14.謎【挿絵あり】
4/6 02:22
一部、分かりにくい言い回しを修正しました。
投稿後にごめんなさいm(_ _)m
村長の家の客間は2階に4室ある。ソフィア、シン、ネアの3人はひとまず依頼を果たす事は出来たが、思い掛けない中級妖魔との遭遇があり、村長の厚意でその客間に宿泊する事となった。
客間の一室を宛がわれたソフィアだが、元々大して熟睡する性質ではない。その上、昨日の昼間にあった中級妖魔との戦いの為か、いつも以上に輪をかけて眠りが浅いまま翌朝を迎えた。
確か昨日の朝と同じ頃にソフィアの部屋に再度集まるという事になっていたはず。幸い寝起きは良い方なのでさっさとベッドから抜け出ると、取り急ぎ部屋に据え置かれた小さな水瓶から盥に水を注ぎ、顔を洗うと寝巻きにしている元いた世界で着ていた服(アトリが綺麗に洗濯をしてくれた)を脱ぎ、生成りのワンピースに袖を通す。次いで手早く髪を頭の上の方で左右に結い上げた。窓に取り付けられた鎧戸を少し開けるが、東の空はまだ暗いままだった。日が登るまではまだ少し時間がありそうだ。
ネアとシンが来るまでには恐らくもう少しかかるだろう。2人を待つ間、自分なりに状況を整理しようと考え、ソフィアはベッドに腰掛けた。
(まずは、間違いないと分かっている情報と、そうではない情報に分けてみようかしら)
背負い袋から羊皮紙2枚、羽ペンとインクを取り出す。羊皮紙の1枚には“確定”、もう1枚には“不確定”と題字を書き込む。
(確定している事……これは、まず最初に中級妖魔の事が上げられるわね)
昨日、村人達やソフィア自身も襲われたのだ。目撃情報どころの話しではない。体験済だ。
“確定”の羊皮紙に書き込もうとしてから、少し小首を傾げて思案する。
(箇条書きの方が整理しやすいかもしれない……?)
そこで、それぞれの羊皮紙に情報を書き込むことにした。
【確定】
・村には妖魔が出る (中級妖魔)
・村長は妖魔が出るのを知っていた
・村長は春告鳥の翼亭に妖魔退治の依頼を出した
・ネアとシンは中級妖魔より強い (=低級妖魔よりもっと強い)
【不確定】
・村には低級妖魔が出る
・妖魔は森から来る (=森に根城?)
・村長は中級妖魔が出るとは思わなかった
・村にいる冒険者は我々のみ
・中級妖魔に囮は有効
「……うーん」
もっと書き出そうとするも、思っていた以上に情報が無い。思わず小さく唸り声を上げた時、唐突に頭上から呆れを含んだテノールが降ってきた。
「囮は有効、って……これは確定かもしれないけど、却下だからね?」
驚いて悲鳴を上げそうになるも何とか堪えた。そのまま、非難を込めた目で見上げると、予想通り困ったように笑うシンが目の前に羊皮紙を覗き込むように立っていた。早朝の為、音量を控えつつ詰る。
「女性の部屋にノックもしないで失礼だわ?」
「何度もしたんだよ。でも返事が無いから心配になって。――何事も無かったみたいで良かった」
あっけらかんとシンは答えた。絶対に嘘だ、と頬を膨らませるが、反論したところで何だかんだと丸め込まれそうに感じたため、ソフィアは閉口した。
「もう、信じてないでしょ。まぁいいけど。――それより、このまとめ方、いいね。分かりやすい」
クスッと笑いながらシンはソフィアの隣に座る。そのままソフィアが止める間もなく勝手に羊皮紙を1枚手に取り目を通した。それから、ふと笑みを収めて思案顔になると「なるほどね」と小さく呟いてからゆっくりと表情を和らげて口を開いた。
「囮については、“弱そうな方へ向かう”っていう妖魔の性質だから……確定事項と言えば確定事項なんだけど、もうあんまり使って欲しくは無いかな」
「あなたは使っていたじゃない」
「あれはたまたまそうなっただけだよ。それに、そうでも言わないと、ソフィアは報酬を受取ってくれなかったでしょ」
「あなた、やっぱり」
「まぁまぁ」
ソフィアの詰問を笑って遮り、シンは羊皮紙に再び目を戻す。
「一番気になるのは……そうだね、村長がどういう意図で依頼をしていたのか、だよね。単純に何か誤解があるのかもしれないし、――考えたくないけど、何か裏があるかもしれない」
「……裏?」
「うん。依頼人が全て信用できる人とは限らない」
「そ、村長でしょ、あの人……」
シンの言い様に唖然となり、思わず眉を顰めて見やるが彼は真面目な顔をしていた。
