暴れた後
いったい、誰が私の事を毘沙門天などと言ったのだろう?
こんなにも可憐な私をどこから見たら、あんなに強面の仏様?になるというのか。
むしろ天女とでも言ってくれた方が正しいはずなのに。
まぁ、体は男だけども。
確かにカッとなって暴れたは暴れたが、それは私のせいではないし、むしろあの場で怒れなくなっていたなら私じゃない。
正義感といえばそうかもしれないけれど、むしろそんなものよりも、身内に手を出してきたなら、仕返しされても仕方がないじゃないか。
それに、私に対しても暴力で訴えかけてこようとしていたし。
それとなく声のした方を見てみると、恐ろしい物でも見たかのように驚愕の表情をしている者ばかりだ。
だが、その中に笑みを浮かべる男が一人。
って、天室光育和尚じゃないですか!
してやったり顔を見るに、どうやら毘沙門天発言は彼のようだ。
自分の治める寺で騒ぎが起きたというのに、どこ吹く風とでも言わんばかりに飄々とした態度を示していた。
「今のは和尚様が仰ったんですか?」
「ん?そうだね。毘沙門天と言ったよ。」
「何で私が毘沙門天なんです?」
「そりゃあね。仏門に身を置く人間なら、この場を見た者はそんな印象を持つと思うよ?」
「そんな事って?」
「いや、だってさ。憤怒の表情でそこに転がってる馬鹿者共を踏みつけてればね。まるで、餓鬼を踏んづける毘沙門天と例えてもおかしなところは無いはずだよね。いやー、一時はどうなるかと思ったけども、面白い物が見れて良かった良かった。」
和尚の言葉に呆気に取られる。
確かに怒ってたけども。
確かに床に倒れ込んでいる連中の、股間を踏み抜いてやっていたけども。
踏みつける度に、泡を吹きながら苦虫を噛み潰したような苦悶の表情をこいつらしてたけど。
だからってそれで私が毘沙門天?
そんな馬鹿な!
そんな馬鹿なー!
何とも言えない表情をしていたのか、私の顔を見てまた和尚はくつくつと笑う。
ぐぬぬぬぬ・・・
何とも腹立たしい。
そんな折、私に突撃でもするかのようにしがみついてきた手が六本。
ぐっと抱きついて離れない。
見ると三人娘が抱きついてきていた。
ガタガタと震える体から、恐怖心が体を心を傷つけているのであろう事がわかる。
涙も流しているようだ。
そんな様子に私は不安になる。
大丈夫だとは思うが、私間に合ったよね。
でないと、また床に倒れている連中の股間を、死んだ方がましと思えるくらいのダメージを、与えなければならなくなる。
そっと彼女達の頭を一人一人撫でていく。
頭に手を置いた瞬間、ビクッと体を震わせるが、安心したのかすぐに体の強張りを解く。
「もう大丈夫だからね。」
「お虎兄ちゃん・・・怖かったよぉ・・・」
そういう彼女達の手をそっと外すと、何とも言えない悲しげな顔をする。
でもこんなときにあなた達を置いていくわけがない。
私はしゃがみ、彼女達を纏めて抱きしめてあげる。
そうするとがっしりと私の体にしがみついてくる。
「それで、この落とし前はどうつけてくれるの?」
「それは勿論決まっているよ。」
和尚がスッと前に出てくる。
そしてその場に座ると、頭を下げる。
謝罪の最上級。
俗にいう土下座スタイルだ。
「この寺で修行する者がとんだ失態をしました。大変申し訳ない。寺を纏めるものとして、これ程恥ずべき事はない。」
「そう。それで?」
「この失態を犯した馬鹿供には、それ相応の罰を与えます。この寺は長尾家の菩提寺。それであるというのに、本来寺内で起こるべきではない事がおきた。今は頭を下げるくらいしかできません。」
「わかったわ。で、この子達はどこで眠れば良いのかしら?」
「そうだねぇ。虎千代殿の所が良いだろうね。私達にはもう信用が無いだろうからね。虎千代殿と共にあれば、このような間違いも起こらなかったかもしれないからね。」
「そうね、そうするわ。あなた達動ける?」
