さらば、京
あれから数日。
しばらくの間、京に留まっていたが、それも終わり。
そろそろ越後に戻らなければならないだろう。
いつまでも、外で遊んでいる訳にはいかないだろう。
いや、本当に遊んでいるだけでは無いのだけど。
私でなければ、決裁出来ない事もあるだろうし。
帰ったら、仕事が溜まっていそうよね。
まあ、京を離れる一番の理由は、公方様への面会の許可を取り付けたからなんだけど。
実は、許可が出るまでしばらく待たされた。
前もって対応していたはずなんだけれど。
朝秀がバタバタと対応していたのが、なんとも気の毒に思えてしまった。
なんでここまで遅れてしまったのだろう。
簡単に会える訳じゃないと、見せたかったのかしら?
残念ながら、本来の本拠地である京には、公方様は居られない。
虚勢を張っているだけだとしたら、少々物悲しい。
いや、ここは本当に用事があったと信じておこう。
でないと、あまりに悲しすぎるから。
ただ、心配な事もある。
帰るついでと思われてしまったら、よろしくない。
ずーっと、公方様からの返事待ちだったのだから、それは無いか。
旅立つ準備は既に出来ている。
いや、京に着いた日から、移動する準備は出来ていた。
国許を離れ、何が起きるか分からない以上、様々な準備は終わらせておくに越したことは無い。
そこまで考えて動いていた者が、私以外にどれだけ居たかは分からない。
やっぱりどう転んでも、越後生まれのがさつ者には違いない。
少なくとも長重あたりは、その辺上手くやれているだろう。
一方、貞興や繁長などは、準備が終わって無さそうな予感がする。
それでも、私が言えばいそいそと準備をしだすだろうけど。
それにしても、あっという間だった。
そこそこの期間を京で過ごしたというのに。
毎日のように、ドタバタしていたように思える。
でも、そのお陰でか得るものは大きかった。
公家衆と、中でも近衛前久様とは仲良くなれた。
越後に新たな産物を作る算段もつきそうだし。
一応、お寺も比叡山以外に、空海で知られる高野山にも足を延ばした。
眺めが壮観だったことは言うまでも無い。
現代の規模もそれなりだけど、それを優に越えていた。
そのついでとばかりに、堺に寄っていった。
越後の街づくりに、おおいに参考になった。
さらに、臨済宗大徳寺91世の徹岫宗九という方に参禅したりもした。
しかし、91世?
歴史を感じるわね。
確か、鎌倉、室町、徳川と将軍家でも十五代までしかなかったものね。
まあ、武家と僧侶を比べるものではないけど。
受戒し「宗心」とかいう戒名もらったんだけど、うん聞いたこと無い。
まあ、謙信という名前以外にも、色々な名前があったのかもね。
「それで、公方様は何て?」
「はい。越後の名高き毘沙門天に会えるのを、楽しみにしていると。」
「あら、公方様までそんな事を言うのね。」
「しかし、景虎様の名前が京にまで鳴り響いている証明になりましょう。」
「ま、そういう事にしておきましょうか。朝秀、ご苦労様ね。」
「いえ、ありがたく。」
ようやく重い仕事を片付けられる朝秀からすれば、肩の荷がおりたってところよね。
ま、あくまでもひとまずなんだけど。
朝秀が嫌がらないかぎりは、今後も京とのパイプ役を担ってもらわないといけないから。
勿論、断られたとしても別に仕事はいくらでもある。
ただ、折角の人脈を無駄にするような事は、してほしくは無いわね。
「それで、公方様ってどんな方だったの?」
「いえ、お顔を見る機会はありませんでしたので。申し訳ありません。」
「何言ってるのよ。謝る事なんて、一つも無いじゃない。」
「ですが・・・」
「なかなか会う事なんて出来ないわよね。変な事を言ったわ。私の方こそごめんなさいね。」
「いや、やめてください!」
朝秀に軽く頭を下げる素振りをすると、慌てた姿を見せる。
冗談半分なところがあったから、ここまで慌てられると申し訳なくなる。
「ところで、京を出る事はお伝えしたのですか?」
「ん?兄上には伝えたわよ?」
「いえ、公家の方々には?」
「え?その辺は朝秀が対応してくれてたんじゃないの?」
「公方様の方に付きっきりでしたから。」
「じゃあ、長重が動いたとか?」
「こちらからは、そのような指示は出しておりませんでしたが。」
「それって、不味くない?」
「あまりよろしくは無いです。上洛に際して、お力を借りた方もいらっしゃいますし。」
これって、不味い状況よね?
世話になった方々に対して、礼を失するような真似は良くないわね。
下手をすれば、次回は協力してはくれないかもしれない。
そうなると、たまに京に遊びに来る事も出来なくなる。
「朝秀!長重も呼んで、手分けしてご挨拶しに行くのよ!ああ、兄上にも協力していただけるように、お願いしないと。」
「すぐに対応します。」
立ち上がる私と朝秀。
兄上に長重だけでなく、泰重や段蔵にも協力を仰ぐ。
私の名代としてと聞くと、驚いた表情を見せたが、それでも嬉しそうにしていた。
その後、バタバタとそれぞれの家へと散らばっていった。
最後の最後まで、慌ただしい滞在となってしまった。
ブックマークや評価を頂けると、物凄くモチベーションが上がります。
また、様々な感想を頂けるとありがたいです。
今後ともお付きあいのほど、よろしくお願いします。