商談
男に案内されたのは、建家がいくつか建ち並ぶ場所だった。
その建家の中心に、おそらく意図して作られたであろう空き地のような場所があった。
幾人か人が居たが、私達の姿を見ると、さっと逃げていってしまった。
ここで、様々な相談をしあっているのだろう。
簡素な作りの椅子?のような物が、幾つか見える。
「ここで少し待て。」
「分かったわ。」
男の言葉に頷いて答えると、男はその場から離れていく。
私と、憮然とした顔をしている二人を残して。
処理された皮革を、取りに行ってくれたんだろう。
どうにも、どこぞの金持ちの気まぐれと、とらえられているような節がある。
まあ、確かにそれなりには金持ちという事には間違いない。
ただ、自分で自由に使えるお金が、沢山あると思われてしまうと非常に困る。
かなりの頻度で、思い付きを発動させているが、それでも実現可能なことしか言っていない。
だいたい、それなりに儲けが発生すると踏んでいる事しかしていないんだから。
それに、あくまでも税金として取っているお金を、自分の為だけに自由に使うのは許されるものではないだろう。
そんなところに使うのではなく、民の為に還元出来るようにしないと。
それもなかなか難しいから困ったものだけど。
それはそれとして、先程からこちらを見据える視線の数々が気になってくる。
広場に残された私達を、監視するかのような視線。
いや値踏みの方が正しいのかな?
大人も子供も、不躾ともいえる態度ではあるけれど、見たことも無い人間が来たら仕方がないのかしらね。
まぁ、あくまでも遠巻きに見ているだけだし、ほうっておきましょうか。
待たされること暫し。
何かを持って先程の男がやって来た。
その後ろには、彼よりも年嵩のいった男が何人か。
その中でも、おそらく長老格であろう男が話しかけてきた。
「儂らから皮を買いたいと?」
「ええ。どんな物か見てみたくて。」
「まあ、別に見てもらうぶんには構わんがね。見たところ商人のようには見えんが?」
「ええ。確かに商人では無いわね。ま、それはいいじゃない。」
「それに、儂らが食らっとるもんを食いたいと?」
「そうよ。ダメかしら?」
私の言葉を聞いて、難しそうな表情を浮かべる。
何かまずった事でも言ったかしら?
「いや、食べさせるという事は別に構わん。とはいえ、あれは儂らにとって貴重な食料なんだがね。」
「うーん、そうよね。」
「それに、あんたらのように河原に住んでないもんが、牛馬に興味をもつとはね。」
「まあ、いいじゃない。それよりまずは皮革の方を見せてもらえないかしら?」
「うむ。おい。」
そうして、私の前に鞣された皮革が出される。
見た目にも、中々綺麗に仕上がっているように見える。
まあ、皮革を扱う職人ではないから、本当の良し悪しはいまいち分からなかったりするけど。
「なかなか美しいわね。」
「ほう?分かるかね。」
「うーん、本当の良し悪しは専門家じゃないから、明確にとはいかないけど、良いものだと思うわ。」
「直感かね?で、買うかね?」
「ええ。分けてもらおうかしら。」
「そうか。それなら準備をしておこう。どの程度欲しいか、提示して欲しい。」
そうして、私は求める量を伝える。
とりあえずお試しということで、少量ではあるが。
さて、何故私が皮革を求めたか。
無論、河原者である彼らと仲を良くしたいという気持ちは強い。
が、それだけでは無い。
質の高い皮革があるのなら、作りたい物があった。
それも、自分の考えを反映した物が。
バッグに財布など、皮を用いた小物を作りたかったのだ。
牛皮のバッグなど、この時代には存在しているのか分からない。
が、今のところ見た覚えが無いから、おそらく無いものと見てもいいんじゃないかしら。
となれば、皮革製品に早めに着手することで、しかも、それを越後ブランドとして作成することで、多大な恩恵を得ることが叶うようになる。
そして、それはひいては私の求める物を得る事にも繋がる。
そのために必要な事と言えば、やはり人材の確保は命題と言ってもいい。
「ところで、もし他国に招聘されたとしたら、あなた達は移ったりするのかしら?」
「他国に?うーん、余程好条件なら考える者もいるかもしれないが、そうはいないだろうな。」
「それは何故?」
「まず、河原に住んでいる時点で税が無い。それに好条件を出されたとしても、それがどこまで信用出来る?どこまでいっても、所詮儂らは河原者。その事実はどこまでいっても変わらん。」
自らのことを卑屈に思っているのかしら?
いえ、そんなことは無いわね。
話しぶりを見ても、そんなところは無さそうだものね。
「税を払ったとしても、それ以上の儲けがあったら?」
「それもどうだろうな。そんなことになれば、自由が無くなる。そんな状況を求める者が、どれだけ居るだろうな?」
「それは、残念ね。」
「あくまでも商売相手であれば、問題は無いだろうよ。それに、儂らのような者はどこの国にも居る。わざわざ儂らが越後まで行かなくとも良いだろうよ。」
「え?」
「儂らの情報網を馬鹿にするものじゃないぞ、長尾景虎様よ。変り者と結構な評判だが、まさかここまでとは、予想出来なんだわ。」
まさか、正体がバレているなんて。
ちょっと舐めすぎてた?
始めに相対したときは、そんな感じは見せなかったのに。
まあ、バレても全く気にはしないし、どこかのタイミングで話すつもりではあったけど。
「ははははは!さて、商談も済んだ。良い繋がりが出来たと言えるだろう。料理は用意させている。お連れの方々も食べていってくれて構わない。」
「ふふっ。そうしたらお言葉に甘えさせてもらいます。」
ようやく食事にありつけそうだ。
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