出戻り
あれから幾日か過ぎた。
今もなお、林泉寺にて修行の日々に明け暮れている。
騒動が余程衝撃的だったのか、これまでもそれほど話す機会がそれほど無かったが、寺で修行する先輩の僧侶達との距離がより離れた気がする。
厄介払いの意味合いを含んでいたとはいえ、長尾家の御曹司として寺に送られてきたわけで、腫れ物に触るような対応ではあったがそれでも会話があつた。
しかし、今ではそれも皆無であると言っても良い具合だ。
これで、重太達五人にもそっぽを向かれでもしたらグレてやろうかと思ったが、彼らは変わらなかった。
いや、むしろより懐いたと言っていいだろう。
重太と弥太の男の子組は「お虎兄ちゃん、つえー!すげー!かっけー!」とはしゃぎ、妙と結と香の女の子の三人組は、何があっても私が守ってくれると安心していた様子だ。
どころか、天室光育和尚の言葉を真に受けたのか「お虎兄ちゃんは毘沙門天の生まれ変わりだから何があっても大丈夫。」と言い出す始末だった。
それと、不思議な事に何処からか漏れたのか、近隣にもこの話がいつの間にか伝わっており、そこの住人が私を一目見たさに度々やって来るようになってしまった。
まあ、来るだけならよいのだが、こちらに向けて手を合わせて拝むのだけは止めてほしい。
残念ながら、私にあなた達の願いを叶えられる法力の様なものなど持ち合わせていないのだから。
そんなこんなありつつも、普段通りの生活をしていると天室光育和尚から呼び出しをくらった。
いったい今度は何なんだろう?
ここのところ、特にこれといって何も変わらない、それこそ波風一つ立たない凪の様な生活だというのに。
少し不安になりつつも、呼ばれたのであれば向かわなくてはならないと腰を上げる。
部屋に到着すると、いつも通りの笑顔を浮かべた和尚がそこにいた。
「本日はいったい何用ですか?」
「まあ、そうせかなくても良い。取り敢えず白湯でも飲みなさい。」
「はぁ・・・」
そう言われ、用意されていた湯飲みを口につけた。
飲み始めた頃合いで和尚が言葉を発する。
「で、大事な用というのは他でもない。虎千代殿を城に戻したいという話だ。」
この言葉に思わずむせてしまった。
思わず吹き出しそうになるがそれはこらえた。
いきなりなんだという話だ。
私の様子を見て満足げにニヤリと笑う和尚。
相変わらず人が悪い。
「どうにも、虎千代殿の噂がお城にも届いたらしくての。それほどの武勇を持つのであれば、坊主などになるのではなく、武士として働く方が良いと判断なされたんだろうよ。」
「しかし、突然の話で。それに私は今の生活で十分満足しています。」
「だがのう。これを断れば、子供ら五人の食料の供給を止められてしまうかもしれぬぞ?」
「それは困ります。折角繋いだ命を、再び捨てるような事になっては一大事ですから。でも困ったわ。」
「さてさて、虎千代殿はどうなさるのかな?」
選択肢の無い問題にしか聞こえない。
どれだけ抵抗しようと、食料を貰って養ってもらっている身では、お城からの命令には逆らえるはずもない。
しかし、だからといって簡単に戻るのも癪な話だ。
「そうね・・・お城に戻るのであれば、あの子達も連れていく事が条件かしら。流石に私がいなくなるのなら、お寺には置いてはいけないわ。」
「そうか?別にここに置いておいてもかまわないぞ?」
「また前のような事が起きたら、問答無用で寺に攻め入りますよ?」
「ハッハッ、それは一大事。となれば、なんとしてでも連れていけるように取り計らわなければならないのう。」
「ええ、是非とも。」
その後、天室光育和尚自らが城へと赴き、交渉の結果、子供達を引き連れて戻ることが決まった。
どうなるかと気を入れて行ったが、ふたつ返事で了承をとれたらしく、肩すかしくらったみたいだったと語っていた。
多分だけど、あのくそ親父ではなく御兄様が対応したのでは無いだろうか?
いつも私の事を気にかけてくれているようだし。
とにもかくにも、私達は城へと向かうことになった。
この事を子供達に伝えると、驚いたようでアタアタしているのが可愛らしく思えた。
「お虎兄ちゃん、本当に私達が一緒でも大丈夫なんですか?」
「勿論!じゃなかったら戻らないって宣言したら、ふたつ返事で大丈夫だったわよ。」
「すげー!お城かー!」
「そう。お城に入れるわよ。ただあんまりはしゃぎすぎて怒られないように注意しなくちゃね。」
「そうよ。弥太はそそっかしい所があるんだから。」
「妙姉、大丈夫だって!」
本来、縁など無いはずの城に行くとあって皆はしゃいでいる。
が、一人重太だけは厳しい表情をしている。
今から緊張しても仕方ないと思うんだけど。
まあ、そのうち解けるでしょ。
と、ひとまず放っておいた。
それにしてもお城ねぇ。
本当に久しぶりに行くなぁ。
言ってしまえば実家に帰るようなものだ。
皆どうしているだろう?
何だかんだ言って、家族の皆誰も寺には来ることが無かった。
それなりに長い期間会わず仕舞いでいた。
私はその日が来るのを、首を長くして待つことにした。
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