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それが最後だと言うなら、私はあなたと  作者: 奏多


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くらげは昼の空に舞い上がる 1

 ユーディットは、しばらく自分の目をこすってはまたたき、呆然としていた。

 辺りは一瞬にして、石造りの家が立ち並ぶ丘の上に変わっていたのだから。


 背中にあたる木がさやさやと葉をゆらし、雨模様が嘘だったかのように青い空が広がっていた。


「なに……これ……」


 本の中とは違う。


「わたしさっきまで、自分の家にいたはず?」


 その記憶も、できれば忘れてしまいたかった。

 長年暮らしてきた、亡くなった父と母との思い出が詰まった家。それが半壊状態で、大切にしていた本もみな粉々。

 あげくに本の魔女だという見知らぬ美女に踏みつけられたのだ。


 そういえば、こんな自体を招いた張本人はどこだ。

 首を横に動かせば、すぐ足元でうずくまっているジークリードを見つける。彼は浅い呼吸をせわしなく繰り返していた。


「ちょっと、あなた具合でも悪かったわけ?」


 ジークリードの背を撫でてやる。

 自宅を壊されてむかついてはいたが、具合の悪い人間を鞭打つような事はできない。すると一度咳をして、ようやく彼は顔をあげた。


「ごめんね。やっぱりちょっと人間の身でくらげの真似をするのって、負担がかかるみたいで。あー、でも今回は予想以上にしんどかった。まさかベルタの術がかかってる真っ最中だったから、その影響でひどいのかな。そうかも」


 独り言を続けた上、そのうちに自己完結したらしいジークリードは、ゆっくりと立ち上がった。


「ここは、王都から東にあるリンデスティ-ルの町だよ」


「リンデスティールって、王都から二日はかかる場所じゃあ」


「うん、それをぼくの魔術で飛んだわけなんだ」


「……魔術?」


 ジークリードは「ああ、言ってなかったっけ」とのんびり答える。


「僕は元々魔術が使えるんだ」


「それで魔術に詳しかったの? でも瞬間移動って……何の魔法?」


 すると彼は楽しそうに言った。


「くらげの生態って知ってる?」


 知るわけがない。

 あの「いやん」と鳴く動物のことを子細に知る必要なんて、ユーディットの人生にはなかった。


「あちこちにね、お気に入りの場所に印をつけるんだ。すると風に流されてる途中で戻りたいなって思うと、そこへ『飛べる』んだ」


「飛ぶって、まさかこんな風に」


「ふふ、せいかーい」


「…………」


 なんてでたらめな力だ。そしてくらげが魔力で飛んでいることは知っていたが、よもや瞬間移動ができたなどとは。

 ユーディットは一瞬感心しかけたが、そこで重大なことに気付く。


「くらげの魔術師?」


 今のジークリードの説明では、そうとしか言いようがない。

 くらげと同じ魔法が使えるというのなら、まさかくらげと生活を共にしてくらげを深く理解したから……とか言うのではないだろうか。


「まぁ詳細は後でね。とにかく次のことを考えよう。とにかく僕は本から出なくちゃいけない」


「ずっと出ていられるわけじゃないの? あなたは私が本を読まない限り、外に出ていられるわけ?」


 首をかしげるユーディットに、ジークリードはぱたぱたと手を振る。


「外に出られる時間も限界があると思うんだ。こんな風にしていられるのは、おそらく、誰かが本を読んだら僕が出れるようにした術をかけてたんだろうね。その方が本ごと居なくなっても、探しやすくなるんじゃないかな。

 けど本から外に出られるようになったままにしていたら、僕はさっきみたいに逃げちゃって居場所がわからなくなるから、たぶん時間制限ぐらいはつけてるだろうと」


「さっきみたいに……」


 おそらく、くらげみたいにぽんとどこかへ消えてしまうことを言ってるのだろう。もしかするとふわふわ浮遊することも可能かもしれない。


「で、一体あなた、本に閉じ込められたあげく追われるって何をしたの?」


 問えば、ジークリードは「良いことを聞いてくれた」と喜ぶ。


「闇の本をこっそり借りようとしたんだ。で、怒られた。普通に使えば、読んでる最中に起る現象で、城も全壊するだろうからね。だから本を持ち出して、どっか人の居ない場所へ行こうとしてたんだけど……」


