生まれかわり
事件はいつも唐突に訪れる。
前もって「今日事件ありますよ!」と教えられても、困る話ではあるが。
それは、ある夏の日の事だった。
いつも通り一日の作業を終え、食事を済ませのんびりと書物を読もうかと考えていた。
最近では、みみずが這いずった後のように書かれた文章も、読み解けるようになってきていた。
慣れとはやはり怖いものである。
段々と、私もこの時代に馴染んできているんだろう。
「お虎兄ちゃん。まだ休まねぇのか?」
「ええ。もう少し読み物をしてからにするわ。」
「そうなの?僕もう眠いよ。」
「弥太、それならもう眠ってしまいなさい。重太、面倒見てあげてもらえる?」
「おう!わかった!」
何故か、私はお虎兄ちゃんと呼ばれることになった。
まぁ、子供達に虎千代様とか呼ばせる気はさらさら無かったが。
どうにも、女性らしい話口調から“虎千代”が“お虎”となり、一応性別は男だから“兄ちゃん”ということで、子供達の間で決まったようだ。
私としては、お虎さんとかでいいと思ったし、なんなら姉ちゃんで良かったと思うんだけど。
まあ、子供達が自分達で考えて決めたのなら、それで構わないけども。
もう眠いとぐずる弥太を、重太にお願いする。
二人は歳が近く三つばかりしか離れてはいない。
が、それでも弥太はまだまだ幼く、重太は事あるごとに面倒を見ていた。
あわよくば、末永く本当の兄弟のような関係性が続けば良いのだが。
さて、まだ夜となったとはいえ、明るさの残る内にしばし読書に興じることにしよう。
月明かりでは目に毒だ。
視力が落ちてしまっては元も子もない。
何とはなしにつらつらと読んでいく。
読むのは源氏物語。
平安時代から続く大ベストセラーだ。
何度も読んだが飽きることはない。
たびたび光源氏コノヤロウ!と思ったりもしたが。
ふとしたとき、どこからか私の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
こんな時分に、ままあることではない。
後ろを見ると、眠りについた弥太と共に重太も眠っている。
寝かしつけた際に一緒に眠ってしまったようだ。
なんとも嫌な予感がして腰を上げ、二人を起こさぬよう静かに部屋を出る。
何となくではあるが、私が面倒を見ている三人娘の内の一人、結の声が聞こえた気がしたからだ。
あくまでも直感のようなものであり、何もなければそれでいい。
移動する面倒を被るのは自分のみであるのなら、大したことはないのだから。
離れの建物に近付くと、何やら物音がする。
ドタドタと何とも五月蠅い。
こんな夜に騒ぐなんて、女の子としては、はしたない部類に入るのでは無いのだろうか?
女の子は淑やかに、が私の目標ではあるが、それを押し付ける真似はする気が無いし、元気なのは良いことだけども。
でも、部屋のそばに来ると、どうにもかしましく騒いでいる様には思えない。
何かに抵抗しているような感じだ。
いったい何をしているのか?
「あんた達!五月蠅いわよ!」
そう言いながら、部屋と外を隔絶している障子を開け放つ。
すると、そこに居るべきではない者の姿が幾つか目に入る。
妙、結、香の三人は床に組み敷かれており、その上に見覚えのある男がいた。
それ以外にも、その様子を見ている者達もいた。
三人娘の衣服は乱れ、その目から涙を流しているのが見てとれた。
その現場に愕然とする。
これはどういう事?
何で、この子達の上に男が覆い被さっている?
何で、この子達は泣いている?
何で、男の手がこの子達の口を押さえるようにしている?
「何やってんのよ!」
「くそっ!何しに来やがった!」
「お虎兄ちゃん!助けて!」
こちらの姿を確認したであろう男の顔は見覚えがある。
どころかその場にいるもの達全員分かる。
私より先に入門していた先輩の坊主どもだ。
それも、私の行動を疎んじているような態度をとっていた連中だ。
まだ目から光が失われていないように見える事から、ギリギリ間に合ったようだ。
「あんた達!これはどういうこと!」
「うるせぇ!守護代様の子供だからって、女を囲ってる奴が俺達に文句なんぞ言うな!」
「そうそう。ちょっとくらい、俺ら先輩にも良い目を見せてくれよ。」
「馬鹿いってんじゃないわよ!その子達にそんなこと求めてなんか無いわよ!」
「なんだ?本当に男女みてぇだな。」
「あーあー、うるせぇな。まぁ、見つかっちまった以上は仕方あるめぇ。ご子息様と囲ってた娘三人は、賊に襲われて死んだことにでもするしかあるめぇ。」
そう言って、部屋にいた坊主どもが、こちらにゆっくりと向かってくる。
上等だよ!
やってやるよ!
オカマ嘗めんじゃないわよ!
「誰が男女よ!あえていうなら女男よ!」
多勢に無勢などという言葉もあるとはいえ、折角私が保護した娘達を、そのままにすることなど出来ない。
まして、こちらに向かってくるのだ。
人数は五人。
怒りに身を委ねる。
油断しているであろう今の内に、速攻を仕掛ける。
目の前に迫る一人の顎を、思いきりよくかち上げる。
舌を噛んだのか、声になら無い声を出すところに、鳩尾目掛けて思いきり蹴りこむ。
左手から向かってきた者の顔面に、気持ちの良い右ストレート一閃。
右手から来た者の、股間を思いきり蹴り上げる。
これで後二人。
見るからに私の動きに怯みを見せている。
つい数秒前の威勢はどこに行ったのか?
「混乱しています。」といわんばかりの目をしているところを、体重がこれでもかと乗った左フックで吹き飛ばし、残り一人に跳び蹴りを敢行する。
それなりに成長した私の体のお陰もあるが、思ったよりもこの五人弱い。
が、だからといってそれで私は止まらなかった。床に倒れている坊主どもの股間を踏みつけていく。
いや、踏み抜いていく。
こんな煩悩に負けてしまうくらいなら、そんなもの必要ないだろうとばかりに。
さすがにこの大立ち回りをすれば、誰でも気付くものでどかどかと駆けてくる者達がいた。
それこそ賊でも入ったのであれば、直ぐに対応しなくてはならないだろうから。
ふと、私が正気に戻り、振り替えると手に武器をもった者達が、こちらを唖然とした様子で見ていた。
下手をすれば、腰でも抜かしたかのように床に座り込んでいる者もいた。
その中の誰かが私に対して呟いた。
「びっ、毘沙門天・・・」
えっ?毘沙門天?
現代人としての価値観を持っている主人公が自分で「俺は毘沙門天だー!」というわけ無いと思うので、こんな形になりました。
ちなみに三人娘の貞操はギリギリセーフで守られていますので邪推無きよう。
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