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くらげは昼の空に舞い上がる 2

 丘に沿って立ち並ぶ家々は、白っぽい煉瓦でつくられて、陽の光を浴びて明るい雰囲気を作りだしている。

 吹き渡る春の風もほどよく暖かい。


 それなのに、いくら歩いても町に人の姿はなかった。

 住宅街を抜け、市場に出ると町の寒々しさは顕著になる。


 放置されて風に揺れる、蔓編みの籠。

 半分引きずり下ろされたままの露台の覆い。


 その下に腐った果物が残っていないのは、おそらく全て持って逃げたからだろう。宿を見つけたものの、扉は外から板を打ち付けて閉ざされている。

 見回せば、他の小物屋などの店も、皆おなじように窓や扉を板でふさいでいた。


「みんな逃げた後なんだ……」


 炎妖王の魔術師によって、レーヴェンス国の兵が潰走したのが十日前のことだ。王都よりも国境に近いリンデスティールの人々は、すぐに逃げたのだろう。

 ただ、また戻れたらと願いをかけて、荒らされないように出入り口や窓を塞いでいったのだ。

 そう思えば、冷たく人を拒むような板が、もの悲しく見えてくる。


「だけど、そんな感傷に浸ってる場合じゃないわ」


 ほぼ着の身着のままのユーディットなのだ。春とはいえ、何か上着や食べる物がなければ、さすがに東の国境へ向かうどころではない。

 しかもお金と引き替えに物を売ってくれる店すら開いてないのだ。万が一のためにと、王都の人間ならではの習慣で服には銀貨を忍ばせていたのに、これではどうにもできない。


「協力してほしいなら、せめて前準備くらいはさせなさいよね」


 心の中で、ひとりしきりジークリードを詰る。

 それからユーディットは決意をかため、とにかく人を捜すことにした。

 王都でさえ行き場もなく、留まっていた人が沢山いたのだ。この町だってそういう人がいるはず。

 探して、銀貨と交換に上着と日持ちしそうな食べ物を譲ってもらわなければならない。


 ユーディットは根気よく、住宅を一つ一つ訪ねていった。

 居残っているのは、それほど裕福ではない人のはず。お金のある人ならば、逃げるための馬をすぐに手に入れられるからだ。

 そう考えたユーディットは、なるべく裕福ではない人が住む、集合住宅を中心にめぐっていった。


「すみません、どなたかいませんか!」


 一軒一軒、扉を叩いて呼びかけ、耳をすませてからもう一度扉を叩く。

 それで誰も返事をしなければ、次の家へ。が、十軒、二十軒と呼びかけても反応はなかった。

 そのうち夕暮れになってしまう。


「この町、わりとみんなお金のめぐりが良かったのかしら」


 かなりの家を回ったし、大きな声で呼びかけたのにもかかわらず、近所からユーディットの様子をうかがう視線一つ感じられなかった。

 仕方なく、今度はそろそろ寝る場所を確保すべきかと考え始める。


 そしてジークリードに相談した方がいい。

 一度、まだ人がいる町へなんとか『飛んで』もらうか、まだ人や食料のありそうな村が近くにあるかを教えてもらうしかない。


 ユーディットは、扉の鍵が開いたままだった家をいくつか思い浮かべる。

 急いで逃げたのか、重たい寝台や長いすなどはそのまま放置されていた。寝具は望むべくもないが、道ばたで眠るよりはずっといいはずだ。


 じわじわと暗くなっていく道を、ユーディットは歩く。

 すると、耳が異質な音をとらえた。

 カツカツと固い石畳みを駆ける音。


「馬?」


 そう気付いた瞬間、薄暮の道を駆けてくる騎馬が見えた。

 ユーディットは騎乗している人物に助けを求めようと思った。が、すぐに思い直す。


 こんな人のいない町を、単騎で訪れる人間だ。

 通過点として通りがかったのだとしても、ここは王都から東に位置する町。住民でさえ逃げてしまう状況で、わざわざ来る者などいるだろうか。

 しかも一人で行動するのだから、腕に覚えもあるはずだ。


(逃げよう)


 ユーディットは急いで逃げる場所を探し、走り出した。

 素早く路地へ駆け込んだつもりだったのだが、


「なんでっ!?」


 騎馬の人物は、そのままユーディットを追いかけてくる。

 驚き、ユーディットはさらに逃げる。


「まさか、あのベルタとかいう魔女の仲間とか?」


 魔術師は稀少だ。

 そのため王国に忠誠を誓いその力を役立てる限り、貴族のような生活を送ることができる。その上警備の騎士までつけてもらえるらしいのだ。

 だが魔術師の追っ手だとしても、どうやってこんな短時間で移動させられるのかという疑問は残る。


 が、相手は魔術師だ。人を本に閉じ込められるのだから、本をどうにか使って人を移動させられるかもしれない。


「だってくらげも瞬間移動できるんだから」


 思い浮かべたとたん、足の速度がゆるんだ。

 いけない、背後から馬の足音がせまってきてるのにと必死で足を動かす。

 ユーディットは右へ左へと角を曲がって走った。


 一度は馬なんて通れない場所を通り抜けたものの、その先にまちぶせされて、慌てて引き返した。建物の中に逃げ込むことも考えたが、それでは袋小路に自ら飛び込むようなものだ。

 走って走って、すっかり暗くなった町の片隅で、小さな石畳みの段差に足をとられて転んだ。


「いっ……!」


 痛みに小さく悲鳴を上げる。でもこんなところで立ち止まっていてはいけない。


「待て!」


 追いかけていた人物だろう、声が聞こえたが、ユーディットは這うようにして逃げようとした。

 が、すぐに肩を掴まれる。


「やだ殺されるっ!」


 怯えたユーディットは、思わず相手の手を掴み、足払いをかける。


「うあっ!」


 その場に転んだ人物は、意外に若い声だった。が、ユーディットの手をがっしりと掴み返したままだ。


「離して! 殺される!」


「殺すわけないだろ!」


「え……?」


 否定の声に、振り返ったユーディットは、目をまたたいた。

 石畳みに片膝をついているのは、自分とそれほどかわらない年の少年だ。明るい色の髪をうるさくない程度にのばした彼は、顔立ちもまだ優しげな線が残っている。おそらくはユーディットより年下だ。

 彼の目は、完全に端がつり上がっていた。


「なぜこんな所にいる!? この町は全員避難させたはずだ。他の町の人間か?」


「ええと……」


 どうやら魔術師の放った追っ手ではなさそうだ。

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