布施の戦い その四
荒砥城は落ちた。
結構あっさりと落ちたのよね。
何だか拍子抜けといった感じ。
武田の先鋒とやりあったときもそうだったわね。
でも、だからこそ何か引っ掛かる。
あの武田がこんなに簡単にやられるものかしら?
どうにも、わざとやられている気がする。
まあ、わざとやられる意味がよく分からないけど。
その辺の違和感を感じている者が、どの程度いるだろう。
脳筋の集まりのような配下達だけど、景家のように実は色々考えてますみたいな者あたりなら、その辺に気付いているかもね。
後の連中は・・・どうだろう?
何となく、野生の勘のようなものが働くかもしれないわね。
理屈では表せない、危機察知能力とでもいうのかしら?
まぁ、ここまでイケイケな状態だと、その勘も狂ってしまってそうよね。
そうは言っても、勝ちを得たことによる精神的なアドバンテージはこちらにある。
となれば、このまま荒砥城にとどまるという選択肢は無いのだろう。
私以外は。
「バッハッハ。荒砥城も落ちましたな。次は葛尾城ですかな?」
「いや、葛尾城は難攻不落でしたよね。何も考えず、我攻めをすると被害は大きなものになるんじゃないですか?」
「その通りだ、長重。」
「あれ?でも武田の手に落ちたんでしょ?なら難攻不落も何もないじゃん。」
「それは手引きする者がいたからであろう。それが無くば、そう簡単に落ちるとは思えんのだ。さらに言うと、葛尾城とこの荒砥城の間には千曲川が流れている。渡河の最中に襲われでもすればひとたまりも無い。」
「んじゃどうするのさ。宇佐美のじーちゃん。」
「うむ。青柳城を攻めるのが良いかと。それと“じーちゃん”は止めよ。」
青柳城ねぇ。
攻めにくい城をあえて放置して、攻めやすいところから取っていこうって考えね。
ただでさえ戦となれば、戦死者やら怪我人やらが続出する。
その面から考えても、大いにアリだと思う。
ただ、そう簡単にいくかしら?
むしろ、葛尾城を攻める方が上手くいったりして。
うーん。
考えても、先の事など見通すことなんで出来ないものね。
予測を立てようにも、まだいまいち武田側の考えが読めないところだし。
とりあえず攻めてみるのもいいか。
「それじゃ、次の目標は青柳城ということでいいかしら?」
「かしこまった。」
「景虎様がお決めになられたなら、全力を尽くすまでです。」
「そうそう。お虎兄ちゃんは大船に乗ったつもりでいてくれよ。まあ、山の中だから船は無いけどさ。」
「貞興の駄洒落は兎も角。それでは決定ということでよろしいのですな?」
「そうね。駄洒落は兎も角、それでいいわ。」
そうして次の標的が決まると、一晩休んだあと青柳城に向かって一路前進。
「なんだよー。」とふてくされる貞興が印象に残った。
青柳城でもやることは決まっている。
一応の降伏勧告の後、城攻めへと移る。
ここまで落としてきてきていた城と違い、武田の勢力が城に入っているせいか、抵抗がなかなか激しい。
とはいえ、兵力差を考えれば、それもいずれは尽きる。
そんな最中、ついに武田が動きを見せた。
おそらくこの後攻める事になるだろう苅屋原城に、救援のため援軍を送ったようなのだ。
これにより、青柳城を落としたとしても、先に進むのが困難になることが予想される。
さらに凶報は続く。
「荒砥城が夜襲を受けました!」
「まあ、そう慌てないで。」
荒砥城が落ちれば、退路が絶たれる。
そうなれば、進退極まる。
どれだけ兵の数が多かろうと、士気がみるみる下がるのは分かりきった事だろう。
現に、伝令の言葉を聞いた者達は、動揺を隠すことすらしていない。
放っておけば、軍全体に広まるのも時間の問題か。
「しおどきですかな?」
「バッハッハ。退くもまた兵法よ。」
「え?後退するの?」
「それが一番では無いですかな、景虎様。」
「いや、退かないわよ?」
「何を言っておるのです。退路を塞がれれば、補給もままなりません。それでは戦に勝てません。」
「あなたこそ何を言っているのよ。忘れてない?一緒に信濃に来た連中の事を。」
私の言葉にハッと気付いたような表情の定満。
この一言に景家も、状況に気付いたようだ。
端から様子を伺っている貞興はよく分からない顔をしていたけど。
「蔵人、いる?」
「・・・」
私が呼び掛けると、どこからともなく表れる一つの影。
相変わらずの無口なご様子。
しかし、どうやって隠れているのかしらね。
さすがは忍者ということ?
「首尾はどう?」
「・・・」
無言を貫き、ただコクりと首を縦に降るだけだった。
えーっと、成功ということで良いのよね。
まあ、伝令のようなものだから、蔵人にとってはお茶の子さいさいなんだろうね。
私としても、どう考えてもミスするなんて思えなかったし。
さて、あっちはあっちに任せて、こちらはこちらの仕事をしましょうか。
「聞け!皆の衆!何も慌てる事はない!」
私の話に納得した定満と景家。
盲目的な長重。
そもそもそんなことすら気にしていない貞興。
彼ら宿将ともいえる四人は兎も角、他の者にとっては慌てる為の材料としてはこの上ない。
そんな彼らに向けて、私が大音声をあげる。
「よく聞け!私達は引き続き青柳城を攻める!」
「それじゃ、国さ帰れねぇ!」
「それは断じてない!他でもない、私が言っているんだから!」
「んなこと言ったって・・・」
「ここにいない勇士の事を忘れたの!」
私の言葉にざわつく面々。
面食らった表情を見せる者もいる。
口々に誰の事かと思案しているようだ。
「ここにいない勇士?」
「あ、そういやいねぇな。」
「いないって誰だよ。」
「そりゃ決まってるだろよ。泣く子も黙る?」
「あっ、揚北衆!」
どうやら順当に答えに行き着いたようだ。
「だども、大丈夫なんだか?」
「大丈夫に決まってるじゃない。それどころか、荒砥城に攻めた連中の方が心配になっちゃうくらいよね。」
「そうだな。景虎様もこう言ってるし、揚北衆が後ろにいるなら心配ねぇか。」
落ち着いたようね。
後方の憂いは無く、むしろ揚北衆がいるのならば、何の心配もない。
私達は、再び青柳城を攻め始めるのだった。
時間が取れない・・・
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