6. 決闘!! これでわたしが主人公だ
階段での一件以来、王太子が体は大丈夫かと話しかけてくるようになった。
きてる、きてるよー、これはもう少し好感度をあげれば王太子ルート突入間違いなしだね~。
ゲーム内で王太子ルートに入った場合、王太子と公爵家令嬢との確執を知ることになるのだが、ゲームでは、ヒロインが王太子の心のすき間をいやしていくというシナリオになる。
つまり、わたしはシナリオのけるヒロインの言動をなぞるようすれば王太子のハートをわしづかみにできるというものだ。
王太子イベントをさくさくと進めつつ、さらに、モブキャラ同士のネットワークをつかって、わたしが公爵令嬢によって階段から突き落とされたというウワサを流し始め、公爵令嬢の婚約破棄への布石を打った。
教室内で公爵令嬢に見られている気がしたが、ここまでくればへのカッパである。王太子の心はわたしに傾いているという自信があった。
本日、イベント分岐キーとなるイベントを起こす。これが成功すれば王太子ルートへ一直線となる。
夕暮れにそまる教室に一人たたずむ王太子を見つけた。
偶然をよそおって教室内にはいると、いつもは王太子としてふさわしく堂々とした態度をとっているが、このときは物憂げな表情をしていた。
「殿下、そのようなお顔をなさってどうされたのですか?」
わたしの声に反応して王太子が振り向き、驚いた顔をしたあと気まずそうに眉尻を下げた。
「そなたか……。少し考え事をしていたのだが、変なところを見られてしまったな」
「殿下、今は二人きりです。そのように気を張らなくてもいいのですよ。たまには肩の力を抜くことも重要だと思いますよ」
「そなたには妙なところばかり見られてしまっているな。そうだな……、少しだけ聞いてもらえるだろうか」
そして、これまでのイベントによる好感度によってわたしに気を許している王太子の口から、ぽつぽつと悩みが吐き出されていった。
もしも、好感度が足りなければ、ただの雑談で終わるだけのイベントだったが、どうやら好感度は十分のようだ。
王子の口から語られる内容は既にゲーム内で知っていることで、先回りするように相槌をうっていくと、王太子は次第にやわらかな表情でわたしをみる様になっていた。
「そなたと話していると不思議な気持ちになるな。まるで幼い頃から共にすごしてきたようだ。パトリシアとはこのようには……」
王家と公爵家の中を強固にするために、幼い頃に王太子と公爵家令嬢は婚約を結んでいた。
しかし、二人とも貴族としての事情をしってるせいか、本音で語りあうことがなかった。
「殿下、もしも悩みがあるならばいくらでも聞きましょう。わたくしなどではグランシエル様の代わりになどはならないでしょうが、話を聞くことぐらいはできます」
「いや、そのようなことはないぞ。そなたといると不思議と肩の力がぬけてきてな。もしも、そなたが婚約者だったならば……」
殿下は途中でいいかけたところでハッと我に返ったようにわたしを見つめてきて、「今のは聞かなかったことにしてくれ」と言ってきた。
おっしゃ!! このセリフは王太子ルートに入ったときのものだ。これで、好感度の増減に関係なく王太子ルートは確定となる。
へへへ、公爵令嬢も疑ってはいるようだが、モブキャラであるわたしが王太子に粉をかけているなんて思いもしていないだろう。
後は、最後のイベント卒業パーティーだ。これで、わたしはハッピーエンドを迎えることができる……よね?
卒業パーティーの会場では、ドレスや礼服で着飾った卒業生たちがこの3年間たいへんだったねーとお互いの思い出話に華をさかせていた。
少し前までは、ヒロインの影響でおかしかった学園の雰囲気だったが、以前のように和気藹々としたものになっていた。
それというのも、ヒロインの相手が決まり、自分の婚約者がとられるのではないかと危惧していた女子生徒たちが安心していたからだった。
パーティー会場にいるヒロインの隣には帝国の王子が寄り添っていた。
この2年間、帝国の王子ルートの沿うようにヒロインの行動を誘導していき、二人をくっつけておいた。
くくくっ、あなたは外国で幸せになってくれ、わたしはこの国で幸せをつかむから。
内心で高笑いしながら彼女から視線をはずすと、わたしは隣にいる王太子の顔を見上げた。王太子はこれから始まることに少し緊張しているようで、わたしがにっこりと笑いかけると、幾分緊張が抜けたように微笑み返してきた。
さあ、もうそろそろだ。
バンと音をたてて会場のドアが勢いよく開いた。
みなが注目するなか、入ってきたのは氷のように冷たい表情をした公爵令嬢だった。普通に怒っているよりも、その無表情が怖かった。
彼女はつかつかとヒールの音をたてながら、まっすぐに王太子の元にやってきた。
「殿下、どういうことですの? なぜ、パーティーの同伴者が婚約者である私ではなく、その方なのでしょうか」
公爵令嬢からの絶対零度の視線がぐさぐさとわたしに刺さった。長身な彼女がわたしを見下ろす形になり、はためには強者が弱者をいじめているように見える光景だったろう。
わたしが視線を地面に向けて怯えたように肩を縮こまらせていると、王太子がかばうように前に出た。
「キミにはわかっているはずだ、私がこうした理由が」
「おっしゃっている意味がわかりませんが」
