恥ずべき勘違い
「いけません!本来ならあなたがここに座るべきだったというのに、仕方なく正客をしましたが、これ以上のワガママはよろしないでごじゃる!」
「この中でも、最も位高いあなたが、何を言い出しているのでおじゃ!」
彼の発言に、共に来ていた貴族の方々が、ワーワーと五月蝿くなる。
いや、まだそれは良い。
お茶の席ではあるけども、肩肘張るような事を心がけなくとも、咎め立てするような話じゃない。
それよりも問題なのは、ここにいる者達の中でも“最も位が高い”というところだ。
お歴々の方々が慌てるようなお人が、この場に来ていた事にこそ驚かされる。
で、その位高い人ってのはいったい何処の誰なのよ。
そう思い、華奢な彼をじっと見る。
このようにじっと見るという行為そのものが、不敬にあたる可能性もあるが、彼の発言が事の発端なのだから、致し方無いだろう。
「えっ、駄目かな?」
「駄目に決まっているでおじゃる!」
「そうかぁ、それは残念だなぁ。」
精一杯の制止に、さすがにこれは駄目だと思ったのだろうか。
すぐに意見を引っ込めた。
でも、あまり残念そうでは無いように見えるのは、何故だろう。
いや、あの目はまだ諦めた訳では無さそうね。
「義藤殿なら受けてくれるのになぁ。」
「義藤殿?」
「そう、義藤殿。」
私が反応すると、楽しげに返してくる。
義藤殿ねぇ。
いったい誰だっけ?
思案しながら、周りを見ると何故か静かになっていた。
兄上も、驚いたような顔をしている。
ん?どういうこと?
「いや、分からない方が問題だよ、景虎。」
「え、そうなんですか?知り合いにそんな方はいないですし。」
「あー、本気で言ってるね。確かにそうそう知り合いにはいないだろうね。」
「いや、景虎殿は面白いなぁ。」
いや、本当に分からない。
誰だっけ?
なんとも言えないといった表情の兄上に、私の言葉が余程面白かったのか、ニコニコと笑う華奢な彼。
二人の、そして周りの貴族の方々の様子を見るに、相当に有名な人なんだろう。
となると、知らないという事自体が問題となる?
「はぁ・・・景虎。お前は何しに来たのか思い出してみなさい。」
「えーっと、天皇陛下と公方様に官位を頂いたお礼を言いに・・・あ。」
私としたことが、なんという事!
義藤といえば、お一人しかいない。
室町幕府第十三代征夷大将軍、足利義藤様。
私から、あまりに遠いお人であった為に、すっかり失念していた。
そりゃ、皆静かになるわね。
「ようやく思い出したか。何で忘れてしまえるのか、どうにも不思議でならないよ。」
「うーん、確かに。でも面白いから黙っといてあげてもいいよ。策略も何も必要無かったね。じゃ、一戦やろうか。」
「はぁ、まあ構いませんけど。」
なんとも締まらない、なし崩しのような形で、何故か一戦交える事となってしまう。
いや、別に断っても構いはしないんだろうけど。
大体、黙っておくも何も、誰に話そうと言うのか。
まさか、公方様に?
そんな簡単に、位人臣を極めたような方にお会い出来るとは思えない。
第一、今は京から離れ、六角家に身を寄せていたはずだ。
ただ、ここで彼の言う通り、お相手をするのも面白いような気もした。
越後では、同じような事には絶対ならない。
そもそも知らない相手に挑まれる事は無いし、家臣の側からも、私に怪我を負わすわけにはいかないと、挑まれる事は無い。
あくまでも、鍛練の内と考えれば、怪我をしたとしても私の対戦相手に、全ての責を負わすことは無いんだけどね。
「あ、そうだ。お名前をお聞き来ていませんでしたけど、伺っても構いませんか?」
「うーん、勝ったら教えてあげるよ。」
「じゃあ、是が非でも勝たなくてはいけませんね。」
「うん、その方が盛り上がるでしょ?」
そうして、私と共に屋敷の庭へと移動する。
そのとき、兄上がまた何とも言えない表情を浮かべていた事から、また何かやらかした気もしたが、今更気にしても仕方ない。
やんごとなき人物に知り合いなどいるはずも無い私に、その辺の配慮を期待されても困ってしまう。
「さて、やろうか。」
「対戦をするのは良いのですが、得物は何を?」
「真剣というわけにもいかないだろうから、木刀あたりで良いかな。」
「それでしたら、貞興!」
大声で貞興の名前を呼ぶ。
すると何事かとばかりに、ドタドタと廊下を走って来る。
「なんだい、お虎兄ちゃん!」
「鍛練用の竹刀を二本持ってきて。」
「はいよー!」
そう言って、さっともと来た部屋へと急いで戻る貞興。
すぐにでも、竹刀を持ってくるだろう。
実のところ、竹刀は私が推奨のよね。
何せ、剣術の鍛練と言えば、木刀がメインに使われていたからだ。
いくら、刀より殺傷能力が落ちるとはいえ、相手の骨を折ることくらい造作も無い。
それに打ち所が悪ければ、下手をすれば命を落としかねない。
折角、立身出世を夢見て努力しても、そんなところで怪我を負ってしまうのも、勿体ない話だ。
そこで思い付くのは、やはり竹刀と言うことになるだろう。
木刀よりも殺傷能力が低く、刀のように握りになるところもちゃんとある。
あとは、ちゃんと防具を着ければ良いのだろうけど、まだそこまでには至っていない。
でも、そのお陰か、怪我人が減ったのも事実であったし、それなりの成果は出ていると考えても差しつかえ無いだろう。
竹刀を二本持って再び現れた貞興が、私達にそれぞれ一振りずつ渡してくれる。
それを渡されて、竹刀を興味深そうに触っている。
「これは?」
「木刀と違って、怪我をしなくてもすむように作らせた物ですね。」
「へぇ。面白いな。でも、少し軽いかな。」
「まあ、材料に使われているのが竹ですから。」
「うん、でもいいね。じゃ、早速やろう。」
「では、いざ。」
そうして、竹刀を構え、双方ともに睨み合うような形をとる。
さて、何故か剣を振りたがっていたけど、実力はどうなのかしらね。
お手並み拝見といきましょうか。
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