公方様の元へと向かう
バタバタと京の街を旅立ち、移動を開始する。
いくら許可が下りるのが遅かったとはいえ、私達の方も遅くなっていいというわけにはいかない。
とはいえ、整然と並んで向かうわけだけど。
相手は何せ、武家の棟梁であるわけだから。
失礼な態度は、流石にとれないだろう。
憲正様は、この移動に馬を使っていた。
武士の棟梁に会いに行くのだから、それなりの格好をしたいと見える。
本当にいい格好しいね。
その馬を得るのにも、維持するのにも、お金がかかるというのに。
話によれば、今公方様が居られる場所は朽木というところのようだ。
うん、それどこ?
いや、京に来るときに通ったっけ?
近江の国とのことだから、京とは隣となり、それほど遠くはない。
むしろ、京に上る際に通過していた可能性すらある。
しかし、公方様がお住まいになられるような所があったかしら?
私がそんな疑問を口にすると、長重が説明をしてくれる。
「京から落ち延びて、朽木に匿われているということです。」
「あー、そうなんだ。」
「どうやら、三好の者達によって京を追われたようです。公方様は武に通じたお方ではありますけど、流石に多勢に無勢といったご様子です。」
「何だか波瀾万丈な人生を送られているわね。」
「おそらくですが、なかなか会う許可が下りなかったのも、その辺の事が関係しているかもしれません。」
え?京を落ち延びた事と、私と会ってお話をしてもらうのと、何の繋がりが?
私は喧嘩をしに来たんじゃなくて、頭を垂れに来ただけなのに。
ちょっと考えてもらえればわかる話なのに。
警戒心が強すぎるのもね。
かえって見方を減らしかねないわよね。
「ふーん。しかし、なんで落ち延びた先が近江なのかしらね。」
「それは、やはり名門六角家の庇護を受けるために相違無いでしょう。高い力を持つ六角家であれば、そうやすやすと三好も手は出せないでしょうから。」
「なるほどね。でも、逃げるにしても近場過ぎない?」
「それは、仕方が無いでしょう。それに、あまり京より離れてしまうと、復権も難しくなると考えているかもしれません。」
「復権も何もねぇ。一番の近道は有力な協力者を募る方が早いと思うけど。」
京近くに勢力を持つのは、何も六角家だけではない。
それに協力者を得ると言っても、簡単な話ではない事くらいはわかる。
ほいほい見つかるようならば、都落ちなどしてるわけが無い。
むしろ、そのような勢力を探していれば、六角家から睨まれて最悪疎まれる可能性だってある。
そんなことになれば、自らの命も危ない事だろう。
移動を続けること暫く、やがて目的地近くまでやって来た。
うん、どう見ても田舎ね。
まあ、ここから東にどれだけ行っても、この景色がそう簡単には変わらない。
大小様々な集落はあっても、街と呼べる規模となると、それなりに移動して行かないといけない。
近くだと目加田とかあるけど、京の騒がしさに比べればやはり数段落ちる。
「スゲーとこだなぁ。」
「うむ。兵達の鍛練を行うには悪くないのう。」
「父上はまたそのような。」
「こんなところに公方様がね。」
「・・・。」
口々に感想を言い出す家臣達。
いや、一人は何も言っていないか?
でも、段蔵が頷いているところを見ると、何らかの会話が行われた様子。
うーん、わからない。
「公方様は、この先の館にてお待ちになられているという話です。すでに先触れは出しております。」
「うん。それじゃ、お待たせするのもよろしく無いでしょうし、向かいましょうか。」
「かしこまりました。しかし、この人数で向かわれるので?」
「ダメかしら?」
「流石に多うございます。景虎様と憲正様、それにもう少し数を減らした供廻りで向かうのがよろしいかと。」
「それならそうしましょう。あなたに従うわ。」
「ありがとうございます。」
連れていくのは、朝秀と長重は勿論よね。
それと、連れていかないと後でうるさそうな貞興と繁長もかしら。
段蔵と蔵人も来るでしょうし。
「儂は残りますかのう。」
「泰重?」
「誰か面倒を見る者がなければ、いけませんからのう。馬鹿な事をするとは思えませんが、それでも儂が居れば多少抑止にもなるかもしれませんからのう。それに良い機会。少々、京で弛緩してしまっている空気を正さねばなりませんからのう。」
「まあ、そういうことなら任せるわ。」
京で弛緩してしまっている?
いや、そんなことは無いでしょうに。
連日のように鍛練を続けていた事くらい知っている。
むしろ、越後に残っている者達の方が、余程羽を伸ばせているでしょうに。
これは、越後に帰ってから、何か一波乱あるかもしれないわね。
良かったわ、私は上司で。
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