72.対峙
孤児院から全力疾走で橙黄石の鏃亭へ戻ったシンは、宿の主人からソフィアが帰ってきていない事を聞き、目の前が真っ暗になった気がした。彼女と別れてからどのくらい時間が経っただろうか、と思い起こそうとするが、混乱した頭では整理できない。とにかく、大分時間が経っている、としか。
蒼白で狼狽するシンに驚いた宿の主人が何か声を掛けようとしたが、それを振り切る様にシンは再び外へ飛び出した。
本来であれば、熟練冒険者であるシンは、息も切らさず全力で駆ける事など、朝飯前だ。
しかし、ソフィアが突然いなくなったという事で、――たったそれだけで、まともに息が出来ない。ぜいぜいと咽喉を鳴らしながら、彼女と別れた地点に戻り、辺りを必死で窺う。
暗くなった南大通りは殆ど人通りが無い。焦りだけが蓄積し、シンは何とか手掛かりがないか目を凝らした。――その時、
「こんばんはー」
呑気な声がした。驚いて振り返ると、エルテナ神殿の男性神官が歩いていた。両手には濡れた農具を載せた笊を持っている。畑仕事で使い終えた農具を仕舞いに通りかかった、と言ったところか。……そこまで考えてから、シンはハッとして神官に問うた。
「あのっ 少し前、ここでソフィア……銀の髪の、女の子を見ませんでしたか?!」
「ソフィアさん? 随分前ですけど見かけましたよ」
「!!!」
ほんの僅かに息を呑む。それから、神官の方へ駆け寄り彼女の行方を知らないか、何か覚えている事はないか、矢継ぎ早に問う。シンの鬼気迫る勢いに押され、彼は目を白黒とさせながら答えた。
「え、えーと、どこに行ったかは分かりませんけど、お知り合いらしき方と歩いていきましたよ」
「知り合い?! どんな?!」
「え、ええぇ……あ、金髪で、背の高い……やせ型の綺麗な男性で。以前にもソフィアさんが熱を出されたという事で、伝言をしに神殿にいらした事がある方だったと思いますよ」
「――――!!!」
シンの脳裏に、一人の妖精が思い浮かんだ。慌てて神官に礼を述べると、シンは踵を返して春告鳥の翼亭へ向かって駆けだした。
春告鳥の翼亭へ到着すると、店員につかみ掛からんばかりの勢いで“彼”の宿泊する部屋を問う。シンの只ならぬ様相に、店員は事情を聴く事無く、すぐにシンに該当の部屋の場所を返答した。これは、店員のセキュリティ意識が低いからではなく、シンの信頼度が春告鳥の翼亭では非常に高いからだ。数々の依頼をこなす熟練冒険者であり、ティラーダ神官でもあるシンは、この店の店長からも一目置かれている存在なのだ。
部屋の場所を聞いたシンは、階段を駆け上がり真っ直ぐに“彼”の泊まる部屋へと向かう。ほどなくして部屋の扉が見えてきた――その時。
「――――――――っ!!!」
悲鳴の様な細い声がシンの耳に飛び込んできた。瞬間、シンの思考は真っ白になり、気付いたら“彼”の部屋のドアを勢いよく開き、彼女の名を叫んでいた。
「ソフィア!!」
* * * * * * * * * * * * * * *
突然乱入してきたシンに大して驚いた様子もなく、彼は「おやおや」と目を丸くした。逆に、シンは目の前で頽れるソフィアの身体を反射的に抱き寄せ、力を込めた。
「……レグルス、さん」
「やあ、シン君! 遅かったねぇ」
「……っあなたは、何を……っ!! ソフィアに何をしたんです!?」
ぎり、と奥歯を噛みしめながら、シンはベッドに座ってこちらを眺めている彼を眼光鋭く睨んだ。
「やだなぁ、シン君、怖いよ。“何をしたのか”とか……まるで僕が悪者みたいじゃあないか」
演技がかったような仕草で、レグルスは悲しそうに涙をぬぐう振りをした。その反応にカチンときたシンは、ソフィアを腕に抱きながらその場に立ち上がって彼を見下ろした。