三人に声をかけると、静かにコクりと頷いた。
それならばこの部屋をさっさと出てしまった方が良い。
今なお、気を飛ばした連中が倒れたままの部屋は改めて見ると、なかなか凄惨な事になっていた。
やらかしたのが私だとしても、こんな部屋にこの子達を留め置くのはよろしくない。
立つように促すと部屋を出ていく。
後処理は任せてしまっても問題ないだろう。
何せ顔を再び見たら、怒りのストッパーがまた外れてしまいそうになると思ったから。
部屋に戻ると、重太と弥太は眠ったままだった。
二人を起こさ無いように、静かに私の普段眠る布団に三人を誘う。
一人分の布団に三人では少し狭いかもしれないけれど、そこは仕方ないだろう。
三人を寝かせると、その横に座り母親が子供を寝かしつけるようにやさしく体をポンポンと叩く。
「お虎兄ちゃんの匂いがする。」
そう言って、香がふわりと笑う。
恐い目にあったばかりで、笑い顔が見れるとは思わなかった。
この子達は十分心が強い。
落ち着いてきたのか、すぅと静かな寝息をたて始める三人を見て、ようやく安心した心持ちになった。
翌日、私は和尚に呼ばれ顔を出す。
昨日の事についての話であることは疑いようもない。
私としても、襲ってきた馬鹿者供をどのように罰するのか気になっていた。
あんな連中が、平然と寺内を歩いている事など到底受け入れられない。
あまりに優しい処置をされていたのなら、何か言ってやろうと心に決めて向かったが、勇み足に終わる。
「お呼びですか?」
「やあ、お早う虎千代殿。昨日は済まなかったね。」
「ええ、本当に。」
「いや、やはりまだ怒っているね。仕方がないけども。」
「それで何か?」
「悪いと思っているんだ、こちらまで怒らないで欲しいな。ああ、それで本題だけどね。あの連中の処遇を決めたというか、もう実施しちゃったんだけどね。」
「どうなったんです?」
「一応、破門という形で寺からは追い出したよ。追い出したというより、外に放り捨ててきたというのが正解かな?」
「放り出す!」
「あの怪我だし、助かるかどうかは分からないよね。あんなののために、医者を呼ぶ気にもならなかったから、特に治療も何もしなかったし。これも因果応報。衆生を救うのが御仏に支えるものの本分だとはいえ、救いようのない度しがたい者もいるという話だよね。」
流石にこれには驚いた。
自分が悪いとはいえ、怪我人を外にほっぽりだしてきたというのだから。
そうなると、おそらく彼らは助からないだろう。
今更ながら、自分の起こした行為に戦慄する。
明らかな殺人事件である。
しかし、あの状況であるのなら致し方ないはず。
寺ぐるみでの犯行と、お昼のワイドショーがあれば取り上げられるネタとしては最適だろうな。
と下らないことを考えてしまった。
何とも言えない顔をしていたのだろう。
私を見て和尚が笑う。
「自分の行動に、後悔はあるのかい?」
「いいえ、あの状況なら仕方がなかったと思います。」
「そうだね。一対多数の状況なんだ。それに君に手を出した以上、どちらにせよ寺にはいられないと思うしね。であるから、虎千代殿が思い悩むような事は何もないと思うよ。兎に角、これで手打ちということで納得してもらえないかな。」
「私はあの子達が無事ならそれで構いません。」
「そっか。それならそういうことで。もう戻ってもいいよ。重ね重ねになるけど申し訳無かったね。」
最後に深々と頭を下げられ、私は部屋から出された。
天室光育和尚が軽すぎるかなぁ。
虎千代よりキャラが立ってるようになってしまった気がする。
書いていく内にこんな感じになってしまったという話。
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今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。