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ゴースト・コースター  作者: 美作為朝
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 矢吹蒼甫やぶきそうすけは、<サン・ロビー>で、ジェット・コースター<バイパー(毒蛇)>のコースの確認作業に没頭していた。

 会社から支給される超ハイカロリーの簡易携行食とスポーツドリンクのペットボトルを片手に<バイパー>のコースを頭に叩き込んでいた。

 なにせ、西日本最大のジェット・コースターだ。運営会社、北九州アミューズメントが大事にしたいのもわかる。日本全国から絶叫マシーン目当ての客がそれこそ行き帰り深夜バスの激安弾丸ツアーで雲霞うんかの如く集まってくるらしい。

 料金は、一回、1100円。たった3分間に1100円ってどんな金銭感覚をしているのか矢吹には全く理解できない。

 時給にすると二万二千円。ちょっと高いのか、安いのか、リーズナブルなのか、矢吹には想像がつかなかった。

「馬鹿だな」と口に出してみたが、それで、西日本最大の恐怖をある程度完全な安全の元、楽しめるという矛盾に満ちた経験ができるなら、安いのかもしれない。

 しかし、西日本総合警備の所属の契約社員、矢吹は違う。

 金を払わず、金を貰い、その恐怖の一部を真の恐怖として経験できるのだ。

 ありとあらゆる経済的矛盾を考慮すると、何がただしくて、何がおかしいのいか、もはやわからなかった。

 <バイパー>のコースには、当然、全てにキャットウォークがつけてあり、点検用のラダーとステップがついている。

 完成した後、一切のメンテンナンスを放棄し、放ったらかしで、運営するわけには、多分日本のどこの中央監督省庁だって許さないだろう。

 マニュアルだと、基本、コースのどこから始めても、コースのどこの部分にも行けることが可能だと、うたっていた。

 宙返りの部分でも可能らしい。円周の内部からうまく外周部分に出られるようになっているらしい。

 ジェット・コースターを設計するものも、単純に恐怖だけを与えるために設計しているわけではなさそうだ。

 宙返りが、正確には、ひねりを加えた、コーク・スクリューだが、絶叫マシーンファンには、目的かもしれないが、矢吹は違ったし、幸いなことに、避雷針の設置された最高部は、コースの宙返り部分ではなかった。

 それもそうだろう。

 相当速度を付けないと、三回転もするのだ、その高さの位置エネルギーを速度に変えなければいけない。

 最高部は、客の搭乗が唯一可能なプラットホームから出た、すぐのところにあった。

 客が乗り降りするプラットホームの位置でさえ、相当高かった。

 図面だと、67メートル。

 そこから、よくジェット・コースターによくあるパターンで、カタンカタンカタンと引っ張られて最高部高さ75メートル、ビルにして、35階分に相当、までコースターは客を乗せて登っていく。

 あとは、語るまでもないし、矢吹が想像するまでもなかった。

 すべての位置エネルギーを速度に変え、<バイパー(毒蛇)>は客を乗せ暴れ猛り狂う。

 1100円はたった3分間の恐怖へと変わる。

 完全な安全を担保した恐怖を客に与えて。

 避雷針は、その最高部に天をくように立っていた。

 なにを確認するのか、矢吹には分からないが、とりあえず、行って確認し、異常があれば、北九州アミューズメントに連絡、然るべき業者には北九州アミューズメントが連絡するだろう。

 考えれば、高いということだけ、除外すれば、プラットホームからほんのちょっと、

(このほんのちょっとは人によってかなり量と距離が違ったが)キャットウォークを命綱をサイドバーに付けながら、カタンカタンの部分をてくてくに置き換えるだけだ。

 ちょっと助かったと矢吹は思った。

 外は雷雨と豪雨だった。矢吹は知らなかったが、北九州市にはありとあらゆる、雨と雷に関する警報がこの時点で出ていた。

 もちろん、命を守るための最大の配慮をなんとかと某国営放送がアナウンスするタイプの警報だった。

 高所不安定な足場での作業など、論外だった。

 しかし、矢吹はそのことを知らなかった。


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