「ソフィアが倒れている。……あなたと話していて、ですよね? ――それは、あなたが何か、ソフィアに言ったからじゃないですか?」
「えぇー? 誤解だよ、誤解。そりゃ、話しはしていたけどね? でも、そもそも僕はソフィア君の味方だもの。彼女が望まない事はしないよ」
「ソフィアが望んだとしても、話しの中で伝えるべきではない事を言ったんじゃないんですか?!」
「え? なになに? どういう事?」
にこにこと興味深そうに――まるで空気を読まずに、レグルスはシンを見た。少なくとも、シンは怒りのゲージが振り切れており、自覚するほど殺気が駄々洩れだ。それを前に――この平静さ。ただの旅の吟遊詩人などではないと薄々感じてはいたが、油断してはならない人物、否、要注意人物、とシンの中で彼の評価が書き変わった。
部屋のドアは入って来た時のまま開け放ってある。腕の中には己の命より大切な掌中の玉。その彼女を抱く腕に、僅かに力を込めると、彼女の体温が触れている場所からゆっくりと伝わってきた。――そうする事で、漸くシンは少しだけ冷静になれた。小さく鼻から息を吸い、そっと口から吐き出すと、シンはゆっくりとレグルスに語り掛けた。
「あなたは……ソフィアが望んだからといって、余計なことを彼女に言ったんじゃないんですか?」
「余計な事?」
「彼女が知るべきではない事です」
「えー? そんなの僕分からないよ。逆に、シン君は知ってるのかい? “ソフィアが知るべきではない事”を」
「そんなの……っ 少し考えれば分かる事じゃないですか! 彼女が知って傷つくかもしれない事ですよ!」
「知って傷つく事は、言っちゃ駄目なのかい?」
「当たり前でしょう?!」
「それは何故だい?」
きょとんとした様に問い返され、シンは眩暈を感じた。辛うじてよろけるのを堪えてから、きつい視線をレグルスへ投げかけつつ、意見をいう為に口を開いた。しかし、先にレグルスが言葉を発する。
「知って傷つくかもしれないから、と決めつけて、知りたいと望む彼女に真実を伝えないと判断するのは、傲慢ではないのかい?」
「傲慢、って……、」
「それにさぁ、そもそも、この子が“知っていい事”と、“知るべきではない事”を、何故シン君が決めるんだい?」
相変わらずにこにこと笑いながら、レグルスは不思議そうに問いかける。――そこに怒りや苛立ちは無い。本当に純粋に愉しそうに笑っている。それに気付き、逆に底知れない恐ろしさを感じた。動揺を悟られない様に、可能な限りの演技力を総動員してシンは答えた。
「それは、……僕は少なくとも、彼女より年長ですし、それに、僕自身、彼女の保護者のつもりですから」
すると、レグルスはパッと笑顔になると、パチパチパチ、と拍手をした。
「あっはは☆ そうかぁ、シン君は今もソフィアの保護者なんだね! なるほど、だから入って来た時、あんなものすごい形相だったのかぁ!」
「……揶揄わないでください。僕の質問に答えて下さい。ソフィアに何を言ったんです?」
「えぇー? それ、答えなきゃ駄目ぇ? 僕が」
「ええ」
短く返すシンに、レグルスは「うーん」とのんびり考え込む仕草をする。それから、すぐに「あ、そうだ!」と、何か良い事を閃いたかのように顔を輝かせながら、座っていたベッドから立ち上がった。
「じゃあさ、僕からシン君に質問! その答えによって決めるよ!」
「質問、ですか?」
「うんうん」
「……分かりました、どうぞ」
立ち上がったレグルスを、表面上は動かずに、心の内では十分に警戒しながらシンは頷いた。レグルスの方はと言うと、満足そうににこにこと笑いながら大きく頷いた。
「じゃ、聞くよー? シン君から見たその子は、どんな子だい?」