公爵令嬢がわたしから王太子に視線をずらすと、王太子がひるんだように一歩あとずさった。
がんばれ、王太子。
王太子の手をそっとにぎると、王太子はわたしの手を握り返しながら目を見つめてきた。
わたしがうなずくと、王太子は勇気付けられたように公爵令嬢に真っ向からにらみかえした。
「仕方ない、キミがそのような態度に出るならば、この場で決着をつけさせてもらう。モブコへの数々のいやがらせ、許しがたい……。私、王太子はこの場を借りて宣言する。公爵令嬢との婚約を解消すると」
王太子の宣言を聞き、それまで事のなりゆきを見ていたほかの生徒たちがざわついていた。
喧騒につつまれる中、公爵令嬢は態度をかえることはなかった。喧騒の中、彼女の口からぽつりと「ここまでとは予想外だった」とこぼれるのがかすかに聞こえた。
なんのことだろうかと考える間もなく、彼女の口から凛とした声が会場中に響き渡った。
「いわれのない罪で糾弾されては我が公爵家の恥。決闘ですわ」
公爵令嬢は、その白い手袋をするりと右手から抜き取りわたしに投げつけた。
わたしはびっくりしたフリをしながら、投げつけられた手袋をもっていると、王太子がほえた。
「なぜ、彼女に!! キミの実力だったら勝負は明白ではないか。そのような一方的な試合を許すわけにはいかない」
「双方の言い分が合わない場合、その方も貴族であるならば、決闘で決着をつけるのが当然というもの。そして、決闘の申し込みは受け取られた」
公爵令嬢は傲然と言い放ったが、わたしは内心で計画通りとほくそ笑んでいた。
「……やりましょう。ウソといわれては殿下の顔にもドロをぬる行為です。たとえかなわずとも、わたしはこの戦いを逃げるわけにはまいりません」
わたしがうなずくと、パーティー会場のテーブルが壁際によけられて立ち回るのに十分なスペースが作られた。
大勢の人に見つめられるなかでドレス姿のわたしと公爵令嬢が相対し、決闘の形式にのっとり同じレイピアがわたしたちに手渡された。
ここまでは、ゲームのシナリオ通りだった。通称『決闘ルート』と呼ばれ、ヒロインのステータス値を上げておかないと敗北エンドを迎えゲームオーバーとなる。
このときのために修練を重ねてきたわたしに死角はない。栄光へのビクトリーロードが見えていた。
しかし、そんなことを知らない王太子は青い顔をしながらわたしを見ていた。
授業中、自らの実力を隠し目立たないようにしていたため、ただのか弱い乙女と心配されているのだろう。
ヒロインの方も心配そうに見つめていて、魔力を練り上げていた。いざとなったら助けようという気構えなのだろう。なんだかんだで、彼女とは仲良くなってしまっていた。
一方で、公爵令嬢といえば、ヒロインが来るまでは学年トップの座に座り続け、全生徒が参加した闘技大会では他の生徒を圧倒していた。
いいねいいね、この圧倒的差をひっくり返してこそ主人公といえるだろう。
隠していた実力による不意打ちだけでは、対処される可能性あるのでもうひとつの策を用意していた。
決闘の前にお互いのレイピアを交換して、不正がないか確認をし、そして、公爵令嬢にレイピアを返す際に、彼女だけに聞こえるような小声でささやいた。
「ご存知ですか、この世界がゲームのものだと」
途端に公爵令嬢はびくりと震えた。
以前、他の人にこの世界のことについて話してみたらどういう反応をするのだろうといういたずら心で、うちの男爵家の馬番に教えてみたことがあった。
結果として、馬番は前世を思い出した。わたしと同じように1週間寝込んだ後、前世が馬だと知った彼はさらに馬と仲良くなっていた。メス馬に妙な視線を送っていたが、変なことをしないか祈るばかりである。
そして、同じように前世の記憶を思い出している公爵令嬢は、この土壇場において混乱して決闘どころではなくなっているだろう。
わたしは決闘の作法にのっとり、相手と10歩分の距離をとってからレイピアを構え、公爵令嬢の様子を観察していた。
彼女は困惑した表情をうかべていて、どうやら効果はバツグンのようだ。
一方で、周囲の生徒たちは公爵令嬢の勝利という未来しか見えておらず、そんな彼女に無謀にも挑みかかるわたしを憐れみの目でみていた。
「では、パトリシア・グランシエル、モブコ・オーディナリによる決闘を始める。戦闘の継続が困難、または降参を申し出があった場合に決着とする」
わたしたちの間には立会人として騎士団団長の息子が立ち、わたしたちの顔を交互にみやった。
「それでは、はじめ!!」
開始の合図とともに、わたしはありったけの身体強化魔法をかけた。鍛え続けた結果、わたしの魔力ステータスは、王国の精鋭である魔法士団レベルまで上がっていた。
先手必勝!!
身体強化された足が、床を踏み砕くほどの勢いで踏み出した。さらに魔法によって発生させた突風がわたしの背を後押しした。
10歩分の間合いを一呼吸の間につめるほどの早さを得たわたしは彼女に一気に飛び掛った。
この時の動きは学年トップクラスの実力をもつ騎士団団長の息子の視線をさっきまでわたしが立っていた場所においてけぼりにするほどのものだった。
もらった!!
勝利を確信しながら、レイピアの刺突を放った。
しかし、違和感を感じた。
目の前の公爵令嬢の冬の湖のような青い瞳がわたしを捉え、そして、にやりと笑ったような気がした。
次の瞬間、わたしの意識は消し飛んだ。