坂戸城は見れぬ
噂はあっという間に広がり、私の側の兵達は士気が上がる。
何せ、戦に出てさえいれば、満足に食べることができる。
自分達がいない分、家で帰りを待つ家族達も、少し多目の食事を取れる。
となると、大した戦いが無いとなれば、むしろ歓迎といった具合だ。
さらに、私がようやく本腰を入れて敵を攻撃するとなれば、勝ちを確信したのだと思うのだろう。
何せ、越後限定の不敗の毘沙門天の化身(笑)なのだから。
それに、増援が来ると勘違いした敵方の士気のただ下がり具合にも驚かされる。
城を枕にとか、城主の一族がワーワーいうだけで、集められた兵達にとっては毛頭無いだろう。
こちらに降りたい意思を示して来たところで、不思議なことは無いと言える。
それらの声を聞き、定満は悪い笑顔を浮かべ続ける事になる。
人相悪すぎなんだけど、皆何も言わない。
景家あたりなら、高笑いをしながら何か言いそうなものだけど、それもない。
仕方がない。
私が言うしかないか。
「なんかご機嫌ね、定満。」
「おお、景虎様。これほど儂の策がはまれば、これほど痛快な事はありますまい。軍配者、宇佐美定満ここにありと天下に知らしめることにもなるやもしれませんからな。」
「でも、それは勝利しないとダメじゃない?取らぬ狸のとか言うし。」
「皮算用だと?」
「ようは確定するまで油断は禁物ということよ。そんなことは言われなくても分かっているでしょうけど。」
「無論です。」
「ならいいわ。あと、その笑顔が不気味だから、止めた方がいいわよ?」
「なっ!」
私に言われて、口許をすぐに押さえる。
自覚症状無かったらしい。
だから誰も何も言わなかった?
いやいや、それはそれでどうなのよ?
さて、私が坂戸城に総攻めをするという噂が広まってしばらく。
私宛に、急使が訪れる。
誰からの使いかはお察しというところか。
長尾政景からのであった。
「長尾景虎様はこちらに?」
「私がそうよ。あなたは?」
「はっ!長尾政景様より書状を預かって来た者にございます。」
「書状ねぇ。弥太っ、じゃない貞興。」
「あいよ!お虎兄ちゃんに渡してやるから、書状。」
使いの者に手を差し出す貞興。
儀礼的なものが本来ならあるのだろうけど、貞興は気にしていない様子で、長重あたりが苦笑している。
貞興の手に書状が渡されると、それが私の元に運ばれてくる。
さてさて、内容はと。
長尾房長と政景の二人が私に臣従するという内容だった。
えっ?
房長って誰よ?
あ、政景のお父さんなのね。
ありがとう、長重。
となると、これで戦は終わりという事になるわけね。
なんだか、よくわからない始まりと終わりね。
私の預かり知らないところで終わってしまった印象よね。
まあ、終わりならそれでいいけども。
「成る程、よくわかったわ。」
「では?」
「房長殿の臣従をお受けします。私達は陣を引き払い次第、春日山に戻ることにしましょう。」
「ありがとうございます。」
「あ、すぐにでも政景殿には、春日山城に登城するように伝えておいて。これまで引き合いに出てきていなかった房長殿を、このような追い込まれた時になって、頭に立ててくる真意を知りたいわ。」
「と、おっしゃいますと?」
「自分が始めた戦の幕退きは自分でするべきよ。それじゃ、そういうことで。あ、これが受けられないなら、総攻めは予定通りということで。さあ、使者の方はお帰りよ。」
何かを言いたげだった政景からの急使は、追われるようにしてこの場から立ち退かせた。
このくらいは当然よね。
以前に私に抵抗したときは、綾姉様に頭を下げさせるような事をしていたし、今回は自分のお父さんの出番とか。
ハッキリと言って、大人のすることじゃ無いでしょう。
誰でも分かるわ。
自分が折れて退くのであれば、自分が出てこないと。
誠心誠意に尽くすから、相手も応えてくれるのだ。
それすら出来ないなら・・・ね。
「よろしかったので?」
「頭を下げるなら自分で下げるべきでしょ?」
「バッハッハ、正論ですな!ここで、キッチリと政景めの心を折るのは重要な事!また、何かにつけて反抗されてはかなわん!」
「しかし、春日山城に登城しなかった場合はどうするのですか?せっかくの定満様の絵図も無駄になってしまいませんか?」
「いや、儂は構わんが?」
「本当かよ!じいちゃん得意のやせ我慢じゃ無いの?」
「いつからやせ我慢が得意になったというのだ!」
私の判断に対して、皆が話を始める。
冷静に先を考える長重、豪胆ながら状況を考えている景家、策を考えぬいた定満、そして、それを少しばかり茶化すような貞興。
いや、貞興は天然ね。
和気藹々とした、仲の良い事。
「もし、登城しない場合は仕方ないわね。反抗勢力を残したままではよろしくないでしょうし。そのときは、定満分かるわね?」
「根切りにて応えましょう。」
「いや、そこまで物騒にしなくてもいいから。」
「重兄、根切りって?」
「一族郎等皆殺しという事らしい。」
「うへぇ、おっかねえな定満のじいちゃん。」
「バッハッハ、宇佐美殿らしい!」
最後まで締まらないが、私達は陣を払い、春日山城に戻ることにした。
結局、坂戸城に攻める事は無かったわね。
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