その子、という部分でソフィアを示しつつ、レグルスは尋ねた。予想外の質問に、シンは面食らった。どんな、と聞かれている意図が分からない。シンから見てどう見えるか、という事だろうか。腕の中で意識を失っている彼女の顔に、無意識に視線を落とす。固く閉ざされた瞼の長い銀の睫毛が、白磁の頬に影を作っている。シンにとっては掛け替えの無い、守らなくてはならない存在だ。部屋に入ったと同時にソフィアが倒れるのを目撃し、動揺と焦燥の中で、今の今まで、碌にレグルスから情報を得られていない事に気付き、シンは苦虫を噛み潰した。――何と言っても、目の前の妖精は掴みどころがなく、得体が知れない。常ににこやかだが、キャロルとは異なり本心が全く見えない。
「シンくーん? どうかしたかい?」
呑気な声がかかり、ハッとしてシンは顔を上げた。すぐ目の前にレグルスがシンの顔を覗き込んでいた。思わぬ近い距離にぎょっとしてシンは一歩後ずさった。
「あっはは☆ シン君、そんな吃驚するほど考え込んでいたのかい? そんな難しく考えなくていいよ。シン君から見た“ソフィア像”を教えてくれるだけで良いんだから」
愉快そうに笑いながら片手を振り、レグルスはゆっくりと部屋の窓の近くまで歩いて行った。その後ろ姿を見ながら、シンは顔を顰めた。――あんな距離にいるのに、気配を全く感じなかった。シンの思っていた以上に、彼は油断ならない人物なのかもしれない。
しかし、レグルスの質問に答える事で、ソフィアに何があったのか聞く事が出来る――はずだ。シンは小さく深呼吸してから口を開いた。
「僕から見たソフィアは、……真面目で、律儀で、……不器用で、人に甘えるのが苦手で、他人に気を遣ってばかりで。――たくさん傷ついているはずなのに、人を傷つける事を恐れて、それでまた傷ついて……繊細で、優しくて、真っ直ぐで、純粋で、……僕にとっては何よりも大切な女性です」
言いながら、シンは腕の中の彼女に再び目を落とした。彼女に触れるだけで、見つめるだけで、シンの胸の中には温かさが湧き出て広がり、癒されていく気がした。
窓から夜空を見上げつつ、レグルスは口の中でポツリと「随分と美化したものだねぇ」と小さく呟いた。――その言葉は、勿論シンの耳に届く事はない。
くるりと振り返ってシンの顔を見たレグルスは、にっこりと笑った。
「ぶっぶー、だよ、シン君!」
「え?」
「ダメダメ。僕から見たソフィア君と、全然違う。だから、僕から君に話せることは無いね」
「なっ」
レグルスの言葉に、シンは絶句した。そしてすぐにむっとして口を開いた。
「印象など、人それぞれでしょう? 違っているから何だというんですか」
「そうだね。けど、僕は先に言っていたよ? 質問の答えによって決める、ってね☆」
ばっちーん☆ とウィンクをして答えるレグルスに、苛立ちを隠せずにシンは言葉を続けた。
「それは……最初から、話すつもりがなかったという事ですか?」
「そんな事は無いさ。少なくとも、僕が持つ印象と一つでも近いものがあればちゃんと話していたよ?」
困った様に肩を竦めながら答えるレグルスは、やはり妙に演技がかって見えた。それがシンの神経を逆なでする。
「一体、何だというんです?!」
「こらこら、シン君。そんな事で苛々していては、大切な事を見落としてしまうよ」
子どもをあやす様な口調で言われ、カッと頭に血が上ったシンはレグルスを睨みつけてやろうと視線を向けた――が、思わぬ穏やかな双眸に気勢をそがれた。
「そうだねぇ……一つだけ教えてあげよう。ソフィア君はね、“可哀想な子”なんだよ」
その言葉は、彼女のヴルズィアでの暮らしを知っているからこそ言える事だと思い、シンは僅かに眉を顰めて問うた。
「やっぱりあなたは、ソフィアをずっと前から知ってるんですね?」
「まぁ、それもあるかもしれないが」
「ソフィアは、自分は可哀想じゃないと言っていましたよ」
