くらげは闇を捕食する 1
次にやってきた場所は、見慣れない建物の中だった。
筒のような細長い塔の内側に、らせん状に上へ伸びていく階段が見える。そして中央に垂れ下がる長い紐。
紐はユーディットのいる底まで届いている。
「鐘楼だよ」
不思議そうに見ていると、ジークが教えてくれた。
なるほど見覚えがあるはずだとユーディットは納得した。小さい頃、聖堂の鐘楼に忍び込んだ時に同じようなものを見ていたのだ。
「ここは、リンデスティールより町二つ分は東かな」
ジークは鐘楼の床に座り込んでいた。
疲れ切ったその様子に、ユーディットは側に自分もひざをつく。
「くらげの魔法って、辛いのは瞬間移動だけなの?」
王都からリンデスティールへ移動した時などは息が上がっていたほどだったが、先ほどの戦闘ではさして体にこたえたようすはなかった。
「あまりやりすぎると、さすがに足が震えて立てなくなるかも」
「こわく……ないの? くらげの魔法は、辛くても死なないんでしょう?」
彼はユーディットと違い、沢山の物を持っている人だ。
なにより家族がいる。
それなのに、大事なものを置いていってしまえるのか。国を救うための、魔法を使うそのためだけに。
ジークはうっすらと微笑む。
「こわくない……のかな。自分ではよくわからないんだ」
質問を間違えた、とユーディットは気付いた。
彼は自分の辛さを実感できない人だった。だからいとも簡単に、自分の命を投げだそうとしたのだ。
「家族は大事じゃないの?」
そう尋ねたら、彼はようやく質問の意図をわかってくれたようだ。
「大事だよ。一緒にいられなくなるのは辛いって思う。だけどね、クレイデルの軍を押し返すことができなかったら、僕の家族は無事でいられない。
亡国の王族など、生かしておけば火だねにしかならない。だから父上たちも殺されてしまうだろう」
そうはいっても、レーヴェンスには炎妖王の術を打ち倒せる魔術師はいなかった。
「誰かに死ねと命じるのは嫌なんだ。僕には辛さがよくわからないから。だから逆に、怖くはない自分がやればいいと思ったんだ」
これで答えになってる? と尋ねられた。
うなずいたユーディットに、今度は僕が聞きたいと言われる。
「君は? 人が死ぬ手伝いをするのが怖いと思う? もう……僕の手伝いをしてはくれないかな」
ユーディットは迷った。
ジークが家族を救うには、魔術を手に入れる方法しかない。今ここで嫌だと言ったら、きっと彼はますます心を失うことになるのだろう。
そしてベルタに見つかって外国へ逃がされたら、きっと今度こそ彼は心が壊れて、自分で自分を殺してしまうに違いない。
それなら……同じかと思った。
「ううん、本は読むよ」
答えを聞いてほっとしたのか、ジークは笑顔を浮べて本の中へと消えた。




