父と兄
着替えは、つやが手伝ってくれた。
その間、綾姉様は何故かその場で、私とお話をしてくれていた。
でも、まさか着ている服を脱いだら、ふんどし一丁になるとは思ってもみなかった。
男らしさと、ある意味対局にいると思っている私からしたら、驚愕だったわね。
案外履き心地が良いから、困ったものではあったが。
それにしても、玉のようなお肌というのはこの事ね。
着替えている時に驚いた。
子供の体ということもあるのでしょうけど、このキメ細やかさは何?
化粧水いらずじゃない。
これは大事にしなくてはいけない。
お酒はやめられないかもしれないけど、夜更かしは厳禁ね。
少しでもこの肌が持つように、上手くケアしていかないと。
油断したら、あっという間に元の体のように、カッサカサになること受け合いなのだから。
着替えを済ませると、私は綾姉様と共につやの先導の元、父上のいる場所に案内される。
「大殿様、よろしいですか?」
「誰じゃ!」
「はっ、虎千代様付きの侍女のつやでございます。」
「おう、そうか。それで何用だ?」
「虎千代様がお目を覚まされましたので、ご報告を。」
「おう、そうか。それで?虎千代は?」
「はい。大殿様にお顔を見せに、こちらまで来ておいでです。」
「んむ、わかった。入れ。」
障子が開け放たれる。
そして、つやが中に入るように促してきたので、それに従い中へと入ることにする。
「失礼します。」
「おう。ようやっと起きてきたか。一時は心配したが、大事なくて何よりだ。綾も付いてきたか。」
「はい、父上。」
「うむ、顔色も良さそうだ。長尾家の男子として、恥ずかしくないようにせねばならぬ。膝をくずされた程度で意識を失うなど、失笑すら得られぬ。これからは、このようなことの無いようにせよ。」
「申し訳ありませんでした。今後は気を付けます。」
「うむ。では下がれ。」
「はい、失礼します。」
チラリと一瞥しただけで、後はすぐに下がれか。
まぁ、致し方ないといえばそうだろうけど。
自分の息子が膝カックンで意識を飛ばしたとか、部下に知れたら示しがつかないものね。
もう少し心配してくれても良さげなものだけど、長男では無い以上、このくらいのものかもしれないわね。
この時代は、長男以外はスペアのような物としか捉えられていない節があるから。
まぁ、色々な面倒事は御兄様がしてくれるのでしょうし、私はこの時代を満喫することに専念しましょ。
それにしても、御父様は私のタイプでは無いわね。
なんというか、粗野な感じが滲み出ているわ。
格好こそはそれなりに綺麗にしているように見えるけど、なんていうか、お仕着せのように思えてしまうのよね。
まぁ、いいわ。
極力猫被ってましょ。
そうすれば、悪いようにはされないでしょうから。
父親の元を辞すると、次は兄上の元へと連れていかれる事になった。
昼でも寒さの残る廊下は、冷たく身震いする思いだ。
とりあえず熱燗でも飲みたくなるわ。
焼酎のお湯割りでも良いわね。
さすがに、この体では出してはくれないでしょうけど。
それに、きっと虎千代って名前から察するに、幼名というものよね。
となれば、大人と見なされていないでしょうから、余計ね。
少し移動すると、また先程と同じようなやり取りが行われ、障子が開けられる。
どうやら御兄様もお仕事をしているご様子ね。
スルスルと綾姉様が部屋の中に入っていく。
さっきの御父様の時とは違うわね。
「晴景兄上、忙しいところ申し訳ありません。」
「なんだ、綾?謝らんでもいい。虎千代がようやく目を覚ましたのだ。虎千代もそんな廊下にいないで入ってこい。日が指しているとはいえ、まだ寒い。そんなところにいて、風邪でも引いたらどうする。」
「はい。では失礼します。」
「つや、お前も下がってよろしい。」
「はい、それでは失礼いたします。」
私は部屋の中に、つやは何処かへと移動していった。
となると、兄弟水入らずといった状況になるわね。
にしても、晴景兄様?は御父様と違って、何だか物腰の柔らかな人に思えるわね。
ただ、この時代の人で優しい人は早死にしそうだから、ちょっと心配になるわ。
少し線が細いようにも見えるし、ちゃんと栄養の有るものを食べているのかしら?
「虎千代、体の調子はどうだ?さすがに意識を失うなど驚いたわ。まぁ、その様子を見ていたわけではないがな。」
「御兄様にはご心配をお掛けしたみたいで、申し訳ないと思っています。」
「しかも、その原因が綾だからな。余計に驚いた。」
「兄上、もう言いっこなしにしてください。こうして虎千代も目覚めたのですから。」
「ハハハハハ・・・これはすまぬ。だが、綾?もう少し淑やかにせんと嫁の貰い手が無くなってしまうぞ?」
「また、そのようなことを言って!綾の嫁ぎ先は父上がお決めになるのですから、そのようなことを言われても、説得力はありません。」
晴景兄様の言葉にむくれる綾姉様。
その仕草が可愛らしい。
「あら、綾姉様はどこに嫁ぐか決まっているのですか?」
「いや、まだだ。とはいえ、それもすぐに決まる。」
「綾も長尾家の娘。いつでも準備はできております。」
「それは立派なことだ。なればこそ、嫁ぎ先でお転婆を見せられては困るぞ?」
「わかっております。もうこのようなことになる事はいたしません。」
「ああ、くれぐれもそうしてくれ。」
「それで、御兄様は何をなさっていたんですか?」
「ん?虎千代は政務に興味があるのか?お家の大事に当たるゆえ、元服をまだのお前においそれと教えてはやれぬが。」
などと言いながらも、自分の側に招いてくれる。
そして、何か書き物をしていたようで、それを見てみるが何と書いてあるか全く読めなかった。
だって仕方ないじゃない。
ミミズがはい回っているような字なんて読めるわけがない。
困惑しているかのような顔をしている私を見て、御兄様はまた笑う。
「ハハハハハ・・・虎千代にはまだ早いな。政務より前に、字を書くことを覚えなくては。」
「少し残念ね。」
「まあ、おいおい覚えていけばいい。さぁ、そろそろ部屋に戻りなさい。病み上がりのようなものなんだから。しっかりと体を休めなさい。」
「わかりました。それじゃあ、失礼しますね。」
「それじゃ、綾。後はよろしく頼むよ。」
「任せてください。虎千代は私が責任をもって、ちゃんと面倒見ますから。」
そうして私は、綾姉様と共に兄上の元から、自分に与えられた部屋に戻ることにした。
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