長尾景虎主催相撲大会 ようやく開催
会場は多くの参加者や、観覧者で賑わいを見せている。
今回は、以前やった遠泳大会とは違い、オープン参加は認めてはいなかったものの、長尾家に仕える者とその親族であれば、誰でも参加が出来る。
また、優勝者には、なかなか豪華な景品を用意している。
もっとも、そんな景品よりも、私に自らの願いを叶えてもらえるかもしれないという方に、人気が出そうだ。
段蔵という前例があるわけだし、叶えられる範囲での願い事ならば、聞いてあげるつもりでいる。
ちょっとしたお願いを聞くだけで、景品を下げられるなら、損失が少ない。
さて、会場に目をやる。
下馬評通りといえば、それまでの話になってしまうかもしれないけれど、長重と貞興は順当に勝ち上がっていった。
長重は、対戦相手をよく観察しているようで、どのような癖があるか見極め、対応策をその都度用意しているようだった。
時には真っ向から、時には変則的に相対しており、思考の柔軟さをいかんなく発揮していた。
貞興はというと、こちらもよく頑張っている。
体格差をものともしない。
そうとうに鍛えられたのだろう。
それに同年代と見比べても、頭一つ抜け出している。
優れた食生活と、子供であっても容赦ない鍛練の結果が出ている。
柔と剛とも言える対称的な二人だった。
そんな二人は準決勝でぶつかる事になった。
どちらも勝ってほしいし、応援をどうするべきか悩んでしまう。
「重兄、負けないぜ!」
「こちらも簡単にやられるつもりはないぞ?」
「そうこなくっちゃな!よーし!やってやる!」
「よし、来い!ぶん投げられて泣くなよ!」
「泣かないよ!」
土俵の上で向き合う二人。
二人とも真剣な表情をしている。
合図がかかり、貞興が一直線に突っ込む。
下手な小細工の無い、気持ちのいいくらい真っ正面から長重に突っ込んでいく。
対する長重は、体を半身で躱すかのような動きを見せる。
ここまで、貞興が見せてきた戦い方は、相手に一身にぶつかるというものだったから、相手の勢いをそのままにして受けながそうとしたのだろうか。
その動きに反応するように、貞興も長重が躱した方に方向転換。
機敏についていく。
その動きに、驚いた様子の長重。
「へんっ!なんかすると思ってたよ!」
「読んでいたのか。」
「今までわざとやってたからな!」
「くっ!」
わざと、今まで貞興はぶつかるようなやり方をしていたのか。
さすがに付き合いが長いだけあって、手の内は知り尽くしているということか。
いや、ただ性格を読んだだけかもしれないが。
それでも、長重の動きについていったのだから、ここら辺は読んでいたのは間違いない。
面食らった様子の長重ではあるが、確りと地に足をつけ、踏ん張りを効かしている。
がっぷりと組み合う形になってしまった以上、下手な小細工はかえって悪手となりかねない。
となれば、後は地力で打ち負かすしかないと覚悟を決めたのだろう。
一進一退の攻防は続く。
手に汗握るとはこの事か。
長重が投げようとしても貞興はこらえ、逆に貞興が押し込もうとしても、頑として動かない長重。
その戦いに、見る者は歓声を上げる。
子供の試合と侮っている者は、既にいない。
ただ試合の結果が気になって仕方がないと、固唾を飲んで見守っている。
私も、思わず身を乗り出してしまう。
そんな攻防も、やがては終わりを迎える。
長重が仕掛けた投げを何とか堪えた貞興が、身を捻るようにして長重を転ばしたのだ。
咄嗟の行動だったのか、呆気に取られた表情の貞興。
対して苦笑を浮かべる長重。
長重が、ポンポンと貞興の腕を軽く叩くと、破顔一笑。
跳び跳ねるようにして、全身で喜びを表現しだす。
それに、観客も歓声を上げる。
こうして、決勝には貞興が進むことになった。
対戦相手はというと、まだあどけなさも残る少年だった。
だが、目がギラついており一筋縄ではいかない事が予想される。
戦い方も、準決勝前までの貞興のように、真っ直ぐ相手にぶつかるもので、自らの力でねじ伏せてきていた。
しかし、これはどう言うことだろう?
少年の部とはいうものの、十代での年齢差は体格差に如実に出るだろうに、まだ子供と言ってもいいであろう二人が残っているのだ。
負けん気だけでは埋めることが、本来出来ないであろうハンデをもろともしない。
大したものだと感心させられる。
長重と貞興の激闘が冷めやらぬ中、決勝戦の火蓋はきって落とされた。
が、結果はあっさりとしたものだった。
準決勝で力を使い果たしたのか、貞興がさっさと倒されてしまった。
思えば、決勝戦前のインターバルは用意されていなかった。
これは、貞興には悪いことをした。
それでも、笑って相手の健闘を称える様子を見て、少し安心する。
トーナメントの組合せによっては、相手がそういう風になっていたかもしれない訳だから。
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