北関東からの来訪者
あれから、政景と景信はたまに酒を酌み交わす仲になったようだ。
一門衆の結束が強くなったことに、私は安堵する。
親類縁者は仲良くすべきなのだ。
骨肉の争いとか、同族嫌悪のような関係は寒々しすぎる。
寒いのは冬の気温だけで十分だ。
幾度と無く季節は巡り、領内における内政事業は起動に乗ったと見ていいところまできていると思う。
港も喫水の深い物も入港できるようになったようで、段々と賑やかになってきている。
様々な他国の商品も入るようになってきており、このまま発展させていけば、より越後に金が落ちてくる事になるだろう。
それに合わせるように、領内の交通網の整備も順調に進んでいる。
これまでの、私の側の将達だけではなく、政景派や景信派の閥の協力も得られた事から、一気に進んだのだ。
なにせ、私の直轄領と比べたら、自分の領地の発展具合が負けていたわけで、となれば、私の親族という最大の利点を利用しない手はない。
それが進むのに比例するように、越後全土の活性化も飛躍的に進んだ。
また、干拓事業も少しずつではあるけれど、こちらも結果が出始めていた。
無理難題かとも思えたが、そこいらの手腕はさすがというわけか。
素直に実綱の実力を誉めたいところだ。
「気合いを持って事に当たり、最後まで気合いを抜かねばなんとかなる。」とか言っていたが、それでも大した物だ。
しかし、それもこれもしばらくの間、越後では戦がなかったから出来たことであることは、忘れてはいけない。
やはり、戦なんてものは、国内の成長を妨げる害悪でしかないと思わされる。
歴史を紐解いていけば、戦争のお陰で技術が進んだ側面もあるかもしれない。
でも、その気になれば、戦なんかしなくても十二分に発展は出来る。
それが、証明出来たのではないだろうか?
そんなことを、ふと思ってしまう。
そんな最中、春日山城に客が到着したらしい。
折り悪く、私は領内の視察と称して、外に遠乗りに出ていた。
付いてくるのは、貞興と本庄繁長の二人に何人かの部下達。
繁長は、つい先日元服を果たした千代猪丸が名乗る新たな名だ。
相撲大会からこっち。
ちょくちょく春日山城に遊びに来ていた。
理由としては、小川殿の愚痴を言いにだ。
そんな理由で?とも思うけれど、いつでも来て良いと言っていたし、別にいちいち困るような事は無いので、好きにさせておいた。
それに、城に来た際は、私の所に挨拶に来るが、すぐに貞興と遊びに行ってしまう。
元服を過ぎた二人な訳なので、何か仕事をしてほしいと思うけど。
まあ、遊びに行くと言っても、修練場にて、ひたすら鍛練を二人で繰り返しており、それならばと見て見ぬふりをしておいたのだ。
現役を退いたとはいえ実力者であり、現在の私の直轄の兵達を教練する泰重の元で、鍛練をしているのであれば、間違いは無いだろう。
それでも、そろそろ思春期。
いい歳した二人が揃えば、何をしでかすか分からない。
それこそ、女遊びでも覚えられたら事だ。
その辺は、最大限の注意が必要だろうか。
心配せずとも、貞興の教育係りのような事をしている配下がいるらしく、下手なことをすれば、口やかましく怒られているようだが。
それはそれとして、客である。
城主の私が、外に出てしまっている以上、相当な時間を待ってもらうことになってしまったようだ。
しかし、先触れも何も無しに、やって来たのだからそれも仕方ないと思うけど。
せめて、それくらいしてくれれば、もてなしの準備をする時間くらいはあったはずなのだ。
その者は、城内で待っているという。
誰が入城の許可を出したのだろうか?
まあ、大方の予想は出来る。
恐らくは、定満辺りが招き入れたんだろう。
招き入れたその者の相手を、定満がしているらしい。
間違っても、私や越後という国に損害を与えるような、間違った判断はしないだろうと、ある程度信頼しているからいいが。
いや、むしろそんな判断を出来るだろう定満が、迎え入れるくらいの人物。
となれば、それは相当な大物に違いない。
私を見つけて報告をしてくれた者に、しばらく休憩してからゆっくりと帰ってくるように伝え、城へと戻る。
貞興と繁長の二人は好きにしてよいと言ったが、私に付いて城に戻ることにしたようだ。
供廻りがいない訳では無いけれど、共に戻るというならそれも良いだろう。
城に戻ると、客を何処の部屋に通したか聞き、そのまま向かう。
あまり長々と待たせるのもよろしくはない。
今さらといえばそれまでなんだけど。
格好だって、失礼なものでは無いはず。
それならそのまま向かっても問題は無いだろう。
「お待たせしました。」
そう言って部屋に入ると、やはり定満が座っている。
それだけでなく、中条殿も共にいる。
何とも黒い二人が並んでいるように思える。
普通に仲の良い二人に思えるが、穿った見方をすると、どうにも悪いことを考えていそうだものね。
その奥の上座に一人見覚えのない男が座っている。
身形が良い事から、それなりの身分であることが伺える。
「お帰りなさいませ、景虎様。」
「ええ、ただいま戻りました。それで、お客様というのは?」
「こちらのお方です。」
「遅いでごじゃる!何をしておったのじゃ!」
いきなり上から目線の言葉使いに面食らう。
いや、それより、『ごじゃる』?
お公家さん?
「こちらは、関東管領上杉憲政様です。」
「そうじゃ、儂が関東管領上杉憲政じゃ!」
「はぁ。それで、その関東管領様がなんのご用でしょう?」
「ほほほ、本当に話が早いの。景虎殿に出馬を願いに参ったのじゃ。」
「出馬ですか?」
そういえば、つい最近上杉憲政と北条氏康との間で戦が起こり、ものの見事に、それはもうこてんぱんのけちょんけちょんに、上杉側が負けたと聞いていた。
その後は、常陸の国の佐竹家に身を寄せたと聞いていたけど。
なんともフットワークがいい。
で、そんな関東管領様が、越後に来た理由が出馬を私に願う?
なんの関わりも無いように思えるけど。
むしろ、父上が上杉家の者を討ち果たしたりしていたはずだし、あまりいい印象とか無いんじゃないかと思うんだけど。
「あの伊勢め、関東管領である儂の言葉に従わず、むしろ反抗してきおって!これを正す為には兵がいるのじゃ。」
「あー、つまり援軍をしろと?」
「そうじゃな。ただ、残念ながら儂の兵は少なくての。景虎殿に中心となって事に臨んでもらいたいのじゃ。」
「うーん。そうねぇ・・・」
「悩むことなど無いであろう!関東管領の先駆けとしての栄誉を得られるのじゃぞ!」
いや、そんな物全くもっていらない。
関東管領の先駆け?
ボロ負けした関東管領の?
しかも、なんの得も無いように思える。
そりゃ、土地を取り返せれば、そこを統治するだろうこの関東管領様との仲が出来る。
が、だからなんだと言うのだ。
また、北条氏康に攻められて救援を出せと言ってくるのが目に浮かぶ。
うん、決めた。
「出馬はしません。丁重にお断りします。」
どこの世界でも、自分の事は棚上げにして、上からものを言ってくる人間はいるものです。
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