少年の部優勝者
さて、勝者が決定したため、優勝者の健闘を称えねばならない。
土俵の上で、恥ずかしそうな、また勝ち誇ったような何とも言えない顔をしているその姿は、いかにも少年じみていて、好感が持てる。
そんな彼と、準優勝者である貞興の二人を私の元に招く。
二人が私の所に来ると、早速大人の部の準備が始まりだす。
タイムスケジュールが、中々シビアに組まれている。
大人の参加者が、かなりの人数になるためだ。
この辺は、もう少し考えないといけないわね。
次回があればだけど。
「二人ともお疲れ様。まずは貞興からかな。準優勝おめでとう。とても良い一番だったわ。」
「ありがと、お虎兄ちゃん。でも、良い一番では無かったよ?」
「そんなことは無いわよ。死力を尽くしての決勝戦なんだもの。」
「まあ、いいや。それで、なんで俺まで呼ばれたの?決勝戦で負けちゃったのに。」
「充分に健闘していたからね。はい、これをあげるわ。」
そうして手渡したのは、一振りの太刀。
元服を済ませた若武者には、それなりに良い武器を持つのも一つの嗜みと思ったからだ。
それに、貞興は小島家に入ったとはいえ、まだまともな武具を揃えきれてはいないだろう。
それならば、それなりの業物を持つべきなのだ。
まあ、業物と言っても、名もない刀鍛冶が打った一振りなんだけど。
それでも、切れ味は中々のものだ。
「大事にするよ。」
「これからの活躍に期待するわ。そして、優勝者のえーっと?」
指で宙に円を書きながら、名前を思い出そうと試みる。
が、よくよく考えたら名前を聞いていない。
いや、一番とる前には名前を呼ばれていたはずなんだけど。
えーっと、何だっけ?
「手前、越後は北部の下郡。阿賀野川にて産湯をつかい、本庄家を継承する者で御座います。姓は本庄、名は千代猪丸といいます。」
「えっ、ああ、そうだったわね。優勝おめでとう。」
なにこの子?
昔の任侠に出てきそうな言葉使いで自己紹介?
え?
少年ヤクザ?
「はい。ありがとうございます。」
「それで、優勝賞品なんだけど。」
「その事なんですが、お願いがございます。」
「お願い?何でも言ってみなさいな。叶えられるかどうかは分からないけど。」
「はい、それでは。手前は、家の実権を取り戻したいのです。」
「実権?」
「この度、父の十三回忌の法要があり、その前に元服をする運びとなりました。ようやく家督を継ぐことが叶うんですが、それでも目の上のたんこぶってな、あるものでして。」
「それで?」
「今は、小川長資という叔父が後見人になっているのですが、専横が酷くなっております。これを除きたいのです。」
小川殿がねぇ。
家臣だとはいえ、他所のお家の事情なだけに、これは解決は難しいのかしら?
なんにせよ、千代猪丸だけでは判断がつかないわね。
もう一方の当事者の話も聞かないと。
千代猪丸の話を鵜呑みにするだけでは、小川殿が可哀相だものね。
たしか、今日の催しに参加していたはずよね。
私は、既に着替え終わって、私の側に控えていた長重を見やる。
それだけで、私の意を汲んだようで、さっと駆けていく。
しばらく千代猪丸から、小川殿がどれだけ酷いのかを聞き続けている内に、小川殿がこちらに表れた。
「景虎様。お呼びとか?それに、そこにいるのは千代猪丸か。さすが兄上の子だ。」
「はぁ、ありがとうございます。」
「そうそれで、小川殿を呼んだのは他でも無いわ。あなた、千代猪丸の家を、我が物顔で専横しているらしいじゃない。」
「何を、藪から棒に!そんなことするわけが無いでしょう。」
「本当に?そう言っているけど、どうなの千代猪丸。」
「なっ!嘘だ!」
小川殿の言葉に怒りをあらわにする。
子供が怒っても、可愛らしく見えてしまうのは仕方ないだろう。
しかし、小川殿は千代猪丸の意見を真っ向から否定している。
さて、どちらを信じるべきだろうか?
「父上から城を奪ったじゃないか!」
「違う。あれは守りに就いただけだ。敵方に奪われたら大変だからな。決死の行動を、裏切りのように取られるのは心外だ。」
「父上亡き後、領内を我が物顔で歩いているじゃないか。元よりいた配下の者達も、自らの仕事が奪われたと言っていたぞ!」
「何を言う。まだ、元服も済ませぬお前に成り代わり、領内統治をするのも、後見人の役目だろうが。それに、ちゃんと仕事に励む者から仕事なぞ取り上げぬ。兄上が亡くなったのを良いことに、私腹を肥やす馬鹿者どもを放逐しただけではないか。」
「それに、先の春日山城を巡る戦でも、勝手に兵を出したではないか。」
「揚北衆の一角である本庄家が、兵を出さないわけにはいかんだろう。まだ幼いお前の名代も兼ねたが、それも間違いと言うか。他の連中を納得させるのに、どれだけ時間をかけたと思っているのだ。」
あー、なるほど。
話を聞いている分には、誰が悪いかすぐに分かるわね。
色々な事に腐心していたわけだ。
これじゃ、千代猪丸はただ駄々をこねているだけにしか聞こえないわよね。
「話を聞くぶんだと、小川殿の言を信じるしか無いわね。」
「何故です!優勝者の望は叶えてくれるのでしょう?」
「まあ、聞きなさい。小川殿、千代猪丸が元服したらどうするの?」
「しばらくは面倒を見なくてはならないと考えてますが、領内の運営を身に付けたのなら、そのまま差し戻して、自らの領内に戻るつもりです。景虎様の政策を多少真似しながら、領内をより発展させたいですから。」
「だって。心配しなくても転がり込んでくるのだから、暫くは待ちなさい。それがいやなら、早く一人前の男と認められるようになりなさいな。それもいやなら・・・私も怒るわよ?」
子供に諭すように言う。
若干脅し含みではあったけども。
最後の怒るの所で、ビクッとしていたのを私は見逃さない。
「ぐうっ!そこまで言うのなら仕方ない。景虎様に従う!」
「そうなさい。一人前の立派な将になるのよ。あと、困った事があればいつでも相談に来なさい。」
それだけ伝えると、とくに望みを叶えたわけでは無く、話を聞いてあげただけだったから、貞興同様に、刀を一振り渡すこととした。
現金なもので、刀を渡されると新しい玩具をもらったような顔を見せる。
やはり、この辺は子供なのだろう。
そうして、私の前から下がると、脇に控えていた貞興と楽しそうに話をしながら去っていく。
戦いを終われば友達にでもなるのだろうか?
負けても健闘を称えていたし、気があったのかもしれないわね。
さて、それはそれとして。
「段蔵・・・は、大会に出るんだっけ。蔵人いる?」
「・・・」
私の呼掛けでさっと表れる世瀬蔵人。
「今の話は聞いてたわよね?ちょっと調べてほしいんだけど。」
「・・・」
無言のまま、こくりと頷くと、さっと何処かへ消えてしまう。
頷いていたから、私の言いたいことは理解しているだろうけど、無言て。
よくよく考えてみると、越後に来てから何度か会ってはいるが、声を聞いた事が無い。
変なキャラ付けしてるわよね。
その後、小川殿が春日山城に来ていたタイミングで、千代猪丸を焚き付けていたであろう家臣数名が、行方不明になるのだけど、それはまた別の話。
貞興に友達が出来ました。
本来、暗殺されていたはずの小川長資が生き残りました。
マイナーな武将を生かしてどうするかって?
どうしましょうか?
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