彼女のカタチ
2016年11月に開催されたグロ水槽展出展作品。
メイキングから物語をのせました。
絵が出来上がっていくのと同時に、物語も終焉へと向かいます。
はらはらと雪の花弁が舞って、暖かい色の屋根へと積もっていく
煉瓦造りの家が立ち並ぶ街
そこから見える、少し離れた丘に大きな洋館が建っている。
その洋館の周りや、その中庭には様々な椿の木が植えられ、冬の季節の今でも、美しく咲く花があった。
僕はそこの主人である。
そして、僕にはオリビアという若い妻がいた。
妻は椿の花が大の気に入りで、冬の庭にはしゃぎ出るほどだった。
なんでも、白い雪に映える紅い椿が好いらしい。
庭には池があり、そこには妻の好きな紅い椿と白い椿、そしていつの間に交配したのか紅の混じった白椿が育っており、事あるごとに妻はそこへと通った。
幼げが残る妻を、僕はいつも微笑ましく思っていた。
そう、僕も妻も 幼かった。
僕たちは些細な事でも言い合いをした。
妻はいつも、顔を林檎のように真っ赤にしながら怒って、それからドタドタと足音を立て僕から離れていく。
本当は、その頬に口づけをして、「ごめんね」と言えばすぐに彼女の機嫌が直ることは知っていても
感情を剥き出しにする彼女が愛らしくって、そうすることができなかった。
その日も、いつもと同じように癇癪を起こした彼女は、どこかに行ってしまった。
いつも謝れない僕自身に嫌気がさして、ため息を吐き、仕事のために書斎へ向かった。
そろそろ寝るころか…と書斎を出ると、妻がまだ部屋に戻らないと使用人達が慌てていた。
僕も一緒になって探した。
そこでふと、庭の池が彼女のお気に入りだった事を思い出す。
使用人が見かけた時には人影がなかったと言ったが…
近づいてみると、池の淵の雪が一か所だけ擦ったように無くなっていた。
嫌な予感に心臓の鼓動の音がやけに耳についた。
僕はそっと…池を覗き込んだ。
紅と白の花弁と、萼から落ちて花の形を保ったままの、紅と白の椿たちが、水面に漂っていた。
その間を縫うように、艶やかなブロンドの糸が揺れていた。
雪空の曇る空を映した水面は、深く濃い色をしていて、〝その姿″を白く白く浮き上がらせていた。
それは、なんと言い表せばよいのだろう。
僕の見てきた彼女の中で
ここまで艶めかしい表情はみたことがなかった。
僕が見てきた彼女の中で
ここまで切なく美しい姿はみたことはなかった。
まだ、青々と艶やかな枝を白い手が握っていた。
おそらく、妻は水辺の椿を手折ろうとして足を滑らせたのだ。
僕は早々に、宝物庫に置いてあった水槽を準備させた。
それは、僕の腕が回せるくらいの大きさの四角い水槽だ。
彼女の好きな椿を散らせて飾ろうと思っていたものだ。
(あぁ、彼女の躰すべてを一度にこの腕の中に入れるには
少々形が大きいな…。少し剪定が必要なようだ。)
池から引き揚げた彼女は途端に色を失ったように見えた。
ただ、虚ろなその眼が僕を映していない事に、僕の存在がこの世から揺らいだような気がした。