哀願
陣を払い、城に戻ること数日。
春日山城に、来訪者が来る。
長尾政景その人が、ようやくこちらに来たのだ。
綾姉様を伴ってきたようだ。
綾姉様に会えるのはうれしいけれど、まずは先に片付けるべくを片付けなければいけないわよね。
まず、政景と綾姉様を引き離さなくては。
さすがに評定の場には出させられない。
あそこは、女人禁制の雰囲気があるものね。
というわけで、その間の相手はお母様と三人娘に任せる事にした。
自分の夫がどうなるのか心配だろうから、少しでもそれを和らげる為、同じ女性に対応させるのがいいだろう。
一方、政景は評定の場に待たせる。
周りには、先の戦に参戦した者だけでなく、私に付き従う者達が座って囲む。
威圧と取るならそれで構わない。
実際、威圧しておいた方がいいだろうし。
少なくとも、侮られるのだけはよろしくないのだから。
到着の報が届いてから、しばし待つ。
すぐに顔を出すのは止めるべきとの、中条殿からのアドバイスに従う。
というのも、政景が来る前に一部の者達と、こっそり対応策というものを話し合っていた。
“オカマは難しい事は考えない”というママの教えを守っているというよりも、自分の無い頭を頼るより、洞察力のある人間に物事を考えさせた方が、結果がついて来るのではという考えからだ。
この体制が確りと出来上がれば、私が直感で動いても何とかなりそうだものね。
でも、決して自分自身で考えるということを放棄した訳じゃないけど。
だって、あくまでも商売上はというのが、但し書きでついてくる話なのだから。
さて、そろそろいいかと部屋を出る。
評定の場に、真打ち登場と言わんばかりに出ていこうかしら。
いやいや、そんなところで目立っても仕方ないわよね。
と、くだらない事を考えながら廊下を歩いていくと、私の歩いてきた方に顔を向けて座る一人の美女が。
って、綾姉様?
何でここに?
「景虎、少しいいかしら?」
「皆を待たせているから、少しなら。」
「ありがと。あの、お願いがあるんだけど。」
「お願い?」
「私の旦那様をどうか殺さないでおいて。」
「藪から棒に物騒ね。」
綾姉様は、そういって平伏する。
政景の助命嘆願の為に、座って待っていたのか。
まあ、そうよね。
それ以外に、冷たい廊下に座って、私を待つ理由なんかあるわけがないわよね。
以前にも命を助けるよう頼まれたけど、今回もか。
でも、待って欲しい。
私が、そう簡単に人の命を奪うように見えるのだろうか?
だとしたら、ちょっと寂しいわね。
「お顔をお上げになって。」
「うんと言ってくれなければ、上げる事は出来ません。」
「いやいや、だから綾姉様。何で私が政景殿を殺さなくてはならないの?」
「では?」
「こちらに降ってきたんだから、そんなことはしないわ。確かに釘を刺すくらいはするけど。」
「本当ね?」
「いつから、私はこんなに信用されなくなってしまったのかしら?」
「さすがに今回は、簡単には旦那様は許されるとは思えなかったから。」
気持ちは分からなくもない。
でも、降るのを認める為に出した条件に従った者を、無下に出来ようか?
そんなことをしてしまっては、それこそ血も涙も無いじゃないか。
私に反旗を翻した以上、簡単に良好な関係が構築出来るかと言われれば、難しいの一言に尽きる。
でも、元々親族であるわけだし、義理とはいえ兄上様になるのだから、関係の修復をすることも可能じゃないだろうか?
そう考えてしまうのは、甘過ぎなのだろうか。
「さあ、綾姉様。こんなところに座ってないで、お母様のところで待っていて下さい。」
「でも・・・ううん、そうね。そうするわ。」
私が差し出した手を握ってくれたので、引っ張り上げる。
華奢な、か細い腕をしている。
こんな綾姉様を、ここまで心配させるなんて。
叛意を見せたことよりも、そちらの方に憤慨してしまいそうよね。
綾姉様は立ち上がった後も、しばらく私の手を握っていた。
私の手を握るその手が力強く、綾姉様の強い気持ちが伝わって来るようだ。
やがて、私の手を離すと、部屋に戻っていった。
城の内部については、勝手知ったるといった具合だ。
それも当然よね。
元々は、ここに住んでいたのだから。
さて、私も気を取り直して、評定の場に向かう事にしよう。
政景が、既に針のむしろのような状況にあるのは想像できる。
なにせ、私の側の将達に囲まれているのだ。
居心地なんて良いわけがない。
別に急ぐ必要は無いが、それでも、ね。
さてさて、綾姉様にはああ言ったけれど、どういう風な流れになるのだろう。
上手く流れをコントロール出来れば良いけど。
その辺は、事前に相談した彼らに期待するしか無いわよね。
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