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螺旋のきざはし  作者: hake
第二章
101/110

9.冒険の後



 根城の外に出てきた中級妖魔ホブゴブリン達を一網打尽にしたマリアベル一行は、当初の予定通り根城の入り口周囲の土を崩し、入念に洞穴ほらあなを塞ぐことにした。――とはいえ、最初のシアンの一蹴で洞穴ほらあなの入り口はほぼ塞がっていた為、どちらかというと“穴を塞いでいる土を踏み固めて、更に土を被せる”という()()()的なものだ。

 結果、大して時間もかからずに中級妖魔ホブゴブリンの根城は見る影もなく塞がれたのだった。



 その後、一行は念の為に二手に分かれて周囲の探索を行った。根城の洞穴ほらあなから奥をシアン、ピーターが。手前をシュウカ、マリアベル、ベンが調べる。日暮れ近くまで探索したが、妖魔モンスター――もちろん中級妖魔ホブゴブリン含む――は確認できなかった。

 一同は「これだけ探しても出てこないという事は、もう大丈夫だろう」という意見で一致し、日暮れ前に村に戻る事にした。



 村に戻った一行は、そのまま真っ直ぐに村長の家を訪れ、根城の様子と周囲の状況をシアンが代表して報告をした。


「俺らで半日以上かけて周囲を探索しても妖魔モンスター1匹とも遭遇しなかったから、多分もう大丈夫だと思うぜ。根城も入り口を完全に塞いできたしな」

「本当ですか?! あぁ良かった……ありがとうございます!」


 安堵の表情を浮かべた村長が、傍らの妻と顔を見合わせながら一行に頭を下げた。その様子を見て、シアンは逆に顔を曇らせた。


「ただ、やっぱ、“絶対に大丈夫だ”とは言えない。だから、万が一何かあったらいつでも春告鳥フォルタナの翼亭に言いに来てくれ」

「ええ、ええ。仰ることはよく分かります。特に、半年ほど前から、妖魔モンスターの動きが活発と聞きますからね」


 頷く村長と、応対するシアンを交互に見て、マリアベルは口元に手を充てて思案した。――半年ほど前、と言えば、確か芸術大国ワーゼンと港町クナートが妖魔モンスターの群れに襲われた時期だ。そういえば、シアンが春告鳥フォルタナの翼亭で「ここ最近は特に、町の周辺で妖魔モンスターが増えている」と言っていた。

 何かよからぬことが起こる前触れではないと良いのだが。――そう心の中で呟いてから、マリアベルは己の縁起の悪い想像に苦い顔をして小さく息を吐きだした。



 その後、一行は村長の厚意に甘えてもう一晩宿泊させてもらい、翌日の昼前にテアレムを後にした。



 幸い、何事もなく日没前にクナートまで帰り着いた一同は、その足で春告鳥フォルタナの翼亭へと向かった。マリアベルとシュウカは春告鳥フォルタナの翼亭に泊まっているが、ベン、ピーターは別の宿に泊まっており、シアンは東区にある屋敷に居候しているという。

 すぐに解散しなかったのは、「せっかくだから依頼遂行後の申請も見てろ」と言うシアンの言葉に甘え、新米ビギナー冒険者の3人は春告鳥フォルタナの翼亭のカウンターで店員に報告を行うシアンの一挙手一投足を見学させてもらった。さすがは中堅冒険者だけあって、手慣れた順序で仕事内容の報告を行い、10分も掛からずにシアンの手には報酬の金が渡された。マリアベルやピーターは、報酬の金を全員で均等に分けるのは申し訳ないのではないか、と遠慮したのだが、シアン、シュウカは「黙って受け取っとけ」と譲らず、結果、山分けする事になった。

 そのまま、5人は春告鳥フォルタナの翼亭の酒場で依頼遂行の祝杯を上げ、大いに飲み食いし、楽しい夜を過ごした。



 ――こうして、マリアベルの初冒険はめでたく終了したのだった。



* * * * * * * * * * * * * * *



 翌朝。


 普段より多く酒を飲んだせいか、いつもより少し寝坊をして目を覚ましたマリアベルは、寝惚け眼をこすりつつ、あちこちにぶつかりながら顔を洗う為の水盥の前までやって来た。