「村長でも後ろ暗い人はたくさんいるよ。それに、依頼自体を他の事の隠蔽工作として使うとか……あと、村長がいい人でも、他の人が利用している可能性だってある」
「え……えぇ……?」
「汚い事を考える人は山ほどいるからねぇ」
のんびりとした口調で微笑を湛えつつシンは辛辣な言葉を述べた。それなりに年月を重ねているからこそ様々な人間を見てきたのかもしれない。それでも意外に感じてソフィアはじっと隣に座る彼の横顔を見た。その視線に気付いたのか、シンが羊皮紙から顔を上げて曖昧に微笑む。
「……怖がらせちゃったかな」
「別に怖いとかじゃないけど。……あなたは基本的に他人に好意的な人だと思ってたから、意外ではあったわね」
「ふふ、まぁ……そうだね。そっちの方が人好きするでしょ」
にっこりとシンは笑みを浮かべる。その言葉の意味が理解できず、思わずソフィアは問い返そうとしたが、そのタイミングで部屋のドアがノックされた。応じるとドアから身なりを整えたネアが入ってくる。まだ鎧は身に着けておらず上質な布地で胸元に同色の糸で美しい刺繍が施された薄桃色のワンピース姿だった。
「おはようございます。お2人は相変わらずお早いですのね」
言いながら、文机から椅子を引き、ソフィアとシンの前に持ってくるとそのまま座る。それからシンの手にしている羊皮紙に目を留めると目を丸くした。
「あら、羊皮紙を使ってまとめてらっしゃるのね。わたくしも拝見して良いかしら」
「うん、どうぞ。ソフィアがまとめてくれてたものだけど、分かりやすくていいよ」
「それは僥倖ね」
シンが差し出した羊皮紙を手に取ろうと彼女が前かがみになるとサラリと紅桃色の髪が揺れて柑橘系の爽やかな香りがソフィアの鼻をくすぐった。
(なにかしら? 何だか……いい香り)
ついついネアの方を見てしまい、視線に気付いたネアがこちらへ目を向ける前に慌てて目線を逸らした。ネアの髪から香るそれはソフィアの知識には無いものだった為、オレンジかレモンに似た匂いが薄っすらする様な感じ、としか表現できなかった。聞く機会は無さそうだが、あったとしてもこれでは聞きようが無い。
そんなくだらないことを考えていると、ネアが羊皮紙の一文を指で示しながら顔を上げた。
「ねぇ、ソフィアさん。この不確定事項にある“村にいる冒険者は我々のみ”っていうのはどういう事かしら?」
「え? あ、ええ……え、と……」
唐突に問われて口ごもる。人とコミュニケーションをとる事は少しは慣れたが、情報を組み立てて伝える事は相変わらず不得手なままだ。早く答えなくては、と思えば思うほど焦ってしまい、上手くまとまらない。察したのか、シンがそっとソフィアの背に手を添えて微笑んだ。
「焦らなくて大丈夫だよ。ね? ネアちゃん」
「ええ、もちろん」
ネアもシンの言葉に相槌を打つ。ソフィアは反射的にシンの手を避けつつ、さり気なさを装ってベッドから立ち上がり、躊躇いがちに口を開いた。
「大した理由じゃないんだけど、冒険者の依頼がかぶる事って無いのかしらって思って」
「かぶる……?」
「実は低級妖魔も中級妖魔も両方いて、……あたし達が来る前に中級妖魔を他の冒険者の人が退治しちゃったとか。……確かめたわけじゃないから、あたし達以外に冒険者が雇われていてもおかしくない……し。――もし先に中級妖魔退治として誰か他の人達が雇われていて、その後に残りの低級妖魔退治を追加で依頼を出したとしたら、って思って。……でも、中級妖魔が討伐しきれていなくて、“残党”がいたとしたら、あたし達が来る前に、また低級妖魔と中級妖魔、両方出る様になってもおかしくないんじゃないかしら。……昨日はたまたま中級妖魔が出たってだけで……」
言葉を選びながらゆっくりと説明すると、シンとネアはやや驚いた様に目を丸くして顔を見合わせた。
「なるほど、ありえますわね」
「ソフィア、それ、良い線行っているかもしれないね」
* * * * * * * * * * * * * * *
階下に降りると村長の妻が朝食の準備を整えているところだった。
「あ、僕手伝うよ!」
シンがにこやかに声を掛けるが「お客様にそのような事はさせられません」と丁重にお断りされた。仕方なく大人しく3人が席に着くと、丁度良いタイミングで村長が入室してきた。
「おはようございます、冒険者の皆様。よく眠れましたか?」
