集う乱破
「フンフフフンフン、フフフフフーン。」
鼻唄を歌いながら、野を、山を、谷を越えて駆け抜けていく。
周囲の景色が変わり続けるが、そうは言っても特にそちらに関心はない。
あくまでも、見慣れたような景色が、入れ替り立ち替りしているだけなのだから。
大体、修行をしていた時などは、山に籠り続けた訳だから特に気にはならない。
最近では何となくではあるが、鼻唄を歌ってしまう。
それも、全ては景虎様のせいだったりする。
伊賀の有名な乱破の事を歌ったもののようで、山や谷を飛び越えたりはともかく、顔の特徴を歌ったりという奇天烈なものだった。
おそらくは、それも全ては相手を騙す為の変装の事を言っているのだろうが、なんとも不思議な変装ではある。
とはいえ、乱破をわざわざ歌にしたものというのは珍しく、何となく気に入ってしまった。
景虎様と話をするときに、たまには”ニンニン“とつけた方が良いかと考えてしまうが、自分にはやはり合わないだろう。
「止まれ。」
変なことを考えている間に、どこぞの領域に踏み込んだらしく、自分を制止させようとする声が聞こえる。
が、その姿は見えない。
本来であれば、迂闊の一言な訳だが今回は違う。
むしろ、わざとやっていた節もある。
声の指示に従い、足を止める。
そして、周囲の気配を探る。
なかなか出来るようだが、まだまだ甘いな。
声の主が居るであろう方向を向く。
何人かの気配が感じられる。
人数の多さでの優位差は大事だからな。
「何用でこのような所に来たのだ。」
「何、昔馴染みに会いに来たまでだよ。」
「ほう?昔馴染みか。」
「おう、そうよ。突破の熊若は元気か?」
「何?貴様何奴?」
「飛び加藤と言えば分かるか?」
「おお、あの!」
どうやら、自分の事を知っているようだ。
甲州乱破の里まで、入れてくれれば話は早い。
直接本人に話が出来れば、きっとあいつなら話に乗ってくる。
「しばし待たれよ。今、確認を出させた。」
「おう、よろしく頼む。」
確かにその言葉通り、遠ざかっていく者がいるようだ。
となれば、しばらくはのんびり待たせてもらうか。
慌てたところで、何が起きる訳でもなし。
下手に警戒させるのもよろしくは無いだろう。
とはいえ、何があってもいいように準備はしておかなくてはならないが。
しばらく待っていると、こちらに向かって来る者がいるのが分かる。
急ぎ足でやって来ているようだ。
使いとして行かされた者が、置いてきぼりを食らっているようだ。
そいつも遅い訳じゃ無いんだが、こちらに向かって来る者に比べれば、やはり霞む。
猛烈な勢いのまま、自分の前に姿を現す。
「来たか、突破の熊若。」
「おうおう久しいな、飛び加藤。仕官は叶ったか?」
「はっ、当然だ。」
「ほう、そりゃめでてーな。」
無用心に近付く熊若に、こちらも無用心に近付く。
そして、どちらともなく手を打ち合う。
「まさか、本当に仕官が出来るとはな。無理だと思っていたが、まさかそんな物好きがいたとはな。」
「自分の実力なら当然だ。この腕を買ってもらったのだからな。」
「いや、悪気は無いんだ。心底から良かったと思っている。それで、その仕官が叶ったお前が何しに来た?我らを笑いにでも来たか?」
「自分がそんなことをするものかよ。今日は良い話を持ってきた。」
「良い話か。まぁ、いい。立ち話もなんだ。里に案内しよう。」
「そうだな。」
そう言って、踵を返し駆け出す熊若の後に続く。
こちらに対して、警戒をしているようだが、それでも案内してくれるというのであれば構いはしないのだろう。
里に向かう経路は変わってはいないのだな。
そんなことを考えながら付いていく。
かつて、諸国を修行の旅と称して回っていた時に訪れたことがあったのだが、変わりはなかったということか。
やがて、里にたどり着くと、その中の一つの家に通される。
周囲の建物より立派な物だとはいえ、あばら屋のような物であることに変わりはない。
中に入ると、熊若が囲炉裏の辺りに座るのを確認して、その対面に座るようにした。
「それで、良い話とはなんだ?」
「おう、そうよ。熊若、お前仕官するつもりはないか?」
「仕官?俺がか?そりゃ、無理だろ?」
「何故、無理と決めつける。」
「お前と違って、里の連中の面倒も見にゃならん。こいつら全員連れて行ったとして、受け入れられるのか?そりゃ、無理な話だろ?」
「いや、問題ない。景虎様は、乱破衆をお作りになりたいようだからな。」
「景虎様?」
「そうよ、越後守護代の長尾景虎様だ。」
景虎様から受けた話を、熊若に話してやる。
越後に、乱破衆を作りたいという事。
そのために、自分を責任者に据えた事。
その乱破衆に参加する者の選定も任されたこと。
さらに、雇う際の条件についても。
始めはあり得ないという表情だったが、段々と変わってくる。
それこそ、あり得ないといわんばかりの笑顔ではなく、思案顔にだ。
「なんだ?何か気になるのか?」
「ああ、あまりに厚遇過ぎるだろ。」
「仕方ないだろ、景虎様はそういうお方なのだから。」
「うーん。それが本当なら、それこそ夢のような話だが、果たしてどうだろうか?」
「一度、話を聞くだけ聞いてみたらどうだ?」
「しかしな・・・仮に様子を見たとしたら?」
「席次が後ろになるだけだろうよ。これから、戸隠の連中や奥州の連中にも、声をかけるつもりだからな。」
「そうか・・・よし、わかった!このままにしていたところで、じり貧になるのは見えている。武田家からも誘いを受けているが、条件ははるかに長尾家の方が上だ。お前の言葉を信じる事にしてみるぜ。」
「じゃあ、決まりだな。」
ニヤリと笑う熊若に、こちらもニヤリと笑い返す。
こうして、甲州乱破の里の住人は一夜にして、忽然と姿を消すことになった。
後日、自らの手足にすべく動いていた、武田家家臣の飯富虎昌は、その里の様子を見て愕然としたらしいが、これはまた別の話。
ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。
また、様々な感想を頂けるとありがたいです。
今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。




