戦の無い日々 春
黒滝城を落とした事で、どうにも私の評判が高くなったらしい。
すでに、それなりに名が通っていたと思うのだけど、それが輪をかけて大きくなったみたい。
何で?
色々と話を聞くと、容赦なく攻め滅ぼしたところを評価されたようだ。
敵にあたるその様子を毘沙門天に揶揄される事が多く、それの様子が今回は顕著であったからかもしれない。
一度は許す度量と、二度は許さぬ強い意思と見られたらしいのだ。
いやいや、私はなにもしていないから。
結果的になっただけで、本当なら皆死なすつもりなんてこれっぽっちも無かった。
さて、その評判が立ったお陰か、今の越後は中々静かになっている。
小競合い程度はあるかもしれないが、それでも騒乱と呼べる程の事は起きない。
平和と言えば、平和と言える状況になっていた。
平和であるのはとても良いことだ。
皆、合い争う事なく日々がつつがなく、終わる事がどれだけ大変で大切な事だと思う。
それはいい。
それは良いんだけど、私の平穏はまだ先になりそうだったりする。
その要因となる、目の前に積まれた書類の数々が私を圧迫してくる。
私の戦場が場所を移しただけだった。
日々、その書類に目を通す。
水の使用権をめぐるものや土地に関する事柄の訴えから、細かい計算を要する経理の仕事。
これを手伝う内政官はいるにはいるが、まだまだ経験が足りない。
その為、小さな時から私と共に過ごしてきたお陰で、ある種の英才教育を受ける形となっていた、重太と弥太の二人を動員しての三人が中心となる体制でこなしていく。
時おり、弥太が外に飛び出していくが、それをさせては仕事が終わらない。
まだ、元服すらしていない二人に仕事を押し付けるのは、虐待のようにも感じるが致し方ない。
直ぐに連れ戻して、作業に従事させる。
それでも、昼を少し過ぎたくらいで開放しているから許して欲しい。
私は、その後も作業が続くのだから。
定満は、景家と軍事教練に余念がない。
というか、それを理由に逃げられている気もするけど。
その為、景家も同じだ。
泰重もこれに参加して、兵達を叱咤激励している。
最近では、鬼教官として恐れられていたりする。
最近では戦に付いてくることは無く、城の守りを任せるばかりとなっているけれど、それに文句を云うことはない。
どころか、それだけ信任されていると笑うくらいだ。
実乃は、対外的なやり取りを一手に取り仕切っていたりする。
春日山城に揚北衆。
それとそれ以外にもいる越後の国衆達。
骨折りの多い面倒な仕事もあると思うが、頑張ってくれている。
ただ、大抵実乃がいないときに限って、私の思い付きで蕎麦切りを作ったり、天ぷらを作ったりするものだからとても残念がられる。
そういえばうどんを振る舞った以来、何も作ってあげた試しは無かったわね。
あ、今日のお昼はうどんにしましょう。
それにしても、まあ貧しい。
栽培出来るものに限りがあると言えばそれまでだが。
冬場は何せ寒い。
雪だって凄まじい。
だからこそ、それ以外の時期で確りと作物を育てる必要がある。
しかし、それが中々出来ていない。
これは何故だろうか。
土地に見合った収穫高というものが、あると思うのだけれど。
いくら品種改良の進んでいないこの時代でもさすがに、ね。
というわけで視察を行う事にした。
書類の処理が面倒な訳ではない。
無いったら無い。
私が視察に赴くと告げると、そこかしこから同行を求める声が上がる。
ああ、あなた達も逃げたいのね。
よし!私も鬼じゃない。
適度な休みは大事だものね。
いっそのこと、今日は全面オフにしましょう。
明日からはしばらく、より厳しい状況に追われるかもしれないけど。
そう伝えると、「やっぱり仕事をしていきます。」って。
本当に頭が下がるわ。
さて、お供に重太と弥太を連れのんびりと牧歌的な風景の中を歩く。
馬にでも乗ってこようかと思ったけれど、たまには散歩もいいかもね。
季節は春を迎えており、その変化に今ごろ気付いた我が身の不明を嘆きたくなる。
いや、それすら気にすること無く仕事に没頭していたとも言えるのだけれど。
歩いていると、農作業をする者達に挨拶をされる。
それに手を振って挨拶する様は、まるで地方出身の国会議員のようだ。
まあ、彼らとやってる事は大差無いのかもしれない。
自分の、お国の為にやれることをやるという意味では。
ただし、時代が時代な訳で支持を得るのも命懸けであったりするわけだけど。
田畑の様子を見ていると、ふと気付く。
なんというか雑然としている。
こんなところに?と言いたくなるようなところにも畑が作られ、猫の額以下の場所にすら田んぼが作られている。
効率もへったくれもない。
まあ、仕方ないのかもしれないけれど。
ただ、稲が乱雑に植えられているのにはどうかと思う。
間隔はバラバラ。
これでもかと集中的に植えられたところもあれば、最期の方で足りなくなったのか、申し訳程度で植えられているところもある。
これはよろしくない。
何がよろしくないって?
美しくないのよ!
もう少し、綺麗に生え揃わせるべきだと思うのよね。
田舎の風景を映すテレビ番組にて見た記憶のあるものと、差異がありすぎたというのも理由の一つになるのだろう。
「皆、ちょっと集合!」
私が、農作業に従事する者達に声をかける。
すると、何ぞやとどやどや言いながら集まってくる。
そして、私を中心とした人の輪が形成される。
「この稲の配置は誰が決めたの?」
「誰ってそりゃ・・・誰だ?」
「そうだねぇ。ただ、植えてたらそうなったってところだけど。」
「そう、決まりが無いのね。それじゃあ、提案。これもっと綺麗に並べられない?」
「今更?」
「こないだ終わったばっかやぞ?」
そんな面倒な事をさせるなと言わんばかりだ。
それもそうよね。
田植えは重労働なのはわかってる。
でも・・・
「だからこそやるんじゃない。確りと根をはってしまってからじゃ遅いのよ。」
「うえぇ、本気ですか景虎様。」
「勿論よ!城の人間も手伝わせるわ!だからやってちょうだい!」
「でも、そんなことに何の意味があるんですか?」
えっ?
意味?
意味か・・・
「まずその方が管理がしやすいでしょ?」
「そりゃ、確かに。」
「それにその方が、稲が良く育つのよ。」
「うえっ!本当ですか!」
「あー、多分。」
「そりゃ、一大事だ!すぐにやりなおさにゃ!」
「おう、そうだそうだ!それにお城の方々も手伝ってくれるっちゅーんじゃ!さすがは毘沙門天様じゃ!」
おお、ここでも毘沙門天が出てきた。
稲作と毘沙門天は関係ないような気が・・・
いや、兵糧として米を使用している時点で広義の意味では関わりがあると言える?
それにしても、これでちゃんと稲が育たなかったらどうしよう。
こんな事で信用を失いたくないし。
でも、思い付きとはいえ言っちゃったし。
もう、やるしかないわよね。
こうなったら、腹をくくるわよ!
歴史物定番の農業智識チートは無い!
となると記憶からの再現程度しか出来ないと思うのですよね。
腐葉土とか堆肥とかはつまり無しなのです。
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