「ええ、とっても。お気遣い頂きありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。少しでもお疲れが癒えたのであれば何よりです」
ネアが笑顔で応対すると、村長も相好を崩した。それを狙い済ましたかのように「ところで」とシンが口火を切る。
「少し気になる事があるんだけど、聞いてもいいかな」
「はい? なんでしょう」
「昨日の中級妖魔の件。村長さんは低級妖魔退治を依頼してたけど、中級妖魔については情報が無かったのかなって思って」
「えっ」
完全に油断をしていたのか、村長は思わず小さく声を漏らした後、おろおろと視線を泳がせた。
「ああ、唐突にごめんなさいませ。村長さんを疑っている訳ではありませんのよ。言い方が悪かったですわね、わたくしから後で彼にはきちんと言っておきますわ」
絶妙なタイミングでネアが助け舟らしきセリフを口にする。ほっとしたのか村長はネアに縋るような眼差しを向けた。
「本当に最近は低級妖魔が出ていたんですよ! わしらは決して冒険者の皆様を蔑ろにしようとした訳では」
「ええ、わたくし共もそれを疑ったりはしておりませんわ。ねぇ、シンさん、ソフィアさん?」
「うん、それはもちろん」
「え……えっ? あっ え、ええ……」
爽やかに微笑みながら頷くシンに若干引きながら、ソフィアも慌ててこくこくと頷く。ネアとシンは慣れているのか本音を微塵も感じさせる事無く微笑みという仮面を綺麗に被りながら続けた。
「疑ってなどおりませんけど、気にはなっていますわ。昨日倒した中級妖魔が想定外の妖魔で、村長さんが元々依頼していた低級妖魔は討伐し損ねている可能性がありますもの。その状態でわたくし達がクナートへ戻った場合、またこの村は低級妖魔の脅威に晒されてしまいますでしょう?」
「僕達としては、請けた依頼はきちんとこなしたのを確認してから町に戻りたいんだよね」
「ええ、心配ですものね」
「だから、村長さん、何か知らない?」
にこやかに、いかにも害意はないといった態でネアとシンは畳み掛ける様に村長へ語りかける。
(……これは怖いわ。あたしなら隠し事できない)
油断したら引き攣りそうになる顔の筋肉を必死で押さえながら、ソフィアはそのやり取りを見守っていた。――村長の方は既に、完全に頬の筋肉が引き攣っていたが。
「いえいえ、違うんです! 確かに前までは中級妖魔が頻繁に出てはいたんですが、最近は低級妖魔と交代したようで……」
「妖魔は上位から下位に交代したりしないよ?」
「まぁまぁシンさん。村長さんはご存知ないかもしれなくてよ」
「い、いや、知っとります。知っとるのですが……」
「あら、ご存知でしたの? では、どういう事ですの?」
ぴくり、とネアの整った眉が片方上がる。心なしか視線も厳しくなった気がする。
「あ、あの!」
女性の声が緊張した空気を破った。声の方を見やると、村長の妻が食事を載せたトレイを持ったまま、部屋の入り口に立っていた。
「隠そうとした訳ではないんです。実際、ここ最近は本当に低級妖魔しか出ていなかったんです!」
「奥様、わたくし達は村長さんを責めている訳ではありません。冒険者として依頼を請けて参った以上、こちらの村の安全を確認した上で町に戻りたい。ただそれだけですわ」
「低級妖魔しか出てなかったとしたら、尚更このまま町には戻れないよね。だって僕達、まだ低級妖魔と戦っていないもの」
シンもネアに言葉を添える。慌てて村長は言葉を続けた。
「し、しかし、元々は中級妖魔しか出ていなかったんです。それが、ここ数日で急に低級妖魔が出るようになって、逆に中級妖魔が消えまして……」
予想外の言葉を聞いてネアとシンは思わず顔を見合わせた。
「消えた?」
「出なくなったって事かな」
2人の言葉に村長は大きく頷く。
「は、はい、そうです……中級妖魔が出なくなったのは何よりですし、低級妖魔程度でしたら村の金を集めて冒険者に討伐を依頼出来そうだったので……依頼を出したのです」
そっとソフィアにシンが「対象の妖魔によって、冒険者を雇う為の基本料金が変わってくるんだよ」と耳打ちで解説をした。低級妖魔と中級妖魔では、倍までは行かないまでもそれなりに料金が異なるらしい。