「ふあぁ…………っうぅ、昨日はさすがに調子に乗り過ぎたか……」


 欠伸あくびを噛み殺しながら身体を伸ばすと、ほんの僅かに頭に痛みを感じた。そこでふと、昨日の事を思い返す。――ワインの瓶を1本空けたところまでは覚えている。その後、どうにも愉快でたまらなくなり、シアンやシュウカ、ベン、ピーターへ、次々と絡んでしまった気がする。――それから先は分からない。そう気付いてしまった途端、マリアベルは頭から冷水をかけられたように感じて固まった。


「うーむ、いかんな……とにかく、みんなに詫びよう」


 顔を引き攣らせつつボソリと呟いたマリアベルは、念入りに顔を洗った後、手早く簡素で動きやすい臙脂色のワンピースに着替えると、自室を後にした。



 階下に降りると、丁度シュウカが1階の酒場兼食堂にいた。朝食を終えたのか、紅茶を飲む彼女の座るテーブルの上には空の皿がいくつかある。


「シュウカ殿、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 挨拶をしながらマリアベルは彼女の傍まで歩み寄った。応じたシュウカは昨日までとは特に変わった様子はない。その事に少しだけ安堵しつつも、マリアベルは声のトーンを下げて小さくなった。


「あの……昨日は、私はどうも飲みすぎてしまったようで……申し訳ない。何か粗相そそうはしていなかっただろうか?」

「いや、特に気にはならなかったが……そうだな、強いて言うなら、いつもの倍は陽気だったか?」


 小首を傾げながら答えるシュウカは、嘘を言っている様子はない。今度こそマリアベルは盛大に息を吐き出して肩の力を抜いた。


「はぁ~~良かった。実は、昨日はワイン瓶を1本空けたところで、記憶があやふやになってしまって……皆様方に何かご迷惑をおかけしなかったか、それだけが心配で」

「ああ、なるほど。酔っていたのか」

「うぅ……お恥ずかしい」

「なに、酒は酔うものだ。気にすることは無い」


 軽く答えつつ、シュウカは紅茶を飲み干すと立ち上がった。


「では、私は失礼する」

「あ、もしや、どちらかへ出掛けられる予定だったのだろうか。だとしたらすまない。引き留めてしまった」

「いいや、気にするな。単なる()()だ」


 昨日の戦いの様子から、十分に熟練した腕を持つシュウカの日課。――もしや、どこかで剣の鍛錬をしているのでは、と想像して少し――いや、かなり気になったが、「お気をつけて」とだけ答えた。

 ――実際のシュウカの日課は、朝食後に東区にある()()()()()の近くで、そこに居候している人物を()()()()()()事なのだが、勿論、マリアベルがそれを知る由もない。


 酒場を出て行くシュウカを見送った後、マリアベルも朝食を済ませ、町に出かける事にした。



 日が昇ってしばらく経ったからか、外は既に気温が高い。行き先も定めぬまま宿を出てきたマリアベルは、ぶらぶらと歩きながら方々(ほうぼう)を見て回った。港町だからか、中央広場には様々な国の果物や特産品を並べた露店が並んでいる。商人達の威勢の良い声。そこかしこでは吟遊詩人たちが楽器を奏で、自慢の歌声を披露している。広場の中心には噴水があり、その周りには暑さを紛らわそうと子ども達が水遊びをしてははしゃいだ笑い声を上げている。

 しばらく前に妖魔モンスターの大群に襲われ、未だに町の周辺には妖魔モンスター蔓延はびこっているはずなのだが、町の中を見る限り、そんな風には思えなかった。


 思えば、この町に到着してからは、春告鳥フォルタナの翼亭の部屋を取り、己の仕える戦神ケルノスの神殿へ挨拶を済ませた後は、すぐに妖魔モンスターを探しに町の周辺の探索にあたっていた。その後、テアレムへ中級妖魔ホブゴブリン退治に向かった為、ゆっくりと町の中を歩いたのはこれが初めてになる。


