公方様
「ようこそおいでくださいました。我が主君もお待ちになられていますよ。」
「ほう?そうか!」
「ええ、そうですね。さぁ、長尾殿もこちらへ。」
「あ、ありがとうございます。」
朽木にある屋敷に到着すると、優男のような見た目の男が出迎えてくれる。
当たりも優しいし、これは女子にモテそうね。
私は靡かないけど。
優しいのは大事だけど、それだけじゃね。
男は多少なりとも危険な臭いがしないと。
それにしても、動きが洗練されているように見える。
まだ、挨拶をしただけだけど、その流麗な動きがそう見せるのかしら?
型にはまったと言うと悪く聞こえるけれど、一概に悪い事ばかりではない。
作法やマナーなんかは、言ってみれば自らを型にはめる行為に相違無いと思うから。
「細川藤孝と申します。以後お見知りおきを。さて、配下の方々には、別室にてお待ちいただきます。」
「承知しております。」
「配下の方々の案内は、こちらの者がご案内致します。」
「和田惟政と申します。そちらの影に隠れるご仁達も共に。」
和田惟政が、じっと一点。
影を見つめる。
すると、すっとその影から人が出てくるって、ああ蔵人。
こんなときまで隠れていたの?
いや、蔵人も凄いけど、それを見抜いたこの和田惟政という人物も凄い。
あれ?もしかして、この人も忍者?
だとすると、公方様って私と同じなのかしら。
人を生まれで判断しないようなお人なら、これは素晴らしい事よね。
うーん、どんな人なのかしらね。
さて、先頭を歩くは勿論、私ではなく憲正様となる。
大きな態度が、より大きくなっているように見える。
まあ、越後にいたら私よりも先んじる事は余り無いものね。
一応は、私も気を使っているつもりではいるけれど、あくまでも関東から逃げてきた、所謂亡命者のようなものだものね。
いくらご先祖様が立派でも、その引き継いできた物を、全部ぶっ潰してきてしまったようなものだものね。
戦に勝てず、権威はそれなりにある人物。
そりゃ、周りも手に余るというか、扱い難いわよね。
はっきり言って、私は面倒だから少し距離を置くようにしている。
下手に関わると、やれ関東はどうなったと五月蝿いからだ。
その持つ権威がこうして私を天皇陛下へと、そして公方様へと導いてくれているから、なかなか文句を言い辛い。
今は、一応は上野国辺りを支配下に置いているから、静かにしているけど、それでも事あるごとに何かと五月蠅い。
いや、あそこはあくまでも北条家との空白地のような扱いに今はなってるんだけども。
そうね、いい加減あの問題も早いところ何とかしなくちゃね。
頭の中でそんなことを考えている間に、部屋に通される。
ここで謁見をするのね。
部屋の中を見回す。
質実剛健と言えば聞こえがいいが、ようは何も無い。
いや、掛け軸とか飾ってあったりはしているけど、それほど華美な印象は無いわね。
御簾とかも無いし。
公方様と言えば、天上人とも言える存在であるはずなのに、その辺のハードルが低く感じてしまう。
これはどういう事かしら?
ただ単にお金が無い?
いやいや、六角家が後ろにいるんだから、生活に支障が出るような事はしないはず。
でないと、謁見を申し込んだ相手に対して失礼にあたる可能性だってある。
そうなると、ひいては六角家が侮られる事だって有り得る。
うーん、何故かしらね?
「こちらで暫くお待ちください。すぐに呼んで参りますので。」
「うむ、待たせて貰う。」
「お気遣い無く。」
私の方を、見て軽く頭を下げるような動きを見せる。
いや、今は憲正様の方を見るべきじゃ無いかしら?
一応は主君のような扱いなわけだし。
そうして、優男は静かにその場を後にした。
「しかし、公方様も生活にお困りのようだな。」
「そうでしょうか?」
「それはそうだろう。まさか貴人とも言える方がこのような生活を強いられるとは。」
「ですが、公方様ですよ?何かお考えがあっての行動では?」
「であれば、良いがの。」
鼻で笑うような態度にちょっと呆れてしまう。
いや、私もそうは思ったけど、そういうことって心の中に潜めておくものでしょ?
何処で誰が聞いているか、わからないし。
それから待たされる間、憲正様の相手をさせられたわけだけど、これが中々疲れる。
公方たるもの、うんたらかんたらとかなんか言っていた。
それに、いちいち愛想笑いをする私。
聞くこと全てブーメランのように、自分に返ってきているように見えてしまう。
そんなところに、先程の優男である細川様が戻ってきた。
「公方様のおなりです。お静かに。」
「うむ、あいわかった。」
それまで、わーわー言っていたのが一転。
急に神妙な面持ちをしだす憲正様。
そして、二人して平伏して公方様の登場を待つ。
廊下の方からは、ドタドタと足音がする。
こういう場面って、もっとしずしずと入ってきそうなものなのに。
そして、閉じられた障子をガラリと自ら開けたようだ。
流石にその場面を見てはいない。
が、周りの様子からどうにも分かる。
「公方様!もう少しお静かに!」
「今そんなことが必要ならするが、今はいらんだろ!」
「公方様に会うために、わざわざ遠方よりやって来たのですよ!」
「だからじゃねーか!疲れてるだろうから、拝謁なんぞさっさと終わらせて帰してやらねーとな!てなわけで、二人とも顔をあげな!」
雅などという言葉からは、かけ離れた印象を植え付けられた。
なんとも粗野なお方だ。
いや、必要なら礼をとると言っている事から察するに使い分けてる?
にしても、礼儀がなっちゃいない。
別段怒るような事でもないけど。
とはいえ、私じゃ無かったらどうなるかしらね?
言われるまま、顔を上げる。
そして、その顔を、いや目を見た瞬間、心の中を一陣の風が吹き抜けた気がした。
ちょっとした短編も上げたので、合わせてどうぞ。
全く関係の無いお話ですが。
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