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それが最後だと言うなら、私はあなたと  作者: 奏多


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くらげは空に棲んでいる 3

「ユーディーほら、怪我みせて」


「え? あ、痛っ!」


 手を握られて、ユーディットはようやく自分が怪我をしていた事を思い出した。


「もー、こんなにしちゃって。大人しく本の中に戻ろうなんて、試行錯誤してるんじゃなかったよ」


 さっさと行商人の馬車の中から傷薬や布を探し出したジークは、ぶつぶつと言いながらも手当をしてくれる。

 いつになく表情が恐くて、ユーディットは反論できない。


「それになんで僕に助けをもとめてくれなかったのかなぁ?」


「いやその、ジークってあんまり強そうにみえなかったし。くらげの術って戦えるのかわからなかったし」 


 空をふよふよしているくらげから、戦うという姿がいまいち想像できなかったのだ。


「頭とくらげは使いようって言うでしょ」


「まぁ確かに」


 くらげ攻撃は微妙に便利で、さらに『そう』だとわかった後で心理的にも疲労感がやってくる、オソロシイ代物ではあったとユーディットは述懐する。


「まぁ、でも……ごめんねユーディー」


「なんでジークが謝るの?」


 怪我をしたあげく、死ぬかどうかの瀬戸際になっても戦友を呼ばなかったのはユーディットだ。


 そういえば父親も戦友のことは信用し、背中をあずけるつもりでと言っていた。

 そこから考えるに、ユーディットは魔術が使えるはずのジークのことを、信頼しきれていなかったのだと思ったのに。


「僕も、様子を見るためにでようかどうか、迷ってたから。エリオスと会うのは……ね」


「会いづらい事情でもあったの? なんかエリオスは嬉しそうだったけど」


 むしろエリオスは、うっとりとした表情でジークを見ていた。兄に憧れすぎではないだろうかというほど。

 だからこそハインツのような人物の言葉に、うなずかなかったともいえる。


「いや、まぁ。まだ知らないからね。本の中にいたこととか」


 説明しずらいじゃないかと言いながら、ユーディットの両手に包帯を巻き終わったジークは、眉をひそめて次に首に触れてくる。


「女の子なのに。こんな目立つところに傷がついたら、お嫁に行けないじゃないか」


「別にいいわ。そもそも嫁に行こうだなんて考えていなかったし」


 もともと、自分も炎妖王の火で焼かれてしんでしまうのだと思っていたのだ。


「そんなもったいない。こんなに可愛いのに」


「かわい……」


 自分を褒められて、ユーディットは戸惑う。そんな事、言われたことがない。

 なんだか顔が熱くなって、じくじくとした首の痛みもどこかに遠ざかってしまう。

 じっと首にそそがれるジークの視線が、なんだかくすぐったい。よく見るために顔が近づいてきて、恥ずかしかった。


「髪の色も綺麗だよね。なんだか美味しそうな色に見える」


「え、うぇっ!?」


「じっとしてユーディー」


 紅茶色の髪をよける指先が首筋に触れると、くすぐったい以外にも何か違う感覚がした。

 すぐに水で濡らした布の感触で消えてしまったが。

 ジークは念入りに傷口と周りに固まった血を拭って、薬をつけてくれる。包帯を巻くのも手慣れていた。


「ねぇユーディー。僕は毎度助けに来てあげられないんだ。だからまずい状況になったら、今度は真っ先に逃げるんだよ」


「まぁ、いくら戦友だからって、王子様がわざわざ庶民を助けには来れないだろうけど」


 決着がついたら、ジークはまた王子様としての生活を送るのだ。庶民のユーディットとは関係なくなる。そう思うと寂しいなと思ったのだが。


「いやそうじゃなくて……。必要なら、エリオスに助けるように言ってもいいから。自分を大切にしてって事で」


「でもエリオスだって王子でしょう?」


「呼びつけたらいいよ。そうできるようにしておくし、エリオスも嫌がったりはしないだろうし」


「え? そこまではいいよ! 別に守ってもらわなくても一人で……」


 思わず語尾が小さくなる。

 一人でなんとかできる。

 それは全てが終わった後の事だ。復讐は果たして、国が救われても、父が帰ってくるわけではない。ユーディーは一人残される。


 強烈な寂しさを思い出し、考えたくない、とユーディーはその感情を心の隅に追いやろうとした。

 が、その前に霧散する。


「ああ、どうしよう!」


 ジークが急にがばりと抱きついてきたのだ。


「ちょっ、ジーク?」


 驚きのせいか別な要因か、ユーディットの心臓が大きくはねた。が、嫌ではない。

 思えばこの数日で、ジークにくっつかれるのは慣れたせいか妙に心地よいくらいだ。


「心配だなぁ。一人にさせておいて、また怪我したら嫌じゃないか」


「さすがにこんな怪我は、めったにしないでしょうよ」


 首に剣をつきつけられる状況など、一般庶民では強盗事件にでも出会わないとありえない。


「転んだりするのも心配」


「どうしたの? 急にお母さんみたいな事言い出して」


「ぶつけて青あざつくるのもだめだ」


「ジーク?」


「包丁は持たせない。エリオスにそう言っておく。ああ、紙で指切っちゃうのも嫌だなぁ」


「ちょっと?」


 紙で指を切るぐらいのささいな傷まで嫌がっていては、生活できないではないか。

 一体何の注意事項かと思ったユーディットだったが、すぐに意識が逸らされた。

 ジークが突然抱擁をといたかと思うと、ユーディットの手をそっと捧げ持つようにする。


「本を持つ侍女でもつけるように言っておくよ。だから紙で手を切るようなことしないでおいてほしいな」


 そう言いながら、ジークはユーディットの指先に口づけた。


「ひえっ…………!」


 ユーディットの頭の中は真っ白になった。

 今自分は何をされた? 今までの人生で、こんなことをされたのは皆無ではなかったか。

 世に言うキスというのとは違うとはわかっている。けれどジークのように秀麗な顔をした人が切なそうに指先を見つめているだけで、むずむずしてくるのだ。


「ちょ、ジークっ!」


「さて怪我の治療も終わったし、早々にここから逃げ出しちゃおうか」


 彼はあっさりとユーディットの手を離し、傷薬などを片付けた。

 置いて行かれたように呆然としたユーディットだったが、逃げるという単語に我に返る。


「え? エリオスに会っていかないの?」


 失踪したあげくの、久々の再会ではないのか。あれだけ仲が良いのだから、本に吸い込まれる前にあれこれ話もするのだと思ったのだが。


「いや、それは都合が悪……」


 と言ってる間に、馬車が止まった。

 まるでジークの行動を見越したような流れで、エリオスが入り口の覆いをはねのけてジークに言った。


「さて兄上。失踪なさっていた間のこと、ぎっちりとご説明ねがいたいのですが」

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