大人の部開始
土俵に目を向けると、すでに試合は始まっていた。
参加人数が多いから、一々こちらを待っていては、夜になってしまう。
いや、それは言い過ぎか。
それでも、かなりいい時間になるのは予想できるので、サクサク進められていく。
大人の部には揚北衆の面々も、多数参加している。
お祭り好きよね、ほんと。
かなり気合いが入っているのが、見てとれる。
先の政景との戦に呼ばれなかった事もあり、そのストレスの発散と、優勝者に与えられる報償が目当てなのは間違いない。
何せ、勝ち上がるだけで得られるのだ。
怪我をする可能性はあるものの、命まで取られるようなことは無い。
そのくせ得られる報償が、下手をすれば戦に出るよりも得られる可能性があるのだ。
さらに、家中の者が皆見ている中で活躍すれば、いやが上にも注目が集まる。
それは燃えないはずはない。
何せ、武将という生き物は目立ちたがりばかりなんだから。
景家も嬉々として参加している。
彼も、揚北衆と脳内の構造が似ているんだろうな。
本当に脳筋と呼べる者ばかりで困ってしまう。
そのくせ、戦では硬軟織り混ぜた動きを見せるから大したものだ。
しかし、揚北衆と違い、戦にも毎度参戦している訳だし、何か望みがあるんだろうか?
同様に、実綱も参加組に回っている。
景家と何やら話をしているようで、仲が良いようだ。
ただ聞こえてくるのは、「バッハッハ!」「気合いじゃ!」といつも通りな感じで、何とも言えない。
あの二人は放っておこう。
なんとも暑苦しい。
遠泳大会以来の、二匹目のドジョウを狙う段蔵と、その段蔵によって引き上げられた熊若も参加をする。
シノビーランドの設営や、私の身辺警護(これは定満によるもの)に加え、戦場においても間者の討伐など色々な仕事を任せている。
山が欲しいと言っていたし、それ目当ての参加なんだろう。
俊敏さなら、大会参加者の中でもトップクラスなのは言うまでもない。
無駄な筋肉や、脂肪が無い均整のとれた体格だけど、相撲となればどうだろう。
どこまでやれるか、見ものである。
その他にも、一旗上げるべく参加する者も多数いる。
古兵から若武者、新兵など参加者は様々だ。
かなりの活況具合である。
定満や実乃に中条殿は、今回も参加していない。
私と共に観戦組に回っている。
こちらは、談笑しながらの和やかな雰囲気だったりする。
まったりモードでのんびりしたものだ。
さて、土俵の上で戦う者達を見ていると、不思議なもので力が入る。
グッと手を握りしめてしまう。
娯楽が少ないこの時代。
だからこそだろうか。
思ったよりも楽しめる。
生まれ変わる前を思い出してみると、相撲の中継を見ることはほとんど無かった。
今にして思えば、少し勿体無い事をしていたようだ。
もっとも、その時間は寝ていたり、仕事の準備に追われていたりと、そもそも見ることが叶わなかった可能性も高いが。
試合は、順調に進み決勝戦。
そこまで勝ち上がったのは、どちらも見知った顔だった。
「どっせーい!」
「バッハッハ!甘いわっ!」
気迫のこもった声が聞こえる。
丁度、景家が色部殿を投げ飛ばしたところが見えた。
色部殿は、地面を叩いて、悔しさを全身で表現している。
それを見下ろすように、高笑いをするのは景家。
なんにせよ、これでほぼ全てのプログラムは消化出来たわけだ。
子供の部のときと、同じように拍手喝采が巻き起こる。
そんな二人を、私の元に招く。
「二人ともお疲れ様でした。」
「バッハッハ!見てくださいましたか!」
「くうぅ!悔しいわっ!」
「勝負は時の運ともいうし、鍛練を続けていれば次は勝てるかもしれないわよ。それじゃ、早速優勝賞品を。」
「バッハッハ!願いがあるのですが、よろしいですかな?」
「あら、なにかしら?」
私の言葉を遮るように、景家が口を挟む。
景家もやはり武将。
何か求める物があるということか。
いつもお世話になっているし、なるべくなら叶えてあげたいところよね。
「わしが望むはただ一つ。酒ですな。」
「酒?今日はこのあと、宴会をする予定だったけど。」
「それは、儂ら参加者など長尾家に仕える者達だけでしょう。ではなく、いっそのこと、民達も巻き込んでの大きな宴会としたいのです。」
「ええっ!」
民を巻き込むのは、別に構わない。
でも、そこに振る舞う酒を私が出す?
そんなことしたら、用意しておいた分だけでは足りない。
それに、そんなお金がどこにあるというのか?
いや、頑張れば用意出来ないというわけじゃ無いけど。
「出来ませんかな?」
「うーん、そうしたら条件をつけるわ。」
「なんですかな?」
「景家が今回は酒を飲むのを我慢するなら、頑張ってそれを叶えてあげるわ。」
「なんと!むむぅ・・・」
少し意地悪かもしれないけど、想定していたよりも大きな出費になってしまいそうなのだ。
このくらいは許されと思う。
「ならば、我からもよろしいか?」
「なに、色部殿?」
「我は柿崎殿に酒を飲ませたいと願おうか。」
「ん?それって・・・」
「おうおう、つまり儂は皆の為に酒を飲めぬという条件を、色部殿が救ってくれる訳か。これはありがたい。」
「柿崎殿のおらぬ宴会など、面白くは無いですからな。」
おおう。
いつの間にか、結託している。
しかも、二人とも私の扱いをわかっているじゃない。
そんな風に、みんなの事を考えての事なら、しかも双方の願いとなれば、私が嫌とは言えない。
「仕方ないわね。分かったわ。二人の願いを聞き届けます。でも、やっぱり条件はつけるけど。」
「なんと?これ以上何の条件を?」
「決まっているじゃない。やるからには全力で楽しんで頂戴。もう、いっそのことお祭り騒ぎになるくらいに盛り上げを頼むわよ。」
「バッハッハ!なるほど。それだけ盛大にやれば、負けた者達もうさを晴らせますな。」
私の言葉に快活に笑う景家。
無論、私としてもタダではやるわけがない。
酒を振る舞うことで、領民の支持を得ようという、若干浅ましい考えが無いわけでもない。
それに、仮に次回があったとして、優勝者達が身を引いて、皆に酒を振る舞うというのも恒例になれば、段蔵の時のようなお願いを聞くことは無くなる・・・はず。
あのときは、勢いあって話を聞き、それが叶えられそうだったから、そうしたというだけの話。
まあ、仕官したいとかの願いは、相撲を取っているときに、よさげな若者達はチェックするように、諸将には命じてある。
そんな彼らを登用するかどうかは、それぞれの裁量に任せたい。
勿論、それに私も含まれる形になるので、もしかすると人材の取り合いになるかもしれないわね。
さて、後は今日のメインイベントね。
これが終わらないと、宴会も何も無いからね。
早速やろうか。
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