「そんな危ない真似をしたのは、なんの目的で?」


「うん。炎妖王の魔術師を倒そうと思って」


 ユーディットは自分の耳を疑った。

 炎妖王の術。

 国境で多くのレーヴェンス兵を、ユーディットの父をも殺した術。

 そしてじわじわと向かってくる炎の柱が、王都を焼き尽くすだろうと言われているもの。

 ユーディットは唾をのみこんだ。それからふるえる声で尋ねる。


「それ、本当に炎妖王の術を、どうにかできるの?」


 敵の魔術師を、本当に倒せるのだろうか。

 対するジークリードの返事は、こころもとないものだった。


「それは確実には言えない」


「わからないの?」


「炎妖王の術に対抗するなら、おそらく真逆の性質を持つ氷の術か水の術が必要だと思う。けれど、そういった魔術の本は、あの魔女も持っていなかったんだ」


 けど、とジークリードは続ける。


「闇でも、術者自体を消滅させられる。術自体は炎妖王の術以上に強いはずなんだ。そしてこれも不幸中の幸いだけど、本に閉じ込められたおかげで、周囲を破壊したりしなくても習得できそうだ。

 だからお願いなんだけど、この本を読みながら東の戦場へ向かってくれないかな?」


 ジークリードが、本を抱きしめていたユーディットの肩に手を触れる。

 じっと見つめられたユーディットの頭の中には、ただ一つの言葉だけがぐるぐると回った。


 ――炎妖王の魔術師を倒す。


 再び唾をのみこんだユーディットは、ジークリードに再確認する。


「本当に、炎妖の魔術師を、倒せるの?」


 ジークリードはうなずく。


「できる」


 彼の答えは、それまでのふわふわとした言い方が嘘のような、強さが込められていた。

 信じられる、と感じた。


 ユーディットは魔術のことなんて全くわからない。

 けれど彼女の家を壊した魔術師がグルではないかぎり、彼は本当にジークリード王子なのだろう。

 もうすぐ王国ごと消滅させられるかもしれない瀬戸際の状況ならば、ジークリードが闇の魔術を会得しようとしてもおかしくはない。


「なら、協力するわ」


「ホント? やったー!」


 ジークリードは喜色満面で両手を挙げたかと思うと、本ごとユーディットを抱きしめた。


「ありがとう!」


「ちょっと、あのっ」


 そのままぎゅうぎゅう締め付けてくる腕に、触れ合う頬に、そして自分ではない人間の匂いに、ユーディットは焦る。


「は、恥ずかしいから、離れて!」


「だって本当に嬉しくて! 他に読んでくれる人探すなんて二度手間だし、っていうか本を開けられる人探すのが大変だし」


「は? 開けられる人って何?」


「それになんだか時間切れみたいだ。じゃあ後は宜しく!」


 ジークリードはユーディットの問いに答えることなく、突然本に吸い込まれるように姿を消した。


「ちょっとーっ!?」


 呼べど叫べど、既にジークリード入りの本は、返事を返すことはなかった。

 ユーディットは、ややしばらく呆然とそこに立ち尽くした。


「本の魔法……で、戻されたってこと?」


 だからジークリードは本の中にひっこんだ、のだろう。

 一人残されてみると、今までのことが夢か幻みたいだった。けれどユーディットがいるのは、確かに自分の家ではなくて、手の中に本もある。


「ぼんやりしてても仕方ないか」


 とにかくここから移動しようと思い立つ。

 ジークリードを問い詰めようにも、本を読まなければならない。けれど本を読んでいる間はユーディットは眠っているらしいのだ。こんな地面の上で昏倒するなどありえない。

 ユーディットはリンデスティ-ルの町を歩き出した。

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