「せっかくだし、港の方まで歩いてみるか」


 ふと思い立ち、マリアベルは町の北へ向かおうと辺りを見回した。その時、背後から明るいテノールで名を呼ばれた。


「やあ、ベルちゃん」


 マリアベルを“ちゃん”付けで呼ぶ人物は、テイルラット広しといえども一人に限定される。振り返ると、予想通り焦げ茶色の髪をした半妖精ハーフエルフの青年が人好きのする笑顔で片手を振っていた。もう片手には大きな包みを抱えている。彼の方へ身体ごと向き直り、マリアベルは居住まいを正した。


「シン殿、こんにちは」

「うん、こんにちは! もう戻って来てたんだね」

「はい、昨日」

「そっかぁ それで、初仕事はどうだった?」


 にこにこと笑顔で、且つ、興味津々といった態でシンは小首を傾げた。


「シアン先輩とシュウカ殿がいて下さったお陰で、無事に済ませる事が出来ました。ベンとピーターと私の3人がかりで中級妖魔ホブゴブリン1体の相手をしている間に、他の中級妖魔ホブゴブリンはシアン先輩とシュウカ殿があっという間に片付けて下さったんです。まったくもって、己の力不足を痛感しました」

「それは仕方ないよ。誰だって新人ビギナー時代はあるんだからね」


 神妙に反省の弁を述べるマリアベルに、シンはクスリと笑って答えた。


「何より、みんなが無事で戻ってくる事が第一だよ。そういった意味では、今回の依頼は大成功だったんじゃないかな」

「確かに、仰る通りですね」


 大きな怪我も無く、誰一人欠ける事無く、依頼を済ませる事が出来たのだから、シンの言う通りなのだろう。とはいえ、己の力不足に関しては間違いない為、日々の鍛錬を怠らないようにせねば、とマリアベルは内心で握り拳を掲げつつ心に誓った。

 その様子を微笑まし気に眺めていたシンが、ふと「ああ、そういえば」と声を上げた。


「あと6日だよ」

「6日?」


 鸚鵡返しで聞き返すマリアベルに、シンは笑って短く一言「星祭」と答えた。その言葉で、テアレムへ出発する前の日にシンが「星祭まであと10日」と話していた事を思い出した。

 見る見る目を輝かせるマリアベルに、シンはクスクスと笑ってから開いている片手で一方を示した。


「あっちの道をずっと行った先に、西区に繋がる大きな橋があるんだ。その橋から智慧神(ティラーダ)神殿に向かって飾り付けがされるんだよ」


 彼の指し示す方角に目を向けつつ、西区にもまだ行った事が無いという事に気付いた。そのまま疑問に思った事を口に出す。


「この町の西区は、智慧神(ティラーダ)神殿の他に、何かあるでしょうか?」

「西区は学術区域だから、他には賢者の学院とか、図書館、研究者や学者の宿舎があるよ」

「なるほど、智慧神(ティラーダ)まつわる建物が多いという事ですね」

「うん、そういうこと」


 よく出来ました、とばかりに、シンはにっこりと笑顔を浮かべた。


「6日後の夕方から始まるから、楽しみにしていてね」

「はい! 教えて頂きありがとうございます!」


 顔を輝かせて大きく頷くマリアベルに微笑みを返すと、シンは「それじゃあ、失礼するね」と言い残して荷物を抱えて人混みの中に消えて行った。



 シンと別れた後、マリアベルは興味本位に西区まで足を延ばして散策したのだが、案の定帰り道が分からなくなり、通りすがりの町の人に教わりながら、夕食時にようやく春告鳥フォルタナの翼亭へ帰宅したのだった。



* * * * * * * * * * * * * * *



 その後、戦神ケルノス神殿で鍛錬させてもらったり、町の周辺を自主的に巡回パトロールしたりしている間に、あっという間に時間が過ぎていった。

 巡回パトロールしている中で、たまにシアンやシュウカに再会したり、ベン、ピーターと偶然出会ったりもした。その際は、情報交換したり、そのまま一緒に巡回パトロールしたり、と充実した時間を過ごす事が出来た。



