所であり短所なのかもしれない。


「僕にも魔力ってやつがあるんですか?」

「ああ、あるさ! しかもこんな希薄な繋がりから空間をこじ開けれるだけの強大な魔力が!」


 レオンは今まではどこか申し訳なさげで、苦笑いのような笑みを浮かべていたが、いきなり目を輝かせ、少年のような笑みを浮かべた。

 こころなしか、声のトーンも上がっている気がする。


 クリスはなぜレオンのテンションがここまで上がったのか分からず、この笑い方だと僕と同じ歳くらいに見えるなーなどと、呑気に考えていた。


「クリス君、君、定職についてないでしょ」

「ええ、まあ……」


 いきなり失礼なことを言ってきたレオンにクリスは戸惑いつつも肯定した。

 事実だし、取り繕う必要もないからだ。


 この素直なところも、そろそろ言わんとすることが分かっていそうなので割愛させてもらう。

 まあ、まとめてしまうと田舎でのほほんと育ったクリスは、特に深く考えず成り行きで何とかなるだろうと思っている、良くいえば純粋で真っ直ぐ、悪くいえば行き当たりばったりで単純な人間なのだ。


 そして、クリスの肯定に「やっぱり」と嬉しそうに呟いたレオンは「ならさ、」と言って、言葉を続けた。


「私の助手にならないかい」

「助手、ですか?」


 突然の申し出にクリスは目を丸くさせる。

 対するレオンは何かを企んでいるような、意味深な笑みを浮かべていた。

 その目は獲物を狙う肉食動物のように爛々と輝いており、クリスがこの話を受けるのを確信しているようだった。

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