大人の階段
段蔵を見送ってから数日経つ。
が、なかなか戻って来る様子は無い。
ちょっと心配になってしまう。
このまま帰ってこないんじゃないかとかではない。
むしろ、そんなことは微塵も考えたことは無い。
それよりも、根なし草のような生活をしていたらしいけど、チャンとご飯は食べれているのか、怪我はしていないかなど、そちらの方が大きい。
さて、いつものように政務に励む日々な訳だが、今日は少し違う。
というのも、珍しく私のもとに泰重が自らやって来たのだ。
用件は何なのか?
見当もつかない。
が、同じ城で働いているのだから、たまには顔を見るのもいい。
「今日はどうしたの?」
「実は重太の事なのですがのう。」
「あら、重太がどうかしたの?さっきも顔を見たけど、いつも通り元気そうだったけど。」
「いや、そろそろ元服させるのも、良い時期かと思いましてのう。」
「ああ、そういうこと。」
つまり、重太を大人の仲間入りさせようということか。
よくよく考えてみると、大分成長して背も高くなった。
まだ、幼さは残るものの、時おり精悍な顔つきになる。
しゃべり方を見ても、若干背伸びをしているようにもとれるが、それも早く大人になりたいという、意志の表れだろう。
ありがたいことに、私の力に早くなりたいと言ってくれている。
が、小姓のような扱いのままでは、中々それも叶わない。
「そうね。それもいいかもね。」
「ああ、良かったわい。反対でもされたらと考えると、夜も眠れませんでしたからのう。」
「あら、馬鹿ねぇ。私が反対するわけ無いじゃない。確かに大人になっていく重太を見ると、たまに寂しくなることもあるけどね。」
「それだけ、景虎様も大人になってきているという事では無いですかのう。」
「そうなのかしらね?」
さて、この時代、元服というと子供から大人へとなるための大事な通過儀礼であった。
子供の髪型から、大人の髪型へと変える。
そして、烏帽子親より烏帽子をつけてもらい、幼名から元服名へと変える。
私が、虎千代から景虎へと名前が変わったように。
さて、この烏帽子親。
誰がなるかというと、所謂仮親となる者が行う事になる。
あれ?
私の時は、そんな人いたかしら?
全く覚えがない。
兄上と話をしているうちに、トントン拍子に話が進み、気づけば戦場に立っていた。
うーん、まぁ、いいか。
深く考えても始まらないし。
「それとですな。弥太の奴も、共に元服をしてしまおうかと思うのですがのう。」
「弥太も?少し早いんじゃないかしら?」
「早いと言えば早いかもしれませんが、別段おかしなところは無いですのう。」
「そうなのね。まあ、いいわ。あの子も一緒にしないと、拗ねるのが目に見えてるものね。」
「まったくもって、困ったものですな。それだけ背伸びをしたいのですよ、重太と同じで。」
「急いで大人にならなくてもいいのにね。」
「まあ、こればかりは仕方がないですのう。」
重太だけじゃなく、弥太も元服をさせるのか。
揃って、私の小姓から卒業になるわけね。
今は、他にも小姓が増えたから、問題は無いけれど。
でも、弥太も元服をするというけれど、あの子確か武家の生まれじゃなかったわよね?
その辺はどうなっているのかしら。
その辺の質問をしてみると、あっさりと答えが返ってきた。
「それなら心配ありませんのう。晴景様より、断絶に近いお家の養子として迎え入れてもらえるように、算段をとって頂いてましたから。」
「おおう、いつの間に!」
「景虎様はお忙しいですから。無用な心配事をせぬようにとの晴景様よりの配慮でしょうな。」
「兄上らしいわね。それじゃ委細任せるわよ。私は忙しいらしいから。」
「かしこまりました。元服が終わり次第、出仕をさせましょう。二人も、景虎様にご挨拶したいでしょうし。」
「わかったわ。じゃ、楽しみにしているわね。」
◇
「さあ、これで全て終わりかのう。」
「いやはや、くたびれますね父上。」
「でも、これで名実共にお虎兄ちゃんの力になれるんだよね。」
「おう、そうだのう。これからは重太は長重、弥太は貞興としてやっていく事になるのう。」
「精一杯励みます。」
「うむ。その気持ちだけでも、景虎様はお喜びだろう。」
「でも、これからは俺も武士かぁ。」
「良かったじゃないか。」
「おう!」
にこやかに笑う貞興と、凛とした表情の長重。
重太は、儂の跡取りとして甘粕家を盛り立てていく事になる。
そして、弥太はというと、小島家を継ぐことになった。
とはいえ、没落寸前と言っても差し支えが無いようなお家であったから、特に屋敷が有るわけでもなく、しばらくは暮らしぶりは
変わることは無い。
つまりは、しばらく甘粕家に居候という形になるわけだ。
それにしても、晴景様は小憎らしい事をしてくれる。
まさか、弥太のお家が決まった事を、景虎様にお伝えしないとは。
一瞬、機嫌が悪くなったかと心配になったわ。
「きっと、驚くと思うよ。」と軽く仰られていたが、それで怒られるのは、儂だというのに。
とはいえ、長尾家前当主のお言葉を無下にも出来ぬ。
ヒヤヒヤしたわい。
「それとな、長重。儂は家督をお前に譲るつもりじゃ。」
「えっ、父上。もう隠居に入ると?」
「えーっ!まだ早いぜ、おっちゃん!」
「いや、隠居はまだだのう。そのつもりでいたのだが、景虎様に許されなんだわ。」
「と、言いますと?」
「戦場に出ずとも、やれる事は多々あるとな。兵の教練だけでもやれないか、と引き留められたわい。まだまだ、儂の力が要るとありがたいお言葉を貰ったわ。」
「それは良かったです。」
本当に、儂には勿体ないお方じゃて。
あくまでも、儂は長重が元服するまでの、繋ぎのつもりでおったのだから。
であるにも関わらず、儂の力が必要とされるとはのう。
このご恩に報いていかなくてはならぬ。
大変な重責ではあるが、儂も二人に負けぬようにこれからも努めていかねばならんな。
二人もようやく元服です。
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