お茶のススメ
朝廷に参内したくとも、向こうにも都合がある。
まして、京に到着して次の日に会おうなど、到底無理な話なのは分かっていた。
ならば何をしようか。
幸い、すぐ近くには清水寺がある。
それならばと、清水寺へ参拝に向かう。
この寺は、かの有名な坂上田村麻呂とも縁のあるお寺だったりする。
何せ、このお寺を建立させたのが他でもない、坂上田村麻呂なのだ。
彼は武士では無いだろうけど、それでも武官として名高い。
そんな彼が、遠くの戦場に赴かなくてはならなくなった際に、この清水寺を開山したという延鎮上人というお人が、お地蔵様と毘沙門天を彫って武運を祈ったとされている。
それならば、その恩恵を受ける為にも参拝するのがいいだろう。
こういうちょっとした験担ぎって、皆好きだものね。
で、坂上田村麻呂って何をした人だっけ?
さて、音羽の滝より水を組み上げ、それを持ち帰る事にした。
清い水の流れる山と言うのが、清水寺というネーミングの元であり、その清い水はお茶を淹れるのにも適しているといえる。
美味しい軟水で淹れた方が、お茶の味をちゃんと楽しめるものね。
折角飲むのなら、少しでも美味しい方が良いに決まっている。
それに、この労力を使った作業を取り入れる事で、何故かお茶の価値は上がる。
少しでも良いものを、お客に用意しようというその心意気が、おもてなしとも言えるのだろう。
屋敷に戻ると、兄上が何やらに声をかけたらしく、幾人かの貴人と呼ばれる、ようは貴族の方々が屋敷に訪れていた。
越後の田舎の出ではあるけれど、優美な事を得意としていた兄上は、着実に縁を結んでいたらしい。
もっとも、その縁というのも、結ぶ事自体は難しい事では無かったようだ。
貴族と言えど、金がないのだ。
もともと持っていた荘園より発生する利は、各地の武士達に横領され、手元には入ってこない。
収入は無いのに、支出はある。
となれば、困窮するのは当然の話である。
そんなところに、それなりの金を持った兄上が現れればどうなるか。
そりゃ、ちょっとでも縁を結びたくもなるだろう。
私は、貴族の方々が集まる部屋へと入っていく。
顔を出さないのは失礼にあたるくらい、私でも分かっている。
「失礼します。」
「お、丁度我が弟が帰ってきたようです。」
「お初にお目にかかります。長尾景虎と申します。いつも兄がお世話になっております。」
挨拶をするのならば、少々慇懃なくらいが丁度良いだろう。
兄上に恥をかかせる訳にもいかないし、私の面子にも関わってくる。
こんなところで評判を落とすようでは、それまで頑張ってくれた朝秀にも、会わす顔が無くなってしまう。
私の顔を、集まった方々は値踏みをするように見据えてくる。
こんな風に、人の顔をまじまじと見つめるのが、雅な事なのかは知らないが、そこは好きにさせておく。
下手なことを言って、揚げ足を取られるのも面白くは無い。
いや、あんまりにもだったら、貴族でもぶん殴っても構わないのなら、そうするつもりではあるが。
「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。きっと、お忙しい時間を縫って、来てくださったんだと思います。折角お越しになられたのです。お茶などはいかがでしょう?丁度良く、清水寺より清き水を得てきたところなのです。どうでしょうか?」
「お茶を・・・貴殿が・・・?」
「勿論そうです。お客様を楽しませるのがホストの勤めですから。」
「ほすと?」
「ああ、あまりお気になさらぬようお願いします。時折良く分からない事を言うことがありまして。」
私の言ったホストとしての言葉を、すかさず兄上がフォローしてくれる。
さすがは兄上ね。
さて、それはそれとして、お茶の準備をしないと。
茶室と呼べる部屋は無いけれど、お茶を点てる事は可能だ。
茶釜は風炉というスタイルでいけばいい。
畳の敷き詰められた内の一部を低くしてあり、そこに釜を据えるのではなく、畳の上に据える形。
これなら問題なくやれる。
お茶を点て、振る舞っていく様を見てなのか、「ほぅ。」という声が聞こえてくるあたり、失礼にはあたらなかったようだ。
以前、兄上に点ててみた際には、少し変わっているとは言われたけど、これなら通じると言われていたし、心配はしてはいなかったけども。
「ふむ。結構な点前でおじゃるな。」
「いやいや、どうして。さすがは晴景の弟よな。」
「格別の御言葉、ありがたく。」
それどころか、評判は上々の様子。
ホッと胸を撫で下ろす。
さて、最後のお一人にも早いところ用意をしないと。
そう思い、お茶を点てる。
最後の一人は、ここに集まった貴族の中でも、特に若い。
といっても、私と似た程度の歳だとは思うけど。
見た目にも華奢なのが良く分かる。
こういうのを、所謂もやしっ子とでも言うんだろうな。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
私が用意したお茶を飲んでいく。
コクリコクリと飲んでいく様を、周りの皆が見ている。
何だろう。
この生暖かいような視線は。
保護欲でもそそられたのかしらね。
「うん。結構なお点前で。」
「それはありがとうございます。」
「うん。噂と違って、なかなか流麗な物腰でしたね。」
「噂ですか?」
「ええ、越後から毘沙門天の化身を自称する戦好きの方がやって来ると。」
「それは、凄い噂ですね。」
なんという噂が流れているのだ。
私が望んで戦をしていると思われているのだろうか?
いや、それよりも噂の拡がるスピード速すぎない?
一応はお忍びという事で、京にやって来たんたけど。
「ですが、そんなあなたにこそお願いがあるのです。」
「私にですか?」
「是非、一戦お願いしたいのです。」
「はい?」
「ですから、剣のお相手をしてください。」
うーん。
何を言っているんだろう、この人は。
屋敷に来て、お茶を飲んだら、剣の相手をするのが京での礼儀なの?
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