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ゴースト・コースター  作者: 美作為朝
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 矢吹蒼甫やぶきそうすけ一歩一歩いっぽいっぽ歩き、プラットホームの端までやってきた。さきほど髪の長い女性が立っていた場所である。

 プラットホームには屋根がついていたが、この端になると風雨の吹込みがひどい。

 屋根がないのも同然である。

 女が立っていたところには、もう全部濡れつつあったが、確かに乾いた、足跡があった。

 ヒールの跡ではない、パンプスの跡。

 しかし、あまり矢吹は気にならなかった。

 とりたてて、今は、なぜなら、あっという間に、雨で濡れてしまったからだ。風雨にも波がある。ざーっと風に乗って、吹き付けたり、ちょっと弱くなったり。

 矢吹は、自分の歩む、金網一枚のキャット・ウォークより、安全帯のテザーを引っ掛けるサイドバーがあるのかどうかほうが、気になっていた。

 そのようなこと気にして、ジェットコースタ-のコースを見たことがなかったからだ。

 大体、高所作業についても、なにか国の免許がいるものだとばかり思っていたが、一切必要なかった。

 どうなっているんだ?この国の安全監督行政は?。

 あった。

 サイドバーはあった。

 キャットウォークもコースターの左側にあった。

 そこから、視線をサイドウォークに沿わして先を見ると、、。

 あった。

 避雷針も。

 避雷針が設置されているところは、人二人ひとふたり分ぐらいの消防車の高所用ボックスみたいなものが設置されている。

 あそこまで、行って、確かめればいいのだ。確かめるだけ。それで、この<バイパー(毒蛇)>とは、おさらばだ。

 

<バイパー>の点検用のキャットウォークには、<バイパー>のコースがある内側には側壁がなかったが、コースの反対側には、腰の高さ程度のキャットウォークの床と同じ金網の側壁がある。

 そして、安全帯を架けるサイドバーが一本。コース側に。

 矢吹は、マニュアルの指示書どうり、まず、サイドバーにフックを架けた。問題ない。カチンと音がして、フックが架かった。そして、しっかりかかっているか、一度引っ張って確かめる。

 カチッ、と音がして、フックは外れない。

 大丈夫。

 一歩目をプラットホームから、踏み出そうとした瞬間、やはり足がすくんだ。

 というより、その時、始めて、自身が居る高さから下を見たのだ。そう高さを身をもって確認したのだ。

 60メートルは相当な高さである。ビルにして、30階分。言われてもピンとこないが、地上の対象物の小ささでいかに自分が高い場所にいるのか、否が応でもわかる。

 あの広い、<サン・ロビー>が、マッチ箱のほどでしかない。

 やめれば、どうなるだろう、、仕事を一人で任された人なら誰でも一度は考える。歩合制ではないのでやってもやらなくても、矢吹の場合、給料は同じである。

 矢吹が、点検しなくても、誰も気づかないだろうが、しかし、点検を依頼されている場合、もし異常があった場合、直ちにクレームといかないまでも、西日本総合警備に連絡が入り、誰かのときに、サボった事実が判明するだろう。

 調べれば、どんどん"誰か"が"誰か"分かっていくだろう。小さな会社だ。やがて噂が、事実となり、状況証拠は十分な証拠として特定されるだろう。

 バイトならやめればいい。しかし、矢吹はそうは、いかない。涙の再就職組だ。

 雇ってもらっただけでも、ありがたいほうだ。

 もう次の再就職先は、日雇いか、バイトしかありつけないだろう。

 点検をサボることは絶対にあり得ない。

 翌日、同僚にどうだったか、訊かれただけでも、返答に困るだろう。嘘はつけるかもしれないが不自然な嘘になるだろう。


 くしかない。


 風雨は一段と厳しくなったと矢吹には思われた。

 矢吹は、一歩、キャットウォークに踏み出した。 

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