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ゴースト・コースター  作者: 美作為朝
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 10

 稲光いなびかりで、自身の影越かげごしに矢吹やぶきは見た。

 <バイパー(毒蛇)>には、先頭座席には、先程の髪の長い女が笑いながら、二人、揃って座っていた。一人は、コートを着ていて、もうひとりは、薄手のスリーブ。

 その後ろには、顔中(すす)だらけでヘルメットをかぶった炭鉱夫は数十人、乗っていた。全員血まみれ、泥まみれ。ツルハシやシャベルを肩にかついでいる。

 <バイパー>はびっちり満席だった。

 <バイパー>の最後方の二人がけの席に一人、大男が一人で、座っていた。

 ジェットコースターには安全バーがあるはずだ、あんな風に乗れるわけがない。

 その大男は、平安貴族の装束だった。冠を被り、単の上に袍を重ね、手には、しゃくを持っていた。

 矢吹は、正確には名前を知らなかったが、平安貴族の最も正式な束帯の装束、束帯の装束だった。

菅原道真すがわらのみちざね卿!!」

 矢吹の口から、思わず、名前が飛び出た。

 <バイパー>は坂を登っているのに加速していた。

 矢吹は、出来る限り、キャットウォークのコースから遠い端に見をのけぞらせたが、それも、安全帯が許さなかった。

 <バイパー>が矢吹の真横をものすごい速度で駆け上りながら、通過した。

 先頭に座る女がこっちを見て、笑っていた。


 知っている女だ。ふたりとも。


 矢吹蒼甫やぶきうそうすけには十分誰かわかった。

 コートを着た長髪の女は、元妻、ゆり。スリーブ一枚の女は、東京で仕事のストレスでキリキリ舞だったときの浮気相手、間橋麻由まはしまゆ

 ふたりとも、髪をなびかせ、矢吹を見て笑っていた。

 その後ろにびっちり、座っている、血まみれの炭鉱夫たちは、矢吹の真横を通過する際席を立ち上がり、シャベルやツルハシを矢吹の方めがけて、振り回してきた。

「ひーっ」

 矢吹は、キャットウォークに伏せた。

 立ったままだったら、ツルハシとシャベルが矢吹に確実にぶち当たっていただろう。

 最後方の席に二人がけのところを一人で座っている平安貴族は、無表情のまま前だけ見据えて、通過していった。しかし、束帯の裾は何メートルもたなびいていた。それは、この男のくらいの高さを現す。風雨の中、まるで、龍の尾か鞭のように、矢吹のほうに流されてきた。

「ひぇーーーー」

 姿勢を戻しかけていた矢吹はさらにもう一度伏せた。 

 学のない、矢吹にも、わかった。九州で平安貴族といえば、一人しか居ない。菅原道真だ。

 神だ。学問の神だ。


 <バイパー>は、あっという間に、最高部に達すると、そこから、信じられない速度で、降下しさらに加速していった。

 

 選択の余地はなかった。

 今、<バイパー>は、矢吹が居ないコース、他の周回部分を回っているのだ。

 もう避雷針など関係なかった。

 矢吹は、急いで、安全帯のフックがひかかっている、サイドバーのつなぎ目の位置まで這うようにして戻った。プラットホームに向かって駆け下りているのである、滑り落ちていたかもしれない。

 <バイパー>は機械音というより、人の悲鳴に似た異様な音を立てながら、コースを走っていた。目で<バイパー>を見る余裕などなかった。

 それに見たくなかった。

 とりあえず、フックの引っかかっているサイドバーのつなぎ目の場所まで戻ってきた。命綱が足枷になるとは思いもしなかった。

 <バイパー>は相当な速度で走っているらしく、振動がものすごい、それに雨で、フックが濡れて、何度か掴み損ねた。

 フックが、飛び跳ねている。

 両手でフックを掴むと、雨で濡れたフックを外し、次のつなぎ目へと進め、フックをかけた。

 そして、走るようにプラットホームめがけて、キャットウォークを駆け下りた。

 けものか、あやかしか、なにかの叫び声をあげながら、<バイパー>は走っている。その音だけはわかる、速度もわかる、異常な速さだ。

 それと、乗客も普通じゃない。

 元妻に浮気相手、血まみれの炭鉱夫に、菅原道真。

「ぐえっ」下りは、サイドバーが躰の左側になるのだが左手でテザーを沿わしていないので、突然、テザーの限界がやってくる。今度は急いで、キャットウォークを登り、またサイドバーの継ぎ目でフックがひっかかっている、場所まで矢吹は野猿のざるのように這って駆け戻る。

 登るとき、何回、このフックの掛け直しをおこなったか、数えていない。三回、四回。

 <バイパー>のコース一周に要する時間は3分、通常ならばだ。しかし、今の<バイパー>は、あの速度あの音、通常ではないし、尋常でもない。

 矢吹はフックを次のつなぎ目にかけなおすと、前を向いた。

 目の前のプラットホームには、もう既に一周回り終えた、やや減速しただけの<バイパー>が居た。

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