河原者との会話
「何だお前ら?」
ずんずんと河原者達の住む建物へと近づいて行くと、声をかけられた。
不用意に近づいたのもあったが、誰かに声をかけられる事も想定の内だったので、とくに驚くことは無い。
むしろ、近づいているのに様子を見ている状況でいられる方が困る。
声をかけようと、かけまいと警戒をしているのは当然か。
それでも、会話の切っ掛けを手に入れれたと考えれば、問題はそれほど無いと言える。
警戒心をむき出しにするのは、こちらも同じの様で、貞興と繁長も分かりやすいくらいに警戒している。
私に何かあれば、二人は懲罰は免れない。
下手をすれば、それ以上のものもありえる。
となれば、警戒するのも仕方がない。
しかし、双方が警戒しあってしまえば、話なんか進みやしない。
刀に手をかける二人を制しておく。
刃傷沙汰など、今はいらない。
「驚かせてご免なさい。あなたは?」
「んあ?見たら分かるだろうに。」
「ということは、こちらにお住まいの方でよろしいので?」
「よろしいも何もそうだ。なんだ?変な奴だな。」
私の言葉使いが気になったのか、首を傾げるような素振りを見せる男。
首を傾げても、可愛らしさなど微塵も無いのだが。
いや、それは今はどうでもいいわね。
「それで、あんたはなんなんだ?見たところ、どこぞのお大尽のようだが、そんなご立派な格好のご仁が、こんな何も無いようなとこに来て。」
「何も無い?そんなことは無いでしょ?」
「いや、あんたが欲しがるようなもんなんか、何も無いだろうよ?」
「そんなことは無いわ。皮革の処理はこちらでオコナワレテいるのよね?」
「あ?だから何だよ。くせーってか。ここは河原なんだ。文句を言われるような筋合いは無いだろよ。」
うーん。
何というか、排他的というか何というか。
ま、急に余所者がやって来ても、ただ不気味にしか見えないかも。
でも、別に文句を言いたくてこんなとこに来たわけじゃないし、そこまで警戒されてもね。
なんと言えば、この状況を好転させられるかしら。
男は、じっとこちらを見てきている。
そうね・・・
ここで小細工しても仕方がないわよね。
下手なことをするよりも、当たって砕けろかしらね。
砕けるつもりは無いけど。
「別に、臭いの事で何かを言おうと思って来た訳じゃないわ。皮革の処理をしているということは、牛や馬を屠殺しているのよね。」
「まあ、そうだな。」
「どうやって皮革の処理をしているか、見せてもらう事は出来ないかしら。」
「はぁ?変わったご仁だな。そんなもん見たがるなんてよ。それに、高圧的に来るわけでも無いしよ。」
「それはそうよ。こちらはお願いをしに来ているんだから。そんな人間が上から何か言ったって、腹立たしく思うだけでしょ?」
「本当に変わったご仁だな。だが、そりゃダメだ。ありゃ飯のタネだしな。」
あっさりと断られてしまった。
なかなか上手くはいかないものね。
何とはなしに、軽く頭をかく。
すると、私の後ろに控えていた繁長が、堪えきれなくなったのだろう。
刀に手を掛けながら、前に出てこようとしている。
「ダメよ、繁長。」
「何故です!ここまで無礼を働かれて怒らないなんて!」
「別に何もしてないでしょう?」
「口調も態度も気にくわない!」
「それじゃダメよ。教えを請おうとしている人間が、そんな尊大な態度を取るものじゃないわ。」
「でも!」
「貴方の気持ちはとっても嬉しいわ。でも、ダメなものはダメ。貞興を見てみなさい。大人しくしているじゃない。」
そう言って、貞興を見る。
あ、肩が震えている。
どうやら、精一杯我慢をしているようだ。
よくもここまで好かれたものね。
こちらの様子を伺い続ける男に向き直る。
「そうしたら、処理の済んだ物を見せてもらうのは大丈夫かしら?」
「ああ。それなら構わんか。」
「じゃ、それでお願い。質が良さそうなら、是非に譲って欲しいし。」
「質なら悪くは無いだろうよ。まぁ、それは見て決めてくれればいいがな。」
別に、皮革の処理を見たい訳じゃない。
いくら獣の処理で、スプラッタな光景を何度も見ているからと言って、望んで見たいものではない。
血の色を見て、喜ぶ趣味も無い。
むしろ、見ないで済んだのなら万々歳よね。
「それと、処理を終えた牛馬はどうしているの?」
「そりゃ・・・食べるな。」
「そう。食べるのね。」
「何だ、文句でもあるのか?」
「いいえ、無いわ。皮革の処理を見られないのなら、せめてその牛馬のお肉を食べたいわね。」
「本当に変わってるな。あんたらは忌避しているんじゃないのか?」
「そんな人もいるでしょうね。でも、私は気にしないわ。むしろ、こんなご時世ですもの。食べられるのなら、色々と試してみるのもいいと思わない?」
いや、むしろ食べさせてください。
こっちが、私にとっての本題なんだから。
どうにも中々食べる機会を得られなかったものね。
鹿や猪はよくて、牛や馬がダメなんて法は無いわ。
同じ四つ足。
不浄も何も無いわよね。
むしろ、美味しく頂いてあげる事の方が大事よね。
「まあ、いい。ついてこい。」
そうして、男は歩きだした。
その後を、私達もついていく。
さあ、いよいよ久々の牛肉にありつけるわね。
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