2. 敵情視察してみることにした
男爵領から遠く離れた王都までやってきたわたしは、魔法学園の寮で生活を送っていた。
朝の登校前、姿見の前に立って自分の姿を見ていた。
鏡には、モブ顔というべき平凡な顔と、この国でよく見かける栗色の髪をした小柄な女子が映っていた。前世の自分との違いに大分なれてきたが、別の人間がうつっているような違和感はまだ残っていた。
鏡の中の自分を見ながら、学園の制服に袖を通して身だしなみのチェックを済ませた。ここの制服は、黒を基調としてところどころに金糸をあしらったシックなデザインで割とわたしの好みに合っていた。
さあ、いざゆかん。
今日もゲームの舞台となる学園へと歩きだした。気分としてはゲームの本体に電源をいれてゲームスタートした感じだった。
学校に向かう途中、学友に出会い笑顔でごきげんようと挨拶を交わした。
実にみんなモブ顔だ、なんだかみんな同じ顔に見えてきたぞ。
しかし、大勢の生徒の中でも特に目立っている生徒がいた。
騎士団長の息子、公爵家次男、大僧正の孫、隣国である帝国から留学してきた王子、そして、王太子。この5人のイケメンがゲームにおける攻略対象でもあった。
なんていうかキラキラとエフェクトがついているように目立っているな、あの人たち。
その中にわたしの獲物……もとい、目標の人物はいる。
ゲームのように逆ハーレムを作るつもりは毛頭なく、目標はただ一人、王太子であるクリストファ・アークライト殿下だ。時期国王でもあるこの人を攻略できれば、まさに勝ち組でありゲームクリアといえるだろう。
内心で舌舐めずりしながら、5人でつるんでいるイケメングループの中にいる金髪碧眼の長身にチラリと視線を向けた。
そこに一人の女子生徒が王太子に近づいた。
「殿下、ごきげんよう。今日もいい朝ですわね」
王太子に声をかけたのは、公爵令嬢であるパトリシア・グランシエルだった。背中まで伸ばしたつややかな黒髪がすらりとのびた長身によく似合い、なんとなくタンチョウをイメージした。
彼女は取り巻きに囲まれながら堂々と道の中央を歩いていた。背の高い彼女はいろんな意味で目立っていた。
ゲーム内では傲慢ともいえるほどの自身家であり、学園でもヒロインとぶつかる場面が多かった。アイスブルーの怜悧な瞳でにらみつけながら、ヒロインに辛らつな言葉を投げつける彼女の姿はゲーム内でも印象的だった。
王太子を攻略することを目標としている以上、王太子の婚約者である公爵家令嬢といずれ決着をつけることになる。切れ長のあの瞳ににらまれても体がすくまないように、いまから心の準備をしておこう。
倒すべき障害の一人として、他の生徒たちにまぎれるようにこっそり視線を向けていると、彼女の瞳がこちらを捉えたような気がした。
まさか、こっちに気づいた。いやいや、そんなはずはない。彼女にとって、わたしなどモブの一人でしかないはずだ。自分のモブ顔を生かして、他の生徒にまぎれるように彼女の視線をかわした。
わたしの野望の障害となるもうひとりの人物であるヒロインについては、入学時点ではまだいない。
一年後、地方の学校で優秀な成績をおさめたヒロインが転校してくるというシナリオになっている。
この1年は公爵令嬢への対策を練るための猶予期間となる。
同じクラスとなった公爵令嬢を観察し、彼女への対策への参考にしようとした。
歴史の授業で先生に質問されると「オッーホッホッホ、よろしくってよ!!」と高笑いを上げてから正解をスラスラと答えていた。
さすが公爵家で英才教育を受けてきただけのことはあるね、と感心しながら彼女のプロフィールについてメモをつけた。
魔法の授業でも、他の生徒たちがまだ初級や中級呪文しか使えない中で、彼女だけが上級呪文を使えていた。
他の生徒たちが「すばらしいですわね。コツなどがあればぜひとも教えていただけませんか?」と聞くと「オッーホッホホ、よろしくってよ!!」と高笑いを上げた後、丁寧に教えていた。
意外と面倒見はいいようだ。そのおかげか、取り巻きには彼女を慕っているものも多いようだ。
むむむ、あの取り巻きをなんとか突き崩せないものだろうかと思いながら、メモに書き付けた。
それから、高笑いが聞こえ声の主に目を向けると彼女の姿を目にすることがしばしばあった。あの高笑いはどうやら彼女の癖のようで、いろんな場所で聞く機会があった。
公爵令嬢は高笑いがお好きと、メモに書いた。この情報って必要? まあいいか。
彼女を観察していく上でわかったことがあった。ゲーム内ではもっと冷たい感じのキャラだったはずなのに、かなりイメージと違っていた。
さらに、ヒロインが来る前の学園生活はゲームのプレイヤーにとって知りようがなかったものだったが、けっこう和気藹々としたものだったのかと予想外だった。
できれば、もっと派閥争いとかでギスギスしているほうが動きやすいんだけどなぁ。王太子攻略のために本格的に動き出すのは、ヒロイン登場を待ったほうがいいかもしれない。
いきなり王太子にちょっかいをかければ、他の生徒からどうみられるかはヒロインを例にとってゲーム内でわかっていることなので、いまはまだ王太子と公爵令嬢を遠巻きにみていることにしよう。
ヒロインがやって来ると、そのなみはずれた美貌と類稀な才能によって多くの男を引きつけていく。女子生徒の中には学園内に婚約者を持つものもいて、ゲーム内ではヒロインvs女子生徒といった感じになり、その筆頭に公爵令嬢が立っていた。
ヒロインはそのチート性能とご都合展開によって、ハッピーエンドを迎えることができるが、自分に同じことなんてできるはずもなかった。
はよこいヒロイン、これじゃあ物語がうごかないんだよ!! 若干の焦りを感じながら、王太子攻略計画に修正を加えていった。




