ブラック長尾
偵察部隊が出兵し、私はというと雑務に追われる。
彼らを送り出す為に、様々な仕事が私にのし掛かってきていた。
それらを何とかはね除けた。
ちょっとばかり、睡眠時間を削れば何とかなる。
それはいい。
だが、その代償は大きかった。
他の仕事が全て蚊帳の外にあったせいで、本来毎日コツコツとこなしていくべき仕事が山積している。
ああ、武官ばかりでなく、もっと優秀な文官が多数欲しい。
四則演算程度でいいから計算が出来て、ちゃんと文字を書けるだけでいいです。
俸禄だって、大盤振舞で払ってもいい。
もう、このまま行くと、財政を管理出来ずにパンクするわ。
敵に攻められる事無く、破綻するとかどんな話よね。
まあ、プラス収支な訳で、潰れる事は無いんだけど。
そのせいか、今日もどこかで「あー!!!」と叫びながら、何処かに走り去ろうとする者が出てきている。
すかさず、蔵人あたりが昏倒させ、静かにしている。
文官に対する支配環境は、今日も良好です。
素晴らしいぐらいの、ブラックな状況。
やはり笑えないわよね。
そんな日々を過ごしていると、偵察部隊を監視する乱破衆からの情報がもたらされる。
「景虎様!一大事です!」
「そんなに慌ててどうしたのよ、段蔵。ちょっと落着きなさいな。」
「上野沼田城を攻める北条軍を、背後から強襲することで撃退に成功したそうです。」
「え?」
「さらに平井城や平井金山城などの城を奪還も成りました。」
「は?」
「これにより、北条幻庵率いる北条軍は、上野国から撤退を始めております。」
「んんっ?」
考えが追い付かない。
どういうこと?
私はあくまでも、偵察部隊と称しての少数の部隊の、派兵をしたはずだった。
上杉憲政に対する配慮をしたに過ぎない。
そのつもりだった。
そんな程度の兵力で、どうやってやったのよ。
何、そのミラクル。
「それがですね、偵察部隊が移動をしていくうちに、自主的に参加し出した者達が多数おりまして。」
「えー?」
「城を発った時よりも、数倍の兵に膨れ上がっていたと。」
「あー、そう。なんか頭痛くなってきたわ。」
何それ?
それって、所謂命令違反でしょ?
たまたま勝てたから良かったものの、敗れていたらどうするつもりだったのか。
すぐには無いかもしれないが、逆撃でも受けたらどうするのだ。
更に、蘆名などの他国の連中が、ここぞとばかりに出張ってきたら?
他国を攻めるということは、自国を開けてしまうということでもある。
自分達の家が、帰ってきたら他人に占拠されていたら?
そんなの、やりきれないじゃない。
「もう、命令違反も甚だしいわね。」
「いえ、上杉様に従っていた者達のようです。巻土重来とでも言いましょうか。さらに、ここで武功をたてれば、長尾家に士官も叶うと考えた者も居るようでして。」
「上杉様じゃなくて?」
「実質、兵を出されたのは、景虎様ですから。それに、どうもあまり自国で評判はよろしく無かったようです。」
まあ、それは納得出来る。
「上杉憲政が好き!」とか言える者がいるのなら、その顔を見てみたい。
「まあ、上手くいったなら、現場維持に徹する事。これ以上、攻め込まない事。これをきっちり守らせておかないと。段蔵、伝令を頼める?」
「かしこまりました。」
私の言付けを伝えるべく、軽く頭を下げた後に、私の前から去る段蔵。
後ろ姿を、何となく見つめながら、顎に手をあて思案する。
「しっかし、まあ、何とも言えないわね。」
思わず、言葉が出てしまう。
確かに、それなりの戦果を求めるべく、再び派兵をする予定が、実はあったのだが、それの出番は無さそうだ。
それほどダメージを受ける事無く、上野国を獲得してしまった。
ハッキリと言って、これは不味い。
調子に乗った諸将が、イケイケで更に攻めるような事をされては堪らない。
まだ、統治が確立出来ていないうちに、他国に攻めるなど自殺行為もいいところ。
補給も、ままならなくなる。
そもそも、上野国を統治するつもりも無かった。
だからこその、少数の部隊にしたのに。
ともかく、ひとまず現場維持よね。
さてさて、北条はどう出てくるかしらね。
願わくば・・・だけど、どうなるかしら。
◇
「平井城、落城!」
「平井金山城、共に落城!」
伝令からの言葉は、どれもあまり歓迎されるべきものではない。
せっかく苦労して獲たというのに、それを奪還されるとは何ということだろう。
こんなことで、お屋形様になんと申し開きをすれば良いのか?
この腹かっさばいて、お詫びせねばならない。
・・・と、本来は考えるだろうのう。
撤退も計画の内よ。
向こうからしたら、歯応えの無い戦ばかりで、何とも言えない気分だろうな。
しかし、聡明なお屋形様が、あのような提案を受けるとは。
上野沼田城で敵と交戦したが、兵はいても、どれも雑兵とでもいうのだろうか。
数ばかりで、なんの驚異も感じなかった。
我も我もと、連携も何も無い。
これでは、数の利を生かしきれはしない。
確かに、長尾家から派兵された者達は強い。
が、数が少ない。
奴らは、隙を狙って攻めてくるが、これがまた的確で、ヒヤヒヤさせられる場面もあった。
長尾家の本隊とは、ぶつかるべきではない。
そのお屋形様の考えは、当たっておるのだろう。
それに、この策が成れば、当分の間は長尾家とぶつかる事は無くなるかもしれん。
絶対では無いことは理解している。
が、それでも猶予が出来るのなら、それは大きい。
「どうなさいますか?」
「カッカッ!決まっておるわ、撤退よ。このまま無為に兵を失うのは、お屋形様にも怒られてしまうでな。」
快活に笑い飛ばす。
まあ、上野国より更に南下してくるのなら、迎え撃ってくれるがのう。
さ、撤退じゃ撤退じゃ。
さっさと、逃げることとするかのう。
ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。
また、様々な感想を頂けるとありがたいです。
今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。




