くらげの兄弟に関する考察 2
「あー」
ぼんやりと、ため息代わりにユーディットは声を漏らす。
けれど油断はできない。ユーディットは今、騎乗している。馬というのは、ゆっくり歩いていてさえかなり揺れるのだ。
おまけに一人で馬を走らせられないユーディットは、二人乗りだ。
落ちないように、常に鞍の前にある持ち手をにぎっていても、横座りでは安定も悪い。
「早くつかないかな……」
「まだ昼にもなっていないからね」
冷静に答えてくれたのは、後ろに乗っているクリストだ。
横向きに座るユーディットは、左を振り向けばすぐ、彼の顔が見える。糸目の上目尻が垂れているせいか、いつも微笑んでいるように見える人だなと、ユーディットはしみじみと思う。
「夕暮れ前には到着できるはずだよ」
クリストの言葉にかかるように、ざあっと木がざわめいた。音につられて空を見上げれば、鱗をきらめかせた魚が泳いでいる。
「雨魚ですね」
同じように見上げたクリストが言う。
「え、雨が降っちゃうんですか?」
一般的に、雨魚は雨が降ると一斉に出てくる。または、山が火事になったりと住処がおびやかされる事態に襲われた時に、水を降らせるために出てくるのだ。
「いや、群の形成数が少ないですからね。餌の捕食をしているんだな」
「雨魚のえさって……」
「羽虫が主だな。それら『飛ぶ』生き物を食べることによって、空を飛ぶ浮力を得てるという話が……ん?」
クリストがただでさえ細い目を、さらに細める。
その先にいたのは、ふらふらと飛ぶ、うす黄色のくらげだった。
増えようと思えば、池の水でも増えられるらしい謎の生き物は、だからなのかわりと単体で浮いている。黄色のだらんとした触手を持つくらげも、気ままに一匹でふらふらしているようだ。
雨魚の後を追うように空をふらついていたくらげは、不意に強まった風に流されて木の枝にぶつかり、少し低めの「いゃん」という声と共に、花弁みたいに舞い降りてくる。
それを、前を行くエリオスも見つけたようだ。
「ああ、くらげだ」
まるでひきよせられるようにくらげに近づいた彼は、手を伸ばそうとしたところを止められる。
「殿下! あれは雷くらげです!」
「刺されてしまいますよ!」
ハインツと熊のような騎士ふたりがかりで止められ、エリオスは渋々くらげに近づくのをあきらめたようだ。
「なぜそんなにくらげに執着……」
思わずつぶやいてしまったユーディットだったが、それが聞こえてしまったのだろう、エリオスが喜色満面の顔で振り返った。
「兄上のあだ名を、お前も知ってるだろう?」
「あんまり名誉っぽいあだ名じゃない気がするのですが」
「兄上と似ていると思うと、慕わしくみえるんだ」
ユーディットの脊椎反射的なツッコミをも華麗に無視し、エリオスはうっとりとくらげを見つめている。
「あの、花のように幾本もある橙色のラインとかも、綺麗だよな」
と語る様など、かなりアブナイ感じがした。
(まさかこんな強烈に兄を慕っているとは)
少々ドン引きながらも、弟側が兄を慕っている姿にユーディットはほっとする。
自分の気持ちもわからなくなっても、家族を守りたいジークリードの思いは、弟に伝わっているのだ。それが嬉しいのは、ユーディットがジークリードを傷つけてしまったからだろうか。
(でも、わたしもジークリード王子も止めるわけにはいかない)
国を救うために、そしてユーディットは仇を討つために。




