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それが最後だと言うなら、私はあなたと  作者: 奏多


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くらげは空に棲んでいる 4

 逃げようとしていたジークは、あきらめたかのようにため息をついた。


「うん、まぁ外に出ようか?」


 馬車の中で座ったまま、外で立ち続けるエリオスと話すのは変だとおもったのだろう。外へでたジークに続き、ユーディットも馬車を降りる。


 そこはまだ森の中だった。

 やっぱり兄弟の勘かなにかで、エリオスがここで止めさせたとしか思えなかった。

 突然のことだったのか、グレゴールは御者席にいるままだし、クリストも馬から下りていない。


 にしても、ジークは自分の状況をどう説明する気なのだろうか。隣に立つ彼に荷物を背負わされながら、ユーディットはふと思い出す。


 そういえばジークは、あと何分ぐらい本の外に出ていられるのだろう。

 説明する前に彼が本に戻ってしまったら、自分が事情を話さなくちゃいけないのだろうか。ユーディットはそう思いながら、怖い表情をしているエリオスに向き直る。


「兄上、まずはご無事でなによりです」


「エリオスも元気みたいでよかったよ」


 にっこりと笑うジークに対し、エリオスの眉間の皺が深くなる。


「で、今までどうして失踪されたあげく、先ほどはどこからやってきて、どういう事情でユーディットとお知り合いになったので?」


 聞きたい事をいっぺんに話したエリオスに対し、ジークは「あ~」と言いづらそうに視線をさまよわせた。


「じゃあ時間がないからすごいはしょって説明すると」


「はしょるんですか。時間がないってどういうことですか」


 エリオスの質問連打にもめげず、ジークは続けて言ってしまった。


「闇の魔術書を読もうとしたら、ベルタに本の中に封じられちゃって逃げた。その後で本を読んでくれたのがユーディットで、今闇の術を習得するためにがんばってる途中」


 じゃっ、と言ってジークはユーディットの手首を掴んだ。

 術で移動する気だ。ユーディットはそう思って身構えたが、やはりエリオスはその行動も見切っていた。


「逃がしません!」


 腕をつかまれたジークが「うぅ」と呻く。エリオスまで一緒に連れて行ってしまう可能性を考えたのか、くらげ的な術での移動をやめたようだ。


「兄上、どうして魔術書などに手を出したんです、私にも相談せずに!」


 そのままエリオスはジークに抗議した。


「言えば止めるだろう?」


「あたりまえじゃないですか! 死んでしまうんですよ!」


「死ぬ?」


 ユーディットは目を見開いた。

 魔術書を読むと、死ぬというのだろうか。理解できずにいると、エリオスが教えてくれた。


「君は何も知らなかったんだろうな。普通の魔術書でも、習得する際に死ぬ者は多いんだ。けど、炎妖王の術や闇の術はそれだけじゃない。術を使う時に、命が代償になってしまうんだ」


「命と、引き替えの魔法なの?」


 ユーディットの問いに、エリオスが重々しくうなずく。この真面目一辺倒そうなエリオスが、ユーディットを騙すとは思えない。では、本当なのだ。


「え? じゃあ敵国の炎妖王の術師は?」


「あれも命という代償分燃え続けた後で、死ぬ」


「そんな……」


 では、ジークはそれを知った上で魔術書に手を出したというのか。命と引き替えに国を守るために。


「炎妖王の術師はきっと、国を救うために術を習得したわけではないだろうと思うけどね。おそらくは誰かを人質にとられて、強制されたのだろう。可哀想だがもう助けられないよ」


 軽い調子で重い言葉を告げたのは、ジークだ。命と引き替えに魔術書を紐解こうとしている人。

 彼はユーディットと目が合うと「ごめんユーディー」と謝った。


「教えないまま協力させて悪かった。けれど君が怯えて本を読むことを拒否されたら、別の人を捜している間に国が滅んでしまうかと思って」


 ユーディットは何を言っていいのかわからなかった。

 ジークがエリオスに会いたくなかった訳は理解できた。死のうとしていることを、知られたくなかったのだろう。止められたら辛いだろうから。


 同時に、ユーディットの心の中に穴があいたような感覚に陥った。

 ジークが死んでしまう。

 自分の隣にいて、今も手を繋いでいてくれる人が。


 苦しくても、ジークが抱きしめてくれるとやわらいだことを思い出す。

 そうやって彼はずっと、家族を守っていくのだろう、それを遠くから眺めるだけでも、少しはましな気分でこの後生きていけるかもしれないと思えたのに。


「なぜ兄上なのです! ベルタに頼むわけにはいかなかったのですか!」


 エリオスが絶叫する。


「彼女は死にたくなくて、足掻いた末に本の術を手に入れた人だよ。そんな人に、死を命じるなどありえないよエリオス」


「でも!」


「一番慣れている僕が、今一番効果的と思われる方法を試すだけなんだ」


 ジークは毅然とエリオスに告げた。


「政敵にやる命はない。だから今まで僕は戦ってきた。けれど国のためなら。家族を救うためなら、僕は自分を捧げられる」


 ゆるがない決意に、エリオスは呆然とジークを見つめていた。

 もうジークの心を変えられない。そう悟って、けれど死なせたくなくて、心が葛藤しているのだろう。


「それでも、お止めいたします」


 沈黙の時間を破ったのは、女性の一言だった。

 ざあっと馬車の中から、千切れた本のページが吹き出してくる。

 とっさにユーディットを抱え、ジークが馬車の前から逃げた。


 一度空へ舞い上がった千切れた紙は、エリオスの側に舞い降りて集まり、一人の女性の姿へと変わる。

 長い黒髪の魔術師ベルタだ。


「もう来たのか」


 ジークの言葉に、ベルタは表情も動かさずに答えた。


「けっこう遠うございました。私が本と本の間を転移できる距離は、もっと短いので。しかも魔術書には転移できませんし」


「がんばるね」


「国王陛下のご命令でございます。殿下は王国の再興に必要な方。かならず閉じ込めてでも国外へ脱出させるようにと」


「それはお断りだ」


 ジークはにこやかに言った。


「父上達の気持ちもわかる。だけど、滅びるまでの間にどれだけ多くの国民を犠牲にする気なんだ? 国民を見殺しにして逃れた王に、誰が従う? それぐらいなら、先刻別なおばかさんが提案した国土半分は差し出して王様はエリオスに、って計画の方がマシなんじゃないかと僕は思ってしまうんだよ」


 そう思わないか、と話を振られたエリオスは、戸惑いの表情を浮べる。

 一方のベルタは冷静だった。


「そのような事については、私の預り知らぬことです。私は誓約した王の指示に従うだけ」


 行動理念がはっきりしている彼女は、ゆらがない。彼女の周囲に、いつのまにか紙が舞い始める。

 それに気を取られたのか、エリオスの手から力がぬけていった。

 ジークの肩から、彼の手が外れる。

 その時を待っていたのか。事態についていけないユーディットを抱き寄せ、ジークは言った。


「ではまたね。これが今生の別れになるかもだけど」

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