 ――そして、あっという間に6日が過ぎた。



 普段寝起きの悪いマリアベルだったが、その日は早朝に目を覚ました。寝惚ける事も無く、すっきりとした頭で部屋の鎧戸をすべて開け、窓から新鮮な空気を取り入れる。


「いよいよ、今日が星祭だな」


 窓辺に両手をついて空を見上げつつ、マリアベルはひとつ。真夏の空は既に抜けるように青く、雲一つ無い。今日はきっと、夜まで雨は降らないだろう。満天の星空に違いない。そう思うと、沸々と胸の奥から何とも言えない気持ちがこみ上げ、自然とマリアベルは表情を緩ませた。


「会えたらいいな……」


 フリーダ、と心の内で呟いてから、マリアベルは朝の日の光に目を細めた。



 ひとまず、普段着の臙脂色のワンピースに着替えて身支度を整えると、マリアベルは階下の酒場兼食堂へと足を踏み入れた。フロアには既に数人の客と、応対する店員、カウンターには店長の後ろ姿があった。


「店長殿、おはようございます」

「おう、ベル。今日は早いな」


 アフロ頭を揺らしながら店長が振り返った。――彼はいつも黒いレンズの眼鏡を着用しているが、そのフレームが普段のものと異なり、今日は星型をしている。


「店長殿は、今日はいつもと違うデザインの眼鏡を掛けているのですね」


 目を丸くして素直な意見を口にしたマリアベルの周囲で、店にいた客達が揃って「うわ、言っちゃった」という顔をした。店員達は相変わらず無視スルーである。その周囲の様子に気付かず、マリアベルは言葉を続けた。


「やはり、星祭だからでしょうか?」

「おっ 分かるか?! さっすがベル! で、どうよ、似合うだろ?」

「ええ、星祭らしい良い眼鏡だと思います」

「そうだろそうだろー! いや~、うちの店員どもや常連の連中は、このお洒落感を理解してくれなくてな~」


 俺は悲しい、と大仰に悲しむ店長から、周囲の客達はさり気なく顔を逸らして聞こえない振りを決め込んだ。――店員達は、やはり相変わらず無視スルーである。

 気にした様子もなく、店長は黒い色付き眼鏡を手で直しつつ、マリアベルに問いかけた。


「お前さんも星祭に行く予定なのか?」

「ええ。この町に来た日に、シン殿から伺いまして。実は、星祭に参加した事は一度も無いのです。ですから、楽しみでいつもより早めに目を覚ましてしまいました!」

「おいおい、星祭は夕方からだ。今の時間じゃ、お星さまはまだベッドの中だぜ?」

「確かに。――あ、注文を頼む」


 店長と会話しつつ、マリアベルは通りすがりの店員に朝食を注文した。


「そば粉のガレット3枚。1枚はチーズ、2枚は卵とハムで。あと、芋のグラタン(タルティフレット)、茸とベーコンのキッシュ2つ、芋と(アッシ)ミートソースの(パルマ)重ね焼き(モンティエ)白インゲン豆の煮込み(カスレ)を大盛りで……あ、冷えた林檎酒シードルはあるだろうか?」

「ええ、ございます」

「じゃあ、それを」

「畏まりました」


 この光景を初めて目にすると思われる数人の客は目を丸くしているが、店員は表情一つ動かさずに注文を受けると、厨房へと消えて行った。

 店員を見送った後、マリアベルは再び店長に顔を戻し、口を開いた。


「せっかく早く目を覚ましたので、何か手伝いが無いか、これから智慧神ティラーダ神殿へ行ってみるつもりです」

「へぇ、そりゃいい考えだ。……けどお前さん、戦神ケルノス神官じゃなかったか?」


 意外だったのか、店長は目を丸くした。その言葉に、あっけらかんとマリアベルは答えた。


「確かにそうですが、手が空いている民の1人でもあります。力仕事があれば鍛錬の代わりにもなりますし、何より、楽しませて頂く予定の祭りの準備をお手伝いをする事に、理由は不要かと」

「成程な。良い心掛けだ。ティラーダ神殿の連中もきっと喜ぶだろうよ」


 マリアベルの言葉に、店長は満足したようにニカッと歯を見せて笑うと、片手を上げて接客に戻って行った。その後すぐに注文した料理がテーブルに供され、マリアベルは存分に舌鼓を打った後、春告鳥フォルタナの翼亭を後にした。



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