くらげは拾得物に含まれます 5
「わっ!」
めまいに襲われて目を閉じたユーディットは、一瞬にして自室へ戻ったことに驚き、飛び起きた。
読みかけた本は、握ったまま昏倒していたようだ。
次いで起こった爆発に、驚く間もなく誰かの体がおしつけられる。
庇われた、と理解したときには、緋色の衣服はユーディットから離れた。
そしてユーディットを庇ったジークリードは、吹き飛んだ天井を、次いで爆発の張本人らしき人物へ目を向けていた。
雨の落ちる空を背景に立つ、鈍色のローブを羽織った女性がいる。
長く艶やかな黒髪を空に踊らせた背の高い彼女の顔には、左の額から顎にかけて、縦に何かの文字が書かれている。が、それがまるで華麗な入れ墨のようで、彼女の美しさを損なってはいない。
彼女はじっとジークリードを見ていた。
「上手く逃げましたこと、殿下」
ぽつり、雨粒のように落とされた彼女の声。
「大人しく君のコレクションになったままでは居たくないんでね、ベルタ」
「え? まさか、あなたこの人に閉じ込められたの?」
尋ねた言葉に反応して、ベルタという女性がユーディットを見る。
「そう。その子が本を開いてしまったのですね」
「ありがたくもね」
そう返したジークリードが、後ろ手に手を差し出してくる。
首を傾げると、彼の手がひらひらと振られる。どうも握れという意味らしい。
そっと握ってみると、ジークリードがきつく握り返してきた。
「仕掛けをほどこして置いて良かった。本の中に閉じ込めた状態では、あちこちさまようあなたを探すのは難しいので」
ベルタが腕をゆっくりと上げる。
すると部屋の中にあった料理本から物語の本、薄い新聞までが舞い上がり、端から切り裂かれるように紙吹雪に変じていく。
ユーディットは手にした黒い本を慌てて抱え直しながら叫んだ。
「ちょっ、わたしの本!」
「後で弁償いたしますわ」
「それは良かった……って、良くない! どうして人の本をダメにするの!」
抗議すると、ベルタは当然のように告げてくる。
「わたくしが操れるのは、本だけだからです」
「本専門の魔術師ってこと!?」
「そういうことだよ」
答えたのはジークリードだ。後ろ手に引き寄せられ、ユーディットは彼の背中にくっつく形になる。
「大人しく、本の中にお戻りなさいませ、王子」
淡々と告げるベルタの力によって、紙吹雪がジークリードとユーディットを囲み、壁のように厚みを増していく。
紙が勝手に増えるなど、聞いたこともない。
ユーディットは予想外の現象と、捕獲されつつある状況に怯えた。けれどジークリードは余裕をくずさない。
「ごめんねベルタ。くらげなもんだからさ、僕」
そう言った瞬間、周囲の風景が霞みはじめる。
「殿下!」
ベルタの叩きつけるような声も、向かって来る紙吹雪も、全てがぷつりと消えた。