拝謁
仰々しい格好で廊下を歩く。
華やかといえば華やかだが、普段着るような服ではないため、どうにも着なれない。
堅苦しさしか無いと言いたい。
私の前を、案内するように、先に歩くものに付いていく。
例えようの無い緊張感があり、私の動きを阻害しているようだ。
右手と右足が、同時に出るような事には、なっていなかったと思う。
既に配下の者達は、周りにはいない。
彼らには、ここに入る権限を与えられていないからだ。
部屋の中には、先に来て待っていた者がおり、そちらに頭をさげる。
その後、座るとしばし待つ。
それからは、あっという間だった。
やる事と言っても、兄上に教わった通りの事をしただけだ。
兄上には官位が無いが、儀礼を知っているという事とな別の話だろう。
部屋の奥の方の、御簾に向かって頭を下げ、礼の言葉を述べる。
それだけ。
ただそれだけだった。
私のような者が、天皇陛下にお目にかかるという、人生最大かもしれないイベントは、ほとんど記憶に残らないまま終わった感じだ。
場末のオカマバーで、お酒を注いでいた事を考えると、そりゃあり得ない事だろう。
いや、私でも知っているような有名な人に、会ってきて無いからなのかもしれないけど。
いや、全身が疲れているから、相当気を張っていたと思う。
失礼が無いか気にはなったが、特に咎めだてされることも無かった為、なんとかやり過ごすことが出来たのだろう。
拝謁をした部屋から出て、廊下を歩く。
ようやくの緊張から解放され、ぐっと背を伸ばす。
いや、本当に色々覚えてない。
残念極まりないが、終わってしまった事を気にしても仕方がない。
それよりも、早いところ身に纏った衣装を脱ぎたい。
頭に烏帽子を被り、直垂という着物を着る。
リアル忠臣蔵とか思ってしまった。
まあ、私を小馬鹿にする人も居なかったし、松の廊下を走る事も、刃物を抜く事もしてはいないけど。
「景虎殿!」
色々と、出来事を思い出そうとしていると、後ろから声を掛けられた。
最近よく聞く聞き覚えのある声だ。
その場にとどまり、後ろを振り返る。
すると、廊下を滑るようにして、こちらにやって来る人が一人。
走ること無く、器用に歩きながら、さりとて中々のスピードを出してこちらに向かって来ていた。
「前久様では無いですか。」
「いやいや、見てたよ!」
「えっ?」
「いや、主上に挨拶していたのを見ていたからね。あれ?気付かなかった?」
「はい、全く。申し訳ありません。」
「あれー?そんなに存在感無かったかな?」
どうやら、私が拝謁していたのを見ていたらしい。
いや、どこにいた?
全く気付かなかった。
いや、確かに部屋に入ったときに、人がいるのは気付いていた。
ということは、あの中にいたんだろう。
であるなら、自分の存在を示してくれればいいのに。
いや、それは出来ない?
それとも何らかのアピールをしていたのを、私が見逃していた?
だとすれば、相当緊張していたのだろう。
それすらも、今更の感は否めない。
「申し訳ありません、どうにも緊張していたようで。」
「そうだね。以前見たときと比べて、全く態度?状態が違ったものね。」
「お恥ずかしいです。」
「まぁ、仕方ないよ。普段、京に居て主上と顔を合わせる機会があるのならいいけど、そうでは無いからね。それに、主上もそうだけど、周りで見ていた者達にとっても、心証は悪くは無いんじゃないかな?」
「そうでしたら、よろしいんですけど。」
ただ、緊張してブルっていただけだったはずが、どこに好印象に転じる要素があったのだろう?
文字通り小さくなっていただけなのだ。
いや、ガタイはそれなりにいいんだけど。
「いや、主上を前にしても、不遜な態度を取るような奴もいるからね。それは公家衆に対してもそうさ。恥ずかしい話だけど、いくら金が無いとはいえ、それなりに官位は高いんだけどなぁ。」
「そんな失礼な人がいるんですか!ですが、それと私の事とは関係があまり無いように思いますけど?」
「いやいや、主上を前にして緊張していたじゃないか。それが、主上にとっても、何より嬉しいことなんだよ。自らの権威が落ちていないと、実感できるからね。それに、官位のお礼として献上されたお金や特産品があるのも、言葉には出さないけど嬉しかったはずだよ。」
「そうだといいんですけど。」
「どうにも自信が無いね?噂に聞いていたのと、全然違うや。いいからしゃんと胸を張りなよ。そんな卑屈な態度でいられたら、こっちがいたたまれなくなるよ。」
そうして、前久様は朗らかに笑いながら、肩を二、三度叩いてくる。
それだけで、何だか気が、楽になったような気がするから不思議なものだ。
そうね。
しゃんと胸を張らないと。
私が笑われるなら別に構わないけど、私のせいで家臣が笑われるのは我慢ならないものね。
それに、拝謁は終わった訳だし。
「そうなると、次は義藤殿のとこだね。次はもっとしゃんとしなよ?」
「あぁ・・・」
そういや、まだ終わりじゃなかったわね。
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