偵察部隊の出陣
何とも押しきられてしまった訳だが、少数の偵察部隊とはいえ、送り出してやらねばならない。
結果的には、私のお墨付きを得ての出陣となったのだから。
いつのまにやら、諸国に散らばる乱破衆の手の者からの情報によると、上杉憲政を越後に住まわした時点で、敵対する意思を見せているというのだ。
全くの濡れ衣と言いたいところなんだけど。
むしろ、身柄を引き渡して欲しいと言ってこれば、なんなら二つ返事であげても構わない。
のしもつけてあげようじゃない。
何せ、私が偵察部隊を出すと決まってから、妙に態度が大きくなっているように見える。
自分は私の義理の父親になるというのが、その理由のようだ。
いや、本当に止めて欲しい。
最近では、様々な要求もするようになった。
やれ酒が欲しい、やれ女をあてがえ、やれ金をよこせとうるさい。
自分の家臣でも無いのに、何だか訳の分からない命令も下そうとするし。
いい加減、しばき倒してやろうかしら?
こんな疫病神を、越後に留め置こうと考えた定満と中条殿には、存分に責任をとってもらいたいところよね。
そのくせ、あの二人も逃げ足は速いから困ったものよ。
まあ、中条殿は様々な普請で忙しいから、それも分かる。
でも、定満はどちらかと言えば、平時は暇なんじゃないの?
多分、何か変な事を考えているであろう事は予想できる。
いい加減、何か企んでいるということは分かる。
そこで、その辺について問いただすと、何とも悪辣な考えを出してきた。
それはどうなの?と思うが、最近の上杉憲政を見ていると、それも良いかと思ってしまった。
お陰で、その悪事に荷担する事にしたのだけど。
さて、やると決めた以上はやらなければならない。
偵察部隊に志願してきたのは、本庄繁長を始めとした、揚北衆でも好戦的な連中だったりする。
政景との戦いに呼ばれなかったのが、どうにも尾をひいているらしい。
でもね。
あなた達を呼ぶと、やり過ぎるのよね。
その為、偵察部隊として出した連中が、無茶をしないか気になるところだ。
少数の兵を出すだけだから、大丈夫だろうけど。
と、そこまで考えてからふと気付く。
乱破衆が諸国に散らばっているのであれば、偵察部隊なんて出す必要が無いんじゃないの?
むしろ、間諜の真似事をさせるのではなくて、その道のプロに任せるべきなんじゃないだろうか?
その方が、情報を獲得するのにも、都合がいいと思うのよね。
となると、この偵察部隊を出す意義ってあるのかしら?
そんな事を考えてしまう。
まあ、決まった事だし、今さらひっくり返すのもどうかしらね。
それに、あくまでも偵察部隊とは言っているが、先遣隊のような役目なわけだし。
「景虎様!頑張ってきます!」
「はい、頑張って。繁長、危なそうなら分かってるわね?」
「任せてください。迎え撃ってやります。越後の武士の意地にかけて!」
「じゃなくて、すぐに撤退してきなさいよ。あくまでも偵察部隊なんだから。情報を持ち帰るのが、第一と心掛けるように。」
「ええーっ!」
「えーっ、じゃない!」
どこまで分かっているのだろう。
本当に御しにくい。
何というか、戦をしたいと本能で動いているようね。
困ったものだわ。
こんなことじゃ、この偵察部隊というのも失敗に終わりそうね。
この人員の配置は何か狙いがあるのかしら。
何せ血の気の多い者ばかり。
そうなると、二人の悪巧みも水泡に帰すんじゃないのかしら?
ま、怪我無く帰ってこられるといいわね。
◇
「よーし!俺達の力を見せてやろうぜ!」
「「「おおー!!」」」
俺が手を上げて、兵達を鼓舞すると皆応えてくれる。
参加者の皆、士気が高い。
考えてみれば、これが景虎様の他国への初の遠征となる。
まあ、景虎様本人は来られないけど。
とはいえ、初物だ。
その初の遠征を成功させる。
となれば、その栄誉は計り知れない。
まだまだ若蔵だと侮る連中や、叔父上を見返してやれるってもんだぜ。
それに、貞興の奴にも大分、水を開けられてしまっているしな。
あいつとは、相撲大会からの縁で繋がった友だ。
共に鍛練もするし、酒を酌み交わすような仲だ。
だけど、それ以上に好敵手でもあると、俺は思っている。
だからこそ、あいつが中々出来ないような武功を達成しなくちゃな。
じゃなきゃ、あいつに並び立つことが出来ないからな。
この遠征には、他に叔父上を始め、幾人かの将が付いてくる。
なんか、景虎様に対して一物ありそうな連中ばっかだな。
政景様との戦の時には、政景様方に付いていた連中の中でも、景虎様に対して、強硬な姿勢をしていた連中だ。
あいつらも参戦するんだな。
そうなると、俺は叔父上と上手く連携して事にあたるしかないな。
あいつらの事、よく知らないし。
いや、それ以上に、こっち見て何だか馬鹿にした態度をしてくるし。
へっ、今は笑ってやがれ。
お前らなんかも出し抜いて、勲功一番は俺のもんだからよ。
そんな事を考えていたら、こちらに向かって一直線にやって来る奴がいた。
こんなところに律儀だなって、そういや城詰めでなんか仕事させられてるんだったな。
「繁長!」
「おおっ!貞興か!」
「頑張ってこいよ!俺達の特訓の成果を見せる時だぜ!」
「任せろ!あの鬼教官のしごきに耐えきったんだ。勲功一番は俺のもんだぜ!」
「おう、その意気だ!俺もお前に負けないように鍛練しとくから、帰ってきたら勝負だぜ。」
「おうよ!」
そうさ。
貞興、お前には絶体負けねえ。
こんな有象無象なんかには負けねえ。
俺が見てるのは、上だけだからな!
◆
「ほう?手紙とな?」
「はっ!こちらに。」
配下の者に手紙を受け取らせ、それを儂が受けとる。
さて、彼の御仁からの手紙の内容はと。
パラパラとそれに目を通す。
その中身は、また意外性のあるというか何というか。
奇策といえば奇策にあたるが、それを実現させるには、確実にこちらの了承が必要であるし、協力が無ければ失敗は必至。
「ふむ。なかなか面白い。が、本気かな?」
「約束を違えるは、お嫌いな方ですから。」
「そのような者が、このような奇策を?」
「はい。」
「ふむ。それは嘘じゃな。これは本人の考えた物ではなかろう。なかなかの知恵者がおるようだな。ま、それは答えぬだろうな。まあ、いいわ。一度くらいは話しに乗ってやっても構わん。民の慰撫が成るのなら、な。」
そう儂が言うと、軽く頭を下げる男。
しかし、面白い。
ま、裏切られたのならそれはそれか。
いくらでもやりようはある。
更々と、書状をしたためる。
「これを持っていけ。何も無しでは不味かろう。」
「ご配慮、感謝致します。」
「では、よろしく伝えよ。この策が嵌まれば、儂もそちらも痛快であろうとな。」
書状を受けとると、スッと闇に消える男。
無音で消える所業に、実力が見える。
あれほどの手練れを送り込んで来るとはな。
もし断っていたら、儂の首でも狙ったか?
まあ、そのような事の無いように、対策は万全にしてはあるが。
さて、では面白い事を確実にしてくれよ、毘沙門天の化身殿。
ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。
また、様々な感想を頂けるとありがたいです。
今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。




