私の母
私の事を心配する綾姉様と共に、自分の部屋に戻り障子を開けると、そこには見たことの無い女性が座っていた。
その側には、ここが私の居場所ですと言わんばかりに、つやが座っている。
そして、二人は何か会話をしているようだった。
いったい、彼女達は何をしているのだろう?
まだ日の光が辺りを照らしているが、兄上の言葉に従い、休もうと思っていた。
だが、これでは休むことが出来ないじゃない。
そんな私の気持ちを知らずか、綾姉様はズカズカと部屋に入っていく。
「誰かと思えば、母上ではないですか。」
「これ、綾。もう少し淑やかに部屋に入ってくる事は出来ないのですか?」
「申し訳ありません。まさか母上がおられるとは思いもしませんでしたので。」
「私は理由になりませんよ。まぁ、今はそれは一先ず良いとして、虎千代。早く部屋の中に入ってきなさい。」
「はい、失礼します。」
「虎千代の方が余程しっかりしてますね。母はうれしいですよ。いえ、そんなことより、よく目を覚ましました。随分心配させられましたよ。」
「申し訳ありません。」
「いえ、いいのです。さぁ、母にもっと近くで顔を見せてください。」
心底心配していたのか、私が近づき顔を見せると、安堵の表情を浮かべる。
そして私の顔を触れ、優しく頭を撫でてくる。
元々の中身と変わってしまっているけれども、私はそれを一身に受ける。
家族ならば、親子なればこそ触れあいは大事だ。
お店でもお客さまとのスキンシップは重要だった。
勿論、あまりベタベタとすることはしなかったが、軽く触れるだけで心象が随分と違うものだ。
オカマなんぞをやっていた為、距離感は大事だった。
「あら、今日は随分と従順なのね。」
「そうなの。何だか目を覚ます前と後では何か違うのよね。」
「綾が言うならそうなのかもしれないわね。」
「お母様、そんなこと無いわ。」
「あら、本当ね。言葉使いからして違うわね。」
「そうなの。何か女の人みたいなのよね。」
「綾姉様。そんな細かいことを気にしてはいけないわ。」
「うーん。でもやっぱり気になるよね。」
「そうねぇ。まだ意識が混濁しているのかしら?」
全くもってそんなことは無いのだけれど、どうしても私の言葉使いが気になるようだ。
これはどうしたものか。
困った表情をするのがわかったのであろう。
それ以上は何か言うことを止めて、じっと私の顔を見つめてくる。
何となく私もじっと見つめてくる母の顔を見つめ返す。
そして、ふと気付く。
「お母様、何でそんなに肌が綺麗なのですか?」
「そうかしら?特に何か気にした覚えは無いですよ。」
「まぁ、そうなんですか?まさに透き通るような肌をしてらしたから、何か秘訣でもあるのかと思ったのですけど。」
「何故なのでしょうね?でも虎千代に褒められて嬉しく思いますよ。」
そう言ってニッコリと頬笑む。
ああ、本当に綺麗な肌をしている。
化粧をしているようには見えなかった。
最低限の女の嗜みとでもいうように、唇には紅をつけている。
鮮烈なほどの赤だ。
だが、それに負けない程透き通る肌をしている。
でもなにもしていないという。
いったい、これはどういう訳か?
こう言っては何だが、私は美容については一家言ある。
体が男だったからこそだと思うが、美しくありたいという願望は人一倍強い。
何もしていない訳がない。
となると原因は何だろう。
勝手に予測をすると、スキンホメオスタシスという、美容においては基本となる考え方があるのだが、それが知らず知らずのうちに実践されているのだろう。
規則正しい生活をすることで、自らの体が持つ皮膚の再生能力を、最大限に引き出すことに成功しているのだろう。
そりゃそうか。
夜は暗くなれば就寝をし、朝は日が昇れば目を覚ます。
確かこの当時は一日2食が普通だと聞くが、それでも規則正しい睡眠は、お肌にとって最高の栄養となる。
綾姉様や、つやを見ても綺麗な肌をしている。
おそらくはそういうことなのだろう。
「さぁ、虎千代。今日のところはゆっくり休みなさい。」
そう言われ、布団の中に押し込まれる。
しばらく離れていたせいで、布団にこもっていた熱は何処かに消え去り、身震いをする。
それも少しの辛抱ではあるのだけれど。
お母様達が見守る中、しばらく横になっていると、いつのまにか睡魔に襲われ、そのまま眠ってしまった。
その日の晩。
虎千代の母親である虎御前は、夫である為景に、虎千代に肌を褒められたことを嬉しそうに語らった。
それを聞いた為景は、苦虫を噛み潰したような顔をし、しばらくすると激怒した。
主人公は美容にうるさいですが、書いてる自分は全くもって詳しく無いのです。
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