村上義清
武田家の勢いが増してきているのは、非常に都合が悪い。
信濃を抑えられるという事は、南に敵を作る事と同義といえるからだ。
叔父である高梨政頼からも、やはり次に迫る事態を危惧しているんだろう。
援軍の要請がきている。
のんびりと構えていた自分の判断が、間違いだったと思わされた。
村上義清が落とされる前に援軍を出しておけば、このような事態にはならなかったかもしれない。
まぁ、結果論でしか無い訳だけど。
「村上義清様がお待ちです。」
「ありがと。すぐに会うわ。」
村上義清は城を抜け出すと、何とか越後まで逃げてくる事に成功していた。
よく逃げ出せたものである。
敗軍の将の扱いは、厳しいものがある。
捕まれば、首を取られる事だって、往々にしてある。
下手をすれば、当人だけでなく家族も同様に首を取られる事もある。
自分の親が殺されたとなれば、それを恨むのも分かる。
成長して立派な武者になったなら、兵力を糾合して攻めかかってくるかもしれない。
そんな事を未然に防ぐには、一族の命を奪うのが効率が良いのだろう。
いくら子供に罪は無いと言っても、その可能性がある以上、致し方ないのだろう。
後顧の憂いは、無くしておくべきなのだろうから。
知恵袋として、いつも通り定満を伴っていく。
「あなたが村上義清殿?」
「おお、そうだ。村上義清という。あなたが景虎殿か?」
「ええ、そうよ。」
「へぇー、景虎殿。強そうだなあ。是非お手合わせ願いたいものだ。」
「そう?それはありがとう。それで・・・」
「ああ、悪いんだけど兵を貸しちゃ貰えないかな?」
なんともさっぱりとした男だ。
それに、目力が中々に強い。
ギラついていると言ってもいい。
それに、恵まれた体躯をしている。
戦が得意のようだが、対人戦もどうやら好きなようだ。
これが武士!と思える男のようだ。
しかし、余りにも気軽に言ってくれる。
兵を貸せと言われたところで、簡単に貸すわけにはいかないじゃないか。
兵を失ったら、それこそ困る。
しかし、だからと言って貸さないという訳にもいくまい。
いや、それよりも私が自ら出馬すれば、それで済むような気も。
そんな考えが見透かされたのか、定満が口を挟む。
「どうでしょう?ここは村上殿に兵を貸し与えてみては?」
「お、そうしてもらえると嬉しいね。いやいや、話の分かる御仁が居て助かるね。」
「まあ、定満が言うならいいけど。」
「では、早速その差配を致しましょう。」
「それじゃ、オイラは一気に巻き返して来るかね。裏切り何てもんにさえあわなけりゃ、武田何ぞものともせんからよ!」
「ご武運を。おい!」
「はっ!村上様、ご寝所に案内させてもらいます。」
「失礼の無いようにな。」
軽く見得を切るようにする村上殿。
そして、それに軽く頭を下げる定満。
その後、脇の方に控えていた者に声を掛け、その者と共に去っていく村上殿。
うーん。
いつも通りの疎外感。
しかし、なんでまたこんなに簡単に兵を貸そうなんて思ったのかしら?
「定満?」
「兵を出すのはご不満ですか?」
「いや、そうじゃないけど。でもなんであんなに簡単に?」
「派兵をするのは、既に決定事項でしたでしょう?」
「そうだとしてもよ。」
「まずは、村上義清という男を、信の置ける男か見極めなければなりますまい。」
そうね。
それは言えてる。
これで結果が出せなければ、ただの無能者のレッテルを貼ってしまってもいいだろう。
もっとも、そんな事は無いだろうけど。
仮にも、武田勢を撃ち破る程の働きを、一度はしているのだから。
「それから?」
「次に第一陣として兵を出すのであれば、信濃という土地に詳しい者に率いさせた方がよろしい。このときに、兵達には地形を覚えさせる事が出来ればいいですな。」
「まあ、その土地の地形を知るのは大事よね。」
「ええ。戦では、重要なものの一つですな。それから最も大事な事が有ります。」
「最も大事な事?」
「経験ですな。最近は、新兵も増えてきております。それもこれも、越後が豊かな土地に変わりつつある証明となりましょうか。彼らには厳しい訓練が課されていますが、やはり実戦を経験した者とそうでない者とでは、働きが違います。今回、派兵する面々の中に彼らを組み込みます。無論、彼らだけでは戦にはなりますまい。練度の高い者達も、勿論付いては行かせます。そこで彼らが何か得るものがあると思うのです。また、仮にこの戦が失敗になったとしても、我が方が受ける損害を減らす事にも繋がります。幾つもの戦を潜り抜けた者達を、簡単に失う訳にはいきませんからな。また、敗戦となれば、その責を村上殿に押し付ける事も出来ますな。」
なかなか黒い考えが出てくるわね。
でも、それはそれでいいのかしら?
多少は、私も黒くならないといけないんでしょうね。
何かを守るためには、犠牲はつきものな訳だし。
そんな事は、この時代に生きていれば、嫌でも思い知らされるのだから。
まあ、派兵される彼らが、犠牲者となると決まった訳じゃないけど。
とはいえ、新兵といえば、今後長尾家を支えていく上では、重要なんじゃないのだろうか?
次代を失うような事になれば、それこそ大事のように思うのだけど。
「本当に大丈夫なのよね?」
「まあ、何とかなると思いますぞ?それに、一度や二度くらいは、死線を越えるような体験をしておかなければ、有事に際して使い物にはならないでしょうからな。」
「そう?でも心配は尽きないわね。」
「戦をする以上、それはついて回る物と、考える以外ありませんな。」
「願わくば、上手く生き延びてくれるといいわね。」
そして、数日後。
村上義清は兵を率いて信濃に向かって行った。
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