久々の城
いよいよ林泉寺を出立して、お城に向かう日がきた。
私は久しぶりに家族に会えると、子供達はお城に入れるとそわそわしていた。
すでに荷物は纏めてあり、いつでも動くことが出来るのだが、城から迎えが来るということで待っている。
勿論、和尚には挨拶は済んでいる。
短い間ではあったけれど、私にとっては師匠の様なものだし、何せ住まいを提供してくれていた大家でもあったのだから。
また、寺を出るタイミングで声をかける必要があるかもしれないが、それはそれとして声をかけさせてもらった。
「寂しくなるね。」と言っていたが、どこまで本気だろうか?
もしかしたら、私がそんな風に疑いをかけているのだろうと考えて、今ごろニヤニヤと笑っているかもしれない。
何せ性格悪そうだから。
いい人なんだけど性格悪いとか、掴み所が無いな。
しばらく待っていると、数人の武士が現れる。
その中には、以前私を送り届けてくれた者の姿もあった。
誰かが和尚を呼びに行ったが、和尚は出てこなかった。
何でも、先程交わした言葉で十分だろうとのことだ。
ただ単に面倒なだけなのでは?と思ったが、黙っておいた。
これすら計算していたりして。
和尚の行動に一部憤慨する武士もいたが、そういう人だからと私が取りなすと、憮然とした感じではあったが、一先ず納得してくれたようだ。
そして、私達は寺から出る。
子供達はピクニック気分といった感じだ。
楽しげな笑い声を上げながらの移動となる。
共に来る武士達は何も言わない。
中には、子供の相手をしてくれている者もいた。
重太と弥太が「武士かっけー!」と騒いでいたが、それに気を良くしたのだろうか?
やはり子供の笑い声は周りを明るくする。
私のように、精神的には大人な子供を相手にするよりも楽しいだろうな。
第一、自分の働くお城の息子となれば、失礼な事は出来ないだろうし。
やがて、歩き続けて城門の前までたどり着く。
そこまで寺から距離があるわけてはなかった為、休憩なしで歩き続けた。
しかし、なかなか感慨深いものがあるな。
それまで騒いでいた子達も静かになった。
急に緊張してきたのかもしれない。
「さぁ、どうぞ。」と促され足を踏み入れた。
私は奥に通される。
あのくそ親父に帰ってきた報告をしなくてはならない。
子供達は別室に留め置かれる。
城主にそうホイホイと会えるものではないし、子供達の粗相を見咎められるのも困るので、挨拶は私だけだ。
政務を行うであろう部屋の前に行く。
「虎千代です。入ってもよろしいですか?」
「うむ、入れ。」
入室の許可を得ると、障子を開け中に入り平伏する。
目の前には、あのくそ親父が座っていた。
「父上、ただいま戻りました。」
「よく戻った。」
「しかし、なぜ私を?」
「お前の評判は城にも届いている。まだまだ、幼子と言っていい程度の歳であるというのに、大立ち回りをしたそうだな。」
「いえ、それほどの事では。」
「何、謙遜するでない。ただの軟弱者だと侮っていたが、いやはやどうして。人は見かけによらぬと思ったわ。天室光育和尚からも、『これ以上、寺で養うのは長尾家にとって損失となる。』とまで言われたしな。」
「まぁ・・・」
やっぱりあのせいか。
別に、城に戻りたいからやってしまった訳ではないんだけれど。
それがどうにもくそ親父には、痛快な事柄に当たったようだ。
殴り飛ばされた時と比べて、驚くほど機嫌が良い。
それもそうだが、和尚に厄介払いされた訳じゃないよね?
「して、晴景には挨拶をしたのか?」
「いえ、まだですが?」
「今の長尾家の当主は晴景じゃて。わしのところに始めに来たのは殊勝ではあるが、順番を間違ってはならんな。」
「それは申し訳ございません。」
「よいよい。知らぬことであったのだろうからな。直ぐに向かうようにせい。」
そう言って送り出された。
しかしいつの間に?
私の知らない内に、家督を相続していたようだ。
とてもおめでたい事だと思う。
でも、何で私のところには伝わって来ていなかったのだろうか?
もっとも、知ったとしても何か出来たというわけではなかったけども。
それでも手紙は出していた訳だし、おめでとうの一言くらいは言わせてくれても良いじゃないか。
ちょっと寂しい気持ちになりつつ、御兄様の元に向かった。
部屋に入る了承を得て中へと向かう。
「よく帰ったな。息災にしていたか?」
「お久しぶりです、御兄様。元気が有り余っている位ですよ。」
「そうか、それは重畳。こちらは最近どうにも疲れが抜けなくてな。やはり当主というものは中々に大変だな。」
「そうなのですか?お体を大事にしてくださいね。と、それもそうですが、何で当主に就いたことを教えて下さらなかったのです?」
「言ってなかったか?いやな、当主になったのはつい最近なんだ。それに当主と言っても、実権は親父様が今も握っているしな。」
「それでも水くさいじゃないですか。」
「そうだな。済まなかった。」
あっさりと、自分に非があると認めて頭を下げてくる。
これに私は慌ててしまう。
そんな私を見て、御兄様は笑みを浮かべた。
「何、そんなに慌てるな。別に俺の頭はそんなに重くはない。第一、頭を下げたところで誰も見てはいないしな。それほど気にする事もあるまい。」
「そのお気持ちだけで十分です。ですが、一家の長が軽々しく頭を下げられては困りますよ。」
「ああ、わかったわかった。俺が悪かった。」
「言った端から!」
そう言って二人笑いあう。
話していると、優しい空気が流れる様に思えて、心持ちが軽くなる気がする。
しばらく久々の兄弟の会話を楽しんだ。
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