「そうかもしれないね。でも、僕が言いたいのは――過去も、未来も、全部ひっくるめての事だよ」
「え?」
「この先もずっとだ」
部屋の中にあるランタンの灯りで照らされたレグルスの笑みは、どこかしら悲しみを帯びている様にも見える。――己の知らない事を、この目の前の妖精はどのくらい知っているのだろう。悔しさよりも、どうやったら知れるのか、という歯痒さが勝る。
「僕からの話しはお仕舞い。どうしても知りたいなら、ソフィア君に聞くのが良い。――君が出来るのならね」
最後の言葉に引っ掛かりを覚え、シンは聞き返した。
「どういう事ですか」
「ええぇー、だって、シン君が言ったんじゃないか」
「? はい?」
「ソフィア君が倒れる様な事を、僕が言ったって」
不貞腐れた様に頬を膨らませて――擬音を付けるとしたら「ぷんぷん!」だ――、レグルスは両腕を組んでシンを見た。
「そんな事を、今度はソフィア自身に語らせるのかい?」
「!!」
「その事を聞いたら、今度はシン君が傷つくかもしれないよね? うん、きっとそうだ。……そしたら、ソフィア君は自分を責めるんじゃないかな? シン君の話しでは」
「っそ、れは……っ」
「ね?」
にこにこ、と腹立たしい程の笑顔でレグルスが尋ねる。
「ソフィア君は2倍、3倍と傷つくよね? それを出来るのかい? 君が」
「あなたが教えてくれたら、そんな事にはならないでしょう?!」
「おやおや、今度は僕のせいかい?」
組んでいた両腕を解き、大仰に両手を広げてレグルスは驚いて見せた。
「言っただろう? 僕は質問の答えによって決めた。――後は、シン君がどうするか決めるといい」
「――っあな、たという人は……っ」
「あのねぇ、シン君」
怒り心頭で声を震わせるシンを、宥める様に、やや呆れ交じりに見やりつつ、レグルスは上げていた手を下ろした。
「僕は一番最初に言ったはずだよ」
演技の入っていない穏やかな声音に、シンは彼を見た。新緑色の輝きが宿る双眸は、明るさを保ったままシンを見つめ返した。
「僕はソフィア君の味方だもの。彼女が望まない事はしないよ」
――――“彼女が望まない事はしない”
それが、レグルスの出した結論だという事ならば、――ソフィアは、レグルスが伝えた事をシンが知る事をよしとしない、という事になる。
呆然と佇むシンに、レグルスは淡く微笑んで言った。
「さぁ、もうお帰り。もうすぐ夜が更ける」
* * * * * * * * * * * * * * *
どのようにして橙黄石の鏃亭に戻ったか、記憶が定かではない。
気付いたら部屋にいて、ベッドにソフィアを寝かせ、その傍らにシンは座っていた。
――宿の主人に、きちんと詫びと礼を言っただろうか。
そんな事を考えてから、シンは項垂れたまま自嘲した。
あんなに、話しにならないとは思わなかった。――レグルスが、ではない。己自身が、だ。
確かにレグルスはとんだ食わせ者だったが、冷静さを欠き、激情のままに突っ走り、碌な情報もつかめず、子ども同然にあしらわれて、――何が“年長者”だ。……何が“保護者”だ。
両腿の上に肘を乗せ、シンは両手で顔を覆う様に俯いた。
「……聞いて呆れる、だよね」
吐き捨てる様に言ったつもりが、滑稽な程弱々しい声音になり、シンは唇を噛んだ。油断すると涙が滲みそうになるのを堪え、両瞼をきつく閉じる。
「ソフィア……」
何かに救いを求めたくて、それで口するのは彼女の名前だ。――ソフィアを守ると言っておきながら、これではまるで、シンがソフィアに縋っている様なものだ。それでも、
「ソフィア、……ソフィア、お願いだ」
どこにも行かないで、と声に出せずにシンは顔を覆ったまま声を殺して涙を流した。
* * * * * * * * * * * * * * *
翌朝、早くに目を覚ましたシンは、ベッドに腰掛けたまま上半身だけ横になっていた事に気付き、慌てて体を起こした。昨夜、部屋に戻ってからいつの間にか眠ってしまっていたらしい。両頬がややごわつく。顔に手をやると、指にざらりとした感触があり、泣きながら眠ってしまった事に思い至り、恥ずかしさから顔が熱くなった。そっとベッドに横たわったままのソフィアを見ると、起きる気配は全くなかった。少しほっとして、シンは立ち上がると盥の水で顔を洗った。
身支度を整えてから、改めてソフィアの様子を窺うが、やはり昏々と眠っている。すぐには起きないだろうと判断し、シンは宿の1階へ食事を買いに降りる事にした。
階下の酒場は、まだ早朝なだけあって客は誰もいなかった。厨房でこの宿の主人が食事の下ごしらえをしているのを見つけ、シンは声を掛けた。
「おはよう」
「あ、シンさん、おはようございますぅ」
手を止めて、宿の主人は間延びした声を返した。
「昨日、バタバタしてごめんね」
「いえいえぇ ソフィアさん見付かって良かったですねぇ」
「うん、ありがとう」
どうやら昨夜戻った際に、最低限の挨拶はしたらしい。胸を撫で下ろしてシンは朝食を2人分注文した。
食事をもって部屋に戻ったが、やはりソフィアは眠ったままだった。――ここで漸く、シンは異常に気が付いた。
「ソフィア……?」
あまりにも、起きる気配が無い。――アーレンビー家で倒れた時とは明らかに異なる。食事の載ったトレイをテーブルに置き、足早にベッドへ近寄る。
「ソフィア、……ソフィア?」
眠る彼女の両肩をそっと手で揺らすが、閉じられた瞳が開く事はない。全身から血の気が引いて行くのを感じつつ、シンは彼女の口元へ片手の甲を当てる。――小さく、だが穏やかな息がかかり、僅かだが安堵する。しかし、これは明らかに様子がおかしい。
「魔法の眠り……いや、それなら少しでも揺さぶれば起きるはず。――じゃあ、なんだ? 精霊の力? 僕の知らない魔法?」
狼狽を少しでも収めようと、考えを口に出しながらシンはソフィアをそっと抱き起した。――相変わらず、羽毛の様に軽い身体だった。細い肩は、シンが少しでも力の加減を誤れば折れてしまうだろう。
「どうしよう……医者……ううん、魔法に詳しい人……あ、キャロルさん! ……って、駄目だ、こんなソフィアを置いて、あそこまで行くのは無理だ。――いや、連れて行けば……って、駄目だっ 南門の近くに妖魔が出たって話だし、ソフィアを連れて行って何かあったら大変だ。……あ、でも、ネアちゃんかシアンに一緒に来てもらえば……って、駄目だ、ソフィアの事を、ソフィアに断りなく勝手に話すのは良くないし」
腕の中のソフィアを見たり、窓の外を見たり、部屋のドアを見たり、と忙しなく視線を動かしながら、シンは思考を巡らせた。――本人が以前にも言っていた通り、シンはあまり頭脳を使った行動は得意ではない。
「っ駄目だーっ いい方法が思いつかない!!」
耐えきれずに叫び、シンは抱き起していたソフィアの肩口に勢いよく顔を埋めた。途端にふわり、と僅かに甘い香りがシンを包む。――彼女の香りだ。目を閉じると、混乱していた心が落ち着いてきた。
「……」
このまま、眠る彼女に寄り添って、起きるまで傍にいたい。しかし、彼女の為に調べたい事は山積みだ。――それに、昨日、ミアにも約束してしまった。妖魔に襲われた場所を調べると。
「……ごめん、ソフィア。――でも、やっぱり、一番いい方法は、これしかない、というか、他にいい方法が思いつかない」
彼女が起きたら、いくらでも叱られて、いくらでも謝ろう。彼女が目を覚ましてくれるなら。
部屋の中の荷物を簡単にまとめると、シンは2人分の最低限の衣類を詰め込だ背負い袋を背負い、ソフィアを両手で抱き上げた。それから、宿の主人に部屋の維持を頼むと孤児院へ向かって歩き始めた。