「そしたら、まさか――中級妖魔が出るとは。……それでも、以前と同じで中級妖魔が出たという事であれば、低級妖魔は出てこなくなるでしょうし、中級妖魔も昨日皆さんに数多く討伐して頂きましたから、しばらくは村も安泰だと……」
「え、」
村長の言葉に引っかかるものを感じて、思わずソフィアは小さく声を上げた。傍らのシンが気付き「どうしたの?」と水を向けた。急に会話を振られてぎょっと身を竦ませたが、既に村長とネアもソフィアの方を注視している。どうにでもなれ、と思い切ってソフィアは口を開いた。
「その、あなた、は……なぜ、中級妖魔が出たら低級妖魔は出てこなくなる、って、思っているの? ……あ、何だか、自信が、ありそうな言い方……だった、から?」
開き直ってはみたものの、発言はたどたどしいものだった。それでもその言葉に、シンとネアは満足そうに笑みを浮かべた。逆に、村長は困惑の表情を浮かべている。
「なぜって……今までそうだったんです」
「今まで……?」
「ええ。――あ、ええとですね、低級妖魔の根城とこの村の間に、中級妖魔の根城があるのですよ」
「なんですって?」
「そうか、それで!」
思わずネアとシンが声を上げる。どういう事か分からずにシンを見上げると、彼は微苦笑してソフィアを見つめ返した。
「今まで中級妖魔が出ていた時に低級妖魔が出なかった理由としては、中級妖魔の根城近くを通らなくては村に行く事が出来なかったからって事だよ」
「? そうなの?」
「うん。妖魔にも普通に縄張りがあるからね。もし低級妖魔が村に行く為に中級妖魔の縄張りに入ったとしたら、すぐに戦いが起こるし、低級妖魔が中級妖魔に勝つ事はほぼ不可能だ。だから“中級妖魔が出没していた頃”は低級妖魔が出なかった。――逆に、中級妖魔が出なくなったタイミングで……」
「低級妖魔が出るようになった、という事ですわね」
シンの語尾を捕らえて、ネアが頷く。情報を整理しながら困惑気味にソフィアは小首を傾げる。
「じゃあ……ええと、つまり、昨日のって……」
「うん、最近の状況と変わって、また以前のように中級妖魔が出るようになったという事だよね」
「という事は、――最近になって中級妖魔が“何らかの理由”でいなくなった……事によって低級妖魔が村近くに目撃されるようになった。けれども、昨日はいなくなっていたはずの中級妖魔がまた出てきた、って事?」
「そうそう」
「ややこしいですわねぇ」
「じゃあ……中級妖魔がいなくなっていた“何らかの理由”が分からないと、またいつ逆転するか分からない……って事よね?」
神妙な顔でソフィアは小さく呟くと、よくできました、と言わんばかりにシンは満面の笑みを湛えた。だが、逆に村長夫婦はその言葉に表情を強張らせた。
「そ、そんなまさか……」
「いえ、調べてみないと分かりませんわ。このまま依頼を続行しますけど、よろしいでしょうか?」
「し、しかし……」
テアレムは小さな村だ。妖魔討伐に割く資金は恐らく多くは無いのだろう。村長は青ざめた顔で判断に迷っているようだった。
「もし中級妖魔と低級妖魔の根城が近くにあったとしても、きちんと討伐をすれば、補助金が下りるんじゃないかな」
「し、しかし、申請が通るか……」
「そこはちゃんと、春告鳥の翼亭からも討伐報告を上げるし。中級妖魔と低級妖魔をまとめて討伐なんて一般の村人じゃ荷が勝ちすぎてるし、かといって自警団や騎士団なんて派遣は難しいだろうからね。冒険者が討伐代行をするなんて珍しいことじゃないよ」
「良いアイディアですわね。この村はクナートから出る東街道沿いにあります。つまり、クナートから東方面へ向かう旅人や商隊がよく使うという事ですわ。物流を安全に行うために必要な討伐という名目も立ちますもの」
「ああ、なるほど……」
村長の顔に色が戻ってきた。そして妻と顔を見合わせて一つ頷くと、ネア、シン、ソフィアの顔を順に見つめてから頭を下げた。
「勝手を言って申し訳ありません。ですがお願いです。どうか、このまま調査をお願いします……!」
「もちろんですわ」
「うん、任せておいて!」
――こうして3人は、テアレムでの調査を続行する事となったのだった。
あともう1話でテアレム編(?)終了予定!
今週中にはUPしたいな……って言ってていつも遅刻するのですが(>_<;)
読んで下さる皆さん、ありがとうございます。
なるべく誤字を減らせるように